経歴を詐称した従業員に対し、懲戒解雇が可能か。
重要な経歴詐称といえれば、懲戒解雇も可能である。
- 1 経歴詐称
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経歴詐称とは、労働者が、入社の際、学歴、職歴、資格、犯罪歴などの事実を偽り、真実を告知しないことをいいます。この経歴詐称は、信義則義務違反や労働者に対する全人格的判断を誤らせる結果、雇い入れ後の労働力の組織付けなど、企業の秩序や運営に支障を生じさせるおそれがあるとして、懲戒事由となりうるとされています。
そして、経歴詐称による懲戒解雇の有効性の判断においては、「重要な経歴の詐称」であるか否かという点が重視されています。すなわち、労働者の適切な配置、人事管理等の企業秩序に混乱を生じ、使用者との信頼関係が破壊される結果、もはや企業と労働者間の雇用関係を継続し難いと認められるような「重大な経歴詐称」があった場合は、懲戒解雇もやむを得ないとされているのです。
この「重要な経歴詐称」か否かについては、一般的には、業務に影響を及ぼす職歴や学歴はこれに当たるとされていますが、それ以外の記載事項についてはすぐには問題にはなり得ません。例えば、資格であれば、業務と直接関係のない資格の虚偽報告のような場合には解雇までは難しいといえるでしょう。
また、学歴や職歴でも、会社が学歴や職歴に応じた人事管理体制を取っていない場合や、取っていても採用にあたり、そのような条件を明示せず、学歴に関し質問しなかった場合も同様に問題にはなりえません(西日本アルミ工業事件・福岡高判昭55・1・17労判334号12頁)。 - 2具体例
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(1) 学歴詐称
学歴詐称については、学歴を高く偽った場合はもちろんですが、大卒や短大卒なのに高卒と言う場合のように低く偽った場合にも、懲戒解雇が有効とされた裁判例が複数あります(スーパーバッグ事件・東京地判昭55・2・15労判335号23頁、炭研精工事件・最一小判平3・9・19労経速1443号27頁等)。これは、学歴を低く偽る場合も、労働者の適正な配置を困難とする行為であること、使用者との信頼関係が破壊する行為であること等がその理由とされています。(2) 職歴・能力詐称
裁判例では、たとえば、プログラミング能力がないのにもかかわらず、その能力があるかのような経歴を記載、説明して、プログラマーとして採用された場合の懲戒解雇については有効としたものがあります(グラバス事件・東京地判平16・12・17労判889号52頁)。
判断は、ケースバイケースで、例えば、転職を繰り返し、キャリアアップを重ねるような職種の場合には、前職のみならず、前々職等さかのぼった経歴で、かつ、どのようなことをしていたかもその企業に勤務するにあたり、重要な要素となってくるので、その詐称は大きな問題となってくるでしょう。他方、業務に関係ない過去のアルバイトにおいて詐称があったとしても、労働力の適正な配置を誤らせるような場合とはいえず、懲戒解雇まで行うことは困難といえるでしょう。(3)病歴詐称
また、病歴の詐称も問題となり得ます。重機の運転を希望する者が、視力障害があるのにもかかわらず、履歴書の健康状態の欄に「良好」と記載していた場合について、視力障害は、総合的な健康状態の良し悪しには直接関係せず、持病とも言いがたく、視力障害が具体的に重機運転手としての不的確性をもたらすとはいえないとして、障害があることを告げずに雇用されたことが、懲戒解雇事由ないし普通解雇事由に該当するとまではいえないと判断したものがあります(サン石油(視力障害者解雇)事件 札幌高判平成18・5・11労判938号68頁)。
このように、病歴の秘匿の場合も、懲戒解雇が認められるためには、重大な疾病で、労働力評価や適正配置を誤らせるようなものであり、そのような病歴を知っていたならば採用しなかったであろうといえるようなものであることが必要とされています。(4)犯歴詐称
犯罪歴については、裁判所の中には、その前科が労働力の評価に重大な影響を及ぼすといった特段の事由のない限りそれを告知する信義則上の義務はないとしたものがあります(マルヤタクシー事件・仙台地判昭60・9・19労判459号40頁)。
ここで特段の事情とは、犯罪歴のあることが欠格事由となっている仕事や、担当業務と前科との間に密接な関係がある場合(例えば、経理業務採用にも拘らず横領の前科がある等)をいうと思われますので、犯歴を隠したからといって、即懲戒解雇が有効となるわけではないといえますので注意が必要です。
対応策
まずは、採用段階において、従前以上に厳しい採用段階の選別・審査をすることが必要になるといえます。
予防策
仮に採用後経歴詐称が分ったときの対処をし易くするためにも、会社の人事管理体制を整備し、募集条件を明確化しておくことが必要です。例えば、入社にあたり、このような学歴、経歴・資格が必要であり、それに応じた人事管理がなされているということを明確にし、かつ、実行し、これに違反する従業員に対して公正に対処できる懲戒規定を置いた就業規則を整備しておくことが必要です。