法律Q&A

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労災保険給付と損害賠償の調整・過失相殺

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2007年1月補正:掲載

労災で負傷した従業員が労災保険給付や会社の災害補償規定に従った支払では足りないとして上積みを請求してきました。どうしたらよいでしょうか?

A社でフォークリフトを操作していた従業員Bが、クレーンを操作していた同僚Cの運転ミスでクレーンに衝突されて大怪我となりました。BはA社に対し損害賠償を求めて来ました。A社としては、既に、労災保険給付も出ている上、A社の災害補償規程により労災の場合に保険給付への上積みとして一律の支給金も出ているので、それらの給付で全て片付いたものと思っていたため、驚いてしまいました。A社はBの要求に応じる必要があるのでしょうか。仮に応じる必要がある場合に労災保険や上積み支給したお金はどうなるのでしょうか。

会社に過失があり、労災保険給付や補償規程等での給付では損害額の補填が十分でない場合には、賠償義務を負担する場合もありますが、多くの場合、過失相殺などで減額が求められます。

1.労災保険給付だけでは済まないことがあります。
 労災が起こった場合、労災保険があっても被災労働者や遺族から損害賠償請求を求められることがあります。というのは、現在の労災に関する制度が次のような構造になっているからです。労災が起こった場合、先ず、事業者は、労基法上の災害補償責任を負担します(労基法75条以下)。しかし、使用者は、労災保険法により保険給付がなされるべき場合は労基法上の補償の責を免れ(労基法84条1項)、被災労働者又はその遺族に保険給付が行われた場合、支払われた限度で損害賠償の責任も免れます。しかし、反面、使用者に安衛法違反などがあって、安全配慮義務違反や不法行為として責任が発生する場合、保険給付を超える損害については、使用者は民法上の損害賠償義務があり、被災労働者又は遺族は使用者に対して民法上の損害賠償請求ができることになっています。
2.賠償額から控除される保険給付は・・・
 そこで、保険給付と損害賠償額の調整が問題となります。先ず、既に支払われた保険給付の額は、使用者がなす損害賠償から控除されます(労基法84条2項)。但し、保険給付は、主として逸失利益の補償だけを行うもので、慰謝料や入院雑費・付添看護費等の補償には影響を与えません(最二小判昭62.7.10 青木鉛鉄事件 労判507号6頁)。

 次に労災保険給付として支給されるものの内、特別支給金(労災保険法23条)については、本来、それと福祉的給付との明文規定・制度上の大きな差異が存すること、他方で、財源上及びこれに関する法規制における本来的保険給付との一体性を有していること、加えて、その損害の填補的機能面での本来的保険給付との一体性、事業主の保険利益、労働者の利益等のいずれの観点からも、これを相益相殺、控除の対象とすることが妥当と解されます(拙稿「労災民事賠償における労災保険給付の控除」季刊労働法143号159頁、東京高判平4.7.17 日鉄鉱業事件 判時1429号22頁)。しかし、この点でも最高裁は、企業の保険利益を奪い取る判決を出し、特別支給金の控除を認めていません(最二小判平8.8.23 コック食品事件 労判695号13頁)。
3.将来給付分はダメ
 最大の問題は、年金で支給される将来給付分を控除できるかです。普通の使用者の考え方からすれば、労災保険料を使用者が全額負担で支払っているのだからこれを控除してもらって当然でしょう。これを保険利益といいます(岩出誠「社外工の労働災害」ジュリスト584号155頁他参照)。しかし、最高裁は、将来給付分の控除を認めていません(最三小判昭52.10.25 三共自動車事件民集31巻6号836頁、最大判平5.3.24 森島事件民集47巻4号3039頁)。この判例を受けて、労災保険法が改正され、使用者は損害賠償を支払うべき場合にも、障害補償年金または遺族補償年金の「前払一時金」(給付基礎日額の1000日分の補償)の最高限度額までは損害賠償の支払を猶予され、この猶予の間に前払一時金又は年金が現実に支払われたときは、その給付額の限度で損害賠償責任を免除されることになっています(64条)。
4. 過失相殺と保険金控除の先後関係
 なお、労災民事賠償事案でも過失相殺は当然ありますが(裁判例でも、未熟練者・見習職人や、試用期間中の者などの場合を除いて、労働者側の過失を認め、過失相殺することが多い。特に、特殊車両等の運転免許を取得している者などについては、専門職としての特段の注意義務が課せられていると解され、相当な過失相殺なされるのが一般的である。例えば、東京地判昭和53・1・25黒川建設事件 交民集1巻1号85頁は、建設工事請負業者から派遣されたクレ―ン運転手らのクレ―ン倒壊による事故につき、クレ―ン運転手もクレ―ン車の設置場所の基礎等につき安全確認を尽くさなかったとして40%の過失を認めている)、過失相殺と保険金控除の先後関係、つまり、具体的な賠償額の算出に当たり、過失相殺を先にして労災保険を控除するか、その逆か、という相互の先後関係については、判例は、相当な過失相殺を行った上で損害額を出し(最三小判平成元・4・ 11高田建設事件民集43巻4号209頁等。この点に関しては岩出・前掲季刊労働法143号161頁参照)、次に労災保険給付などの支給額を控除する、いわゆる控除前相殺説を採用しています。この場合、第三者行為災害につき、政府が保険代位により労災保険給付した額を第三者に求償する額も過失相殺により相殺された額になります(高田建設事件・前掲。菅野和夫「労働法」第7版補正版355頁参照)。
5.上積み補償協定の効力は・・・
 次に、A社のように労働協約や就業規則の付属規程として(労基法89条1項8号)、いわゆる労災上積補償協定を設けて、労災のあった場合に、労災保険給付に加えて一定の定額又は実損害に応じた上積み補償がなされることが少なくありません。この場合、上積補償制度は、通常、労働災害の補償について法定補償の不足を補うため上積みする趣旨なので、原則として保険給付に影響は与えません(昭 56.10.30 基発696号)。

 これに対して、上積み補償と損害賠償との関係については、一般的には、使用者は、上積み補償を行った場合、その支払額について、被災労働者又はその遺族に対して負担する損害賠償責任を免れるものと考えられています。しかし上積み補償制度が、当然に損害賠償の予定(民法420条1項)とされ、この協定(契約)による支払をもってそれ以外の損害賠償請求権が一切失なわれるというように理解することは困難です。但し、補償協定中に損害賠償の予定であることを明示する条項又は損害賠償請求権の放棄条項が設けられている場合、そのような条項は一般的には無効とならず、実際の上積み額が実損害と比べて著しく低額であるような場合について個別に公序良俗違反(民法90条)となることがあるだけでしょう(菅野・前掲書356頁)。

対応策

 Aの従業員Cの不注意で発生した事故のため原則として、民法715条の使用者責任や安全配慮義務違反によるA社の賠償責任は免れません。そこで問題を損害の控除額に絞り込みます。A社はBに対して既に支給された労災保険給付や上積補償額を控除し、それらによって埋め合わせできない損害だけについて補償すれば良いのです。但し、二つの点に要注意。
 第一にB側にも過失がなかったかです。安衛法は労働者側に対しても災害防止安全義務を定めており(4条)、裁判例も、未熟練者・見習職人や、試用期間中の者などの場合を除いて、労働者側の過失を認め、一定の減額(これを過失相殺と言っている)をすることが多いのです。特に、特殊車両等の運転免許を取得している者などについては、専門職としての特段の注意義務が課せられていると解され、相当な過失相殺なされるのが一般的です。例えば、東京地判昭 53.1.25 黒川建設事件交民集11巻1号85頁は、建設工事請負業者から派遣されたクレ―ン運転手らのクレ―ン倒壊による事故につき、クレ―ン運転手もクレ―ン車の設置場所の基礎等につき安全確認を尽くさなかったとして40%の過失を認めています。従って、Bに対する損害賠償も、先ず相当な過失相殺を行った上で損害額を出し(最三小判平元.4.11 田辺事件 民集43巻4号209頁。この点に関しては拙稿・前掲季労143号161頁参照)、次に労災保険給付などの支給額を控除しても損害残額があった場合の話です。
 第二に、いかに判例や労災保険法が将来分の年金給付の控除を当然には認めないとしても、当事者間で将来給付分の控除を踏まえた示談をすることは可能ということです。前述の過失相殺を考慮すると、実際には相当な減額があり慰籍料だけで足りる筈です。筆者が関係した労災事件では、どちらの立場に立った場合にも極力この方向での示談を努力しています。しかし、このような示談ができるかどうかは、事故後になっても労使の信頼関係が維持されているかどうかが基本です。加えて実際には被災者側に付いた弁護士の方針(被災者の意向が年金給付から補償されれば良いと考えているような場合でも、一時金で弁護士報酬を多く取ることを目的とするか、会社の体力に応じた労使の調和ある妥協点を追求するか)によることとなるので被災者側にどんな弁護士が付くかに注意をしなければなりません。

予防策

 第一は、労災など起こさない労働安全管理体制の整備です。しかし、実際には、事故を完全には防止できない以上、第二には、損害保険会社などによる労働災害総合保険等の労災上積保険への加入(団体生命保険などの上積保険の問題に関しては、安全衛生・労働災害[実務編]Q5参照)、第三には、損害賠償の予定と損害賠償請求権の放棄を明示し、その内容も損保の保険等によって裏付けられた合理的な上積額による上積み補償協定の整備です。不幸にも発生した事故について、更に事態を悪化させ、被災者以外の従業員の信頼を失うようなことのないよう、万全の補償体制の整備が肝要と考えます。
 なお、いわゆる立法論になりますが、事業主の保険利益を奪っている労災保険法の改正を強く求めざるを得ません。なぜなら、判例や労災保険法が、右のように事業主の保険利益を喪失させ、二重払の不利益を与えることが、特に労災民事賠償事件にとっては、賠償額の高額化による示談の困難、高額な一時金の獲得を狙った事件の多発化と将来給付分の控除を得るための長期化、和解の困難、ひいては労使関係の険悪化、そして上積み保険等への事業主の負担の拡大、事業主の労災保険制度への不信の譲成等の由々しき問題を招くものと危惧せざるを得ないからです(拙稿・前掲季労143号166頁注(24)参照)。

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