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労災保険給付請求に見る過労死・過労自殺の現状

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2018年12月掲載

時間外・休日労働時間数が過労死ライン数に達していなくてもパワハラがある場合、過労死や過労自殺に労災が認定されたりしますか?

従業員の中にメンタルを病んで欠勤が増える者が居ます。しかし、時間外・休日労働時間数も月60時間前後ですので、労災認定されたり、損害賠償を求められたりはしないと思うのですが、従業員は、パワハラがある場合は別だと言って譲らず、困っています。時間外・休日労働時間数が過労死ライン数に達していなくてもパワハラがある場合、過労死や過労自殺に労災が認定されたりするでしょうか?

「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」と認定されるレベルのパワハラがある場合、時間外・休日労働時間数に関係なく、メンタル疾患や過労自殺につき労災認定され、損害賠償を求められる危険が高いです。脳・心疾患や過労死の場合は、時間外・休日労働時間数が大きな要素になりますが、上記のようなパワハラがある場合には、過労死ライン数に達していなくても同様な結果となる危険が高まっています。

Ⅰ 労災保険給付請求に見る過労死・過労自殺の現状
平成29年度「過労死等の労災補償状況」の概要(厚労省HP掲載)によれば、下記のような特徴が見られます。

1 脳・心臓疾患に関する事案の労災補償状況

(1)請求件数は840件で、前年度比15件の増となった。
(2)支給決定件数は253件で前年度比7件の減となり、うち死亡件数は前年度比15件減の92件であった。
<中略>
(5)年齢別では、請求件数は「50~59歳」290件、「60歳以上」239件、「40~49歳」230件の順で多く、支給決定件数は「40~49歳」と「50~59歳」97件、「60歳以上」32件の順に多い。
(6)時間外労働時間別(1か月または2~6か月における1か月平均)支給決定件数は、「評価期間1か月」では「100時間以上~120時間未満」42件が最も多い。また、「評価期間2~6か月における1か月平均」では「80時間以上~100時間未満」96件が最も多い。

2 精神障害に関する事案の労災補償状況

(1)請求件数は1,732件で前年度比146件の増となり、うち未遂を含む自殺件数は前年度比23件増の221件であった。
(2)支給決定件数は506件で前年度比8件の増となり、うち未遂を含む自殺の件数は前年度比14件増の98件であった。
<中略>
(5)年齢別では、請求件数は「40~49歳」522件、「30~39歳」446件、「20~29歳」363件、支給決定件数は「40~49歳」158件、「30~39歳」131件、「20~29歳」114件の順に多い。
(6)時間外労働時間別(1か月平均)支給決定件数は、「20時間未満」が75件で最も多く、「160時間以上」が49件であった。
(7)出来事(※)別の支給決定件数は、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」88件、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」64件の順に多い。※「出来事」とは精神障害の発病に関与したと考えられる事象の心理的負荷の強度を評価するために、認定基準において、一定の事象を類型化したもの

3 裁量労働制対象者に関する労災補償状況

平成29年度の裁量労働制対象者に関する脳・心臓疾患の支給決定件数は4件で、すべて専門業務型裁量労働制対象者に関する支給決定であった。また、精神障害の支給決定件数は10件で、うち専門業務型裁量労働制対象者に関する支給決定が8件、企画業務型裁量労働制対象者に関する支給決定が2件であった。

上記のように、メンタル系や、過労自殺事案では、過重労働よりも、パワハラが主たる原因となっていること、(電通の高橋まつりさんの事件でも、上司などの言動が問題とされました)。 また、過労死よりも、過労自殺の方が、請求も、認定も、件数が急増していることに留意ください。

Ⅱ 過労死・過労自殺をめぐる労災認定をめぐる行政と裁判例の動向

1 過労死(脳・心臓疾患)の業務上外認定
(1)過労死問題
脳血管疾患および虚血性心疾患等(以下、「脳・心臓疾患」、または単に、「脳・心疾患」ともいう)などによるいわゆる過労死の法的問題としては、第1には、高血圧症などの基礎疾病を持つ労働者が脳・心疾患などにより死亡した場合、どのような条件により労災保険給付の対象となる業務上災害と認定されるか※ということが問題とされ(岩出誠「脳・心臓疾患等の労災認定基準改正の与える影響」ジュリ1069号47頁以下参照)、企業がこのことにどう対応すべきかという問題があります。第2には、最近、過労死に関して会社が従業員に対する健康慮義務を怠ったために発生したとして損害賠償を求められるケースが増える傾向にあり、会社としては第1の問題に深く関連してこの請求にもどう対応するかを検討しておかなければなりません(後述)。
※ 労基則35条に基づく別表1の2第8号の「長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症、心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含む。)若しくは解離性大動脈瘤又はこれらの疾病に付随する疾病」への該当性。
(2)過労死等の労災認定基準
(A)厚労省の過労死等の認定基準
(ⅰ)従前の基準
厚労省は、過労死の認定基準につき、平7・2・1基発38(以下、「旧過労死認定基準」という)を、過労自殺(精神障害)については、平11・9・14基発554「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(以下、「判断指針」という)を示していました(判断指針については、平23・12・26労災認定基準により廃止されました)。
(ⅱ)過労死新認定基準とその概要―過労死ライン
過労死については、次の(B)で紹介する横浜南労基署長事件・最一小判平12・7・17労判785号6頁を受け、平13・12・12基発1063(過労死新認定基準)が示されました。※
※ 同基準では、①脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として、長期間にわたる疲労の蓄積についても考慮すべきとし、②長期間の蓄積の評価期間をおおむね6カ月とし、③長期の業務の過重性評価における労働時間の目安を示し、④業務の過重性評価の具体的負荷要因として、労働時間、不規則な勤務、拘束時間の長い勤務、出張の多い業務、交替制勤務、深夜勤務、作業環境(温度環境、騒音、時差)、精神的緊張(心理的緊張)を伴う業務等やそれらの負荷の程度を評価する視点を示した。特に注目すべきは、②における過重性判断における労働時間に関し、「発症前1か月ないし6か月にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが……発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務との関連性が強い」と具体的な基準(以下、「労働時間基準」ともいう。いわゆる「過労死ライン」)が示されている点である。
(B)判例・裁判例による過労死等の労災認定基準の緩和
最高裁判例は、従前、行政庁の上記基準と下級審裁判所の多数が採用していた、いわゆる相対的有力原因説(地公災基金宮崎県支部長事件・福岡高宮崎支判平10・6・19労判746号13頁等)などの基準によることなく、業務に内在する危険の現実化として評価されることにより両者の間に相当因果関係が認められたり、過重業務が基礎疾病を自然的経過を超えて急激に増悪させる関係にある場合に業務起因性ありとしたりして(大館労基署長事件・最三小判平9・4・25労判722号13頁等)、結論的には、過重業務(通常に比較して精神的・肉体的に過激な業務)の存否の判断から、直接、業務と発症との相当因果関係の有無を認定する傾向が読み取れます(過労死新認定基準に大きな影響を与えた前掲横浜南労基署長事件・最一小判平12・7・17も同様である)。
(C)裁判例による過重性の認定期間等の柔軟な認定
労災認定の観点からは、過労死新認定基準は、旧過労死認定基準で1週間を超えて拡大されたはずの過重労働の認定期間を、最高裁判例における長期の認定・判断を受け、労災認定基準と同様の6カ月を基本としています。しかし、判例は、従前から、6カ月をはるかに超える長期の期間を超えて、労働者の蓄積疲労の存否を判断しており、少なくとも訴訟における過重性の判断傾向は、より緩和された判断が下される傾向があります。

2 過労自殺(精神障害)の業務上外認定
(1)過労自殺問題
自殺は、働き盛りの世代の男性にとって、過労死以上に大きな割合と数となっています。このような自殺(それ以前の精神障害)に対して、過労死についてと同様に、過労による自殺、いわゆる過労自殺として労災認定と、企業に対する賠償責任を求める動きが急増しています。法的問題としては、第1には、業務上の過重労働やパワハラ等のストレスなどにより精神疾患に罹患したり、その結果、自殺したような場合、どのような条件により労災保険給付の対象となる業務上災害と認定されるかということが問題とされ※、企業がこのことにどう対応すべきかという問題があります。第2には、過労死に対してと同様、最近、過労自殺に関して会社が従業員に対する健康配慮義務を怠ったために発生したとして損害賠償を求められるケースが急増しており、企業としては第1の問題に深く関連してこの請求にもどう対応するかを検討しておかなければなりません。
※労基則35条に基づく別表1の2第9号の「人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病」への該当性。
(2)自殺(精神障害)の労災認定基準
(A)労災法12条の2の2第1項との問題
自殺の労災認定については、平成8年の電通事件東京地裁判決が出るまでは、自殺という行為が、労災保険給付の支給制限を定める労災法12条の2の2第1項「故意に負傷……若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたとき」にあるとされることが多く、わずかに例外的に労災認定されることがあったに過ぎませんでした(昭59・2・14基収330等)。
(B)労災認定が問題とされる自殺の2類型
自殺の労災認定をめぐる類型には、①いわゆる過労自殺の類型(過労自殺型)と、②業務上の傷病により療養中の労働者がその疾病の苦痛・増悪等を理由にうつ病になり自殺する類型(業務上傷病原因型)があります。
(C)業務上傷病原因型の業務起因性の認定
上記(B)②の類型の労災認定について、裁判例は、業務上の負傷と傷病との間の「明確かつ強度の因果関係」、あるいは「相当因果関係」が認められれば足りるとしながら、結論的には、因果関係を否定してきましたが(国・立川労基署長(ハタケヤマ興業)事件・東京地判平20・11・27労判979号84頁(ダ))、近時、これを認めた例が現われました。
倉敷労基署長事件・岡山地判平24・9・26労経速2160号3頁では、石綿肺を患っていた元労働者の精神障害による自殺が、石綿肺の病状等によるAの心理的負荷は、社会通念上、客観的に見て本件精神障害を発病させる程度に週重であったとして業務上の死亡とされました。
(D)過労自殺型の労災認定裁判例と平成23年労災認定基準
(ⅰ)過労自殺型の労災認定裁判例と判断指針
これに対して、上記①の過労自殺型の場合について、前述の判断指針が公表された後も、パワハラによるPTSD等の精神障害が労災の対象となり得ることが確認され、国の判断を覆すパワハラ労災認定裁判例の続出に、厚労省も精神障害の労災認定要素へのパワハラ的要素(職場のいじめとしてであるが)を強度のストレス要因として強調せざるを得なくなり、判断指針の改正がなされましたが、その後も精神疾患をめぐる労災申請は急増を続け、平成23年12月26日付けで労災認定基準(労災認定基準)が公表されました。
(ⅱ)労災認定基準
労災認定基準の具体的な認定要件としては、①労災の対象となるうつ病や重度ストレス反応等の対象疾病は、「『国際疾病分類第10回修正版』(以下「ICD-10」という。)第Ⅴ章『精神および行動の障害』に分類される精神障害であって、器質性のもの及び有害物質に起因するものを除く。対象疾病のうち業務に関連して発病する可能性のある精神障害は、主としてICD-10のF2からF4に分類される精神障害で……いわゆる心身症は、本認定基準における精神障害には含まれない」。②前記疾病の発病前おおむね6カ月の間に客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められ、③業務以外の心理的負荷および個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないことの3要件のいずれをも満たす精神障害を業務上と認め、自殺については、前記精神障害では、病態として自殺念慮が出現する蓋然性が高いとされていることから、業務による心理的負荷によってこれらの「精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める」こととする、としています。
判断手法の基本は、労災認定基準別表1「業務による心理的負荷評価表」を指標として「強」「中」「弱」の3段階に区分し、総合評価が「強」と判断される場合には、認定要件を満たすものとされる。
まず、発病前おおむね6カ月の間に、「特別な出来事」に該当する業務による出来事が認められた場合には、心理的負荷の総合評価を「強」と判断する。特別な出来事としては、発病直前の1カ月におおむね160時間を超えるような、またはこれに満たない期間にこれと同程度の(たとえば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った(休憩時間は少ないが手待時間が多い場合等、労働密度が特に低い場合を除く)場合が「極度の長時間労働」とされ、この場合には、他に私的な出来事が存在しても、全体評価を「強」とされ、労災認定される。また、「特別な出来事」に該当しないで「強」、「中」、「弱」の諸事情から、総合評価する場合、6か月間、月100時間の時間外労働となる恒常的長時間労働が認められる場合(以下、「労働時間基準」という。いわゆる「過労医自殺ライン」)には、心理的負荷の総合評価を「強」とされ、労災認定に傾くことになります。
(E)パワハラによる自殺・精神障害の労災認定基準
(ⅰ)精神障害の認定基準改正
パワハラ等によるうつ病の罹患が、次々と裁判所により労災と判断され、労災認定基準まで変更がなされ(平20・2・6基労補発0206001)、現在は、平23・12・6付労災認定基準によって判断されています。
(ⅱ)平23・12・26付労災認定基準におけるパワハラ関連負荷表
平23・12・26付労災認定基準におけるパワハラ関連負荷表(16頁)をご参照ください。

予防策

2019年改正労働安全衛生法案への対応等
前述の通り、過労死の主たる原因である過重労働については、2018年改正労働基準法で、時間外労働時間の罰則付き上限規制がなされても、過労死ラインまでが許容され、この改正だけでは問題は解決せず、労使の真摯な時短への努力が期待され、それが、生産性向上につながる好循環を生む出すことが労使の課題となっています。
そこで、遂に、過労自殺の最大の原因であるパワハラに関しては、現在、厚労省で、2019年通常国会にて、労働安全衛生法改正によるセクハラやマタハラ対策同様の根拠規定を設ける方向での議論が始まっています(改正の動向については、厚労省労政審議会雇用環境・均等分科会の「パワーハラスメント防止対策等について」の審議状況をフォローする必要があります。しかし、前述の通り、悲惨な事態が頻発している中では、同改正を待つまでもなく、厚労省のマニュアル等を踏まえた対策の実施が喫緊の課題です。

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