法律Q&A

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過労死への対応

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2007年1月補正:掲載

いわゆる過労死について、法律上はどのような対応がなされていますか?

A社の大阪営業所所長Bは、頑張り屋で回りからも将来を期待されていましたが、そのプレッシャーからか最近数ヵ月、特にここ2週間は毎日13時間余りの仕事を続けていました。そんなBがくも膜下出血で死亡してしまいました。遺族はBの死亡はいわゆる過労死だとして、A社に対し、1.労災申請に協力することと、2.Bの死亡がBの健康管理に関する安全配慮義務を怠ったことによるものと主張して損害賠償を求めて来ました。A社はどのように対応したら良いのでしょうか。

労災保険適用の可否が問題となる他、損害賠償問題への波及が予想され、労災認定申請への協力の仕方に注意が必要です。

1. 過労死問題とは
 脳血管・心臓疾患などによるいわゆる過労死(が労災の対象になるかという)問題がマスコミ等により頻繁に取り上げられています。法的問題としては、第一には、高血圧症などの基礎疾病を持つ労働者が脳血管・心臓疾患などにより死亡した場合、どのような条件により労災保険給付の対象となる業務上災害と認定されるか(厳密には、労基法施行規則35条に基づく別表1の2第9号の「その他の業務に起因することの明らかな災害」に該当するかどうか)ということが問題とされ、会社がこのことにどう対応すべきかという問題があります。第二には、最近、過労死に関して会社が従業員に対する健康管理上の安全配慮義務を怠ったために発生したとして損害賠償を求められるケースが増える傾向にあり、会社としては第一の問題に深く関連してこの請求にもどう対応するかを検討しておかなければなりません。
2. 労災認定基準
(1)行政庁の過労死の認定基準

  1. 従前の基準
    厚生労働省は、過労死の労災認定基準につき、平成7・2・1基発第38号(以下、旧過労死認定基準という) を、過労自殺については、平成 11・9・14基発第554号・心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針(以下、過労自殺認定基準という)を示し、各々、詳細な基準を示していました。
  2. 新認定基準とその概要
    しかし、過労死につき、次の(2)で紹介する横浜南労基署長事件(最一小判平成12.7.17後掲)を受け、新たな通達(「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」平成13・12・12基発第1063号。以下、過労死新認定基準という)を示しました。過労死新認定基準の主な改正点は、a)脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として、長期間にわたる疲労の蓄積についても考慮すべきであるとし、b)長期間の蓄積の評価期間をおおむね6ヶ月し、c)長期の業務の過重性評価における労働時間の目安を示し、d)業務の過重性評価の具体的負荷要因として、労働時間、不規則な勤務、拘束時間の長い勤務、出張の多い業務、交替制勤務、深夜勤務、作業環境(温度環境、騒音、時差)、精神的緊張(心理的緊張)を伴う業務等やそれらの負荷の程度を評価する視点を示した。特に注目すべきは、b)における過重性判断における労働時間に関し、「発症前1か月ないし6か月にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが...発症前1か月間におおむね 100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務との関連性が強い」と具体的な基準(以下、労働時間基準という)が示されている点です。

(2)裁判例による過労死等の労災認定基準の緩和

 最高裁判例は、従前、行政庁の上記基準と下級審裁判所の多数が採用していた、いわゆる相対的有力原因説(福岡高宮崎支判平成10.6.19地公災基金宮崎県支部長事件 労判746号13頁等)などの基準によることなく、「労災保険法に基づく労災保険給付の支給要件としての業務起因性が認められるためには、業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化として死傷病等が発生したと評価されることにより両者の間に相当因果関係が認められること」で足りるとしたり(町田高校事件・最三小判平成8.1.23労判687号16頁等)、過重業務が基礎疾病を自然的経過を超えて急激に増悪させる関係にある場合に業務起因性ありとしたりし(最三小判平9.4.25大館労基署長事件 労判722号13頁等)、結論的には、過重業務(通常に比較して精神的・肉体的に過激な業務)の存否の判断から、直接、業務と発症との相当因果関係の有無を認定する傾向が読み取れます(労災新認定基準に大きな影響を与えた最一小判平成 12.7.17横浜南労基署長事件 労判785号6頁も同様である)。

3 過労死の労災認定基準の動向は?
(1)過労死新認定基準を引き出した判例

 労災認定の観点からは、過労死新認定基準は、旧過労死認定基準で1週間を超えて拡大された筈の過重労働の認定期間を、最高裁判例における長期の認定・判断を受け、過労自殺認定基準と同様の6ヶ月を基本としています。しかし、既に、旧基準に対して指摘してきたように、判例は、従前から、6ヶ月をはるかに超える長期の期間を超えて、労働者の蓄積疲労の存否を判断しており、今後も、少なくとも訴訟における過重性の判断傾向には、より緩和された判断が下されることはあっても、それ以上の特段の変化はないものと解されます。なお、裁判例は、過労死新認定基準が公表される前の不支支給処分等の事案に対しても、ほぼ同基準に沿って労災認定しています(東京地判平成15.4.30中央労基署長事件 労判851号15頁、和歌山地判平成15.7.22和歌山労基署長事件 労判860号43頁等)。

(2)過労死新認定基準後のさらなる緩和の動向

 さらに過労死新認定基準が発表された後、同基準により、主に前述の労働時間基準が重視されていますが、判例の中には、地公災基金三重県支部長2審事件(名古屋高判平成14.4.25労判829号30頁)、長崎労基署長事件(長崎地判平成16.3.2 労判873号43頁)や神戸労働基準監督署長事件(最三小判平成16.9.7労判880号42頁)のように、同時間基準によらず、他のストレス要因を指摘して柔軟な労災認定をなすものも現れています。例えば、電化興業事件(東京地判平成15.4.30労判851号15頁)は、原告の業務が、長期にわたる蓄積疲労をもたらし脳動脈瘤破綻の要因となったと認め、その業務が同人の自然経緯を超えて著しく増悪させ、発症に至らせる程度の過重負荷になったとし、業務起因性を認めましたが、そこでは、1日の昼夜勤務を単純に3時間の時間外勤務とのみとらえることを前提とした被告の主張を採用できないとし、睡眠不足や不規則な勤務が疲労の蓄積に深くかかわる要因となることを踏まえ、とくに、睡眠時間が長期間にわたり1日4時間ないし6時間以下である場合は、1日7、8時間である場合と比べ、脳・心臓疾患の有病率や死亡率を高めるとの医学的知見についても同判決は述べています。その他、過労死新認定基準に基づいて睡眠時間と業務の過重性との関連につき具体的指標を提示した事件として、レンゴー事件(宇都宮地判平成15.8.28労判861号27 頁)があります。他には、労働時間基準を明らかにクリアしない状態で業務内容自体の困難性や長時間労働を招き易い実態、寒冷期における運動負荷などを考慮して労災認定をした三菱重工長崎研究所事件(長崎地判平成16.3.2労判 873号43頁)などがあらわれています。同様の傾向は、最近の裁判例にも次々と現れています。岡山労基署長(東和タクシー)事件(広島高岡山支判平 16.12.9労判889-62)では、「過労死認定基準」は、業務上外認定処分取消訴訟における業務起因性の判断について裁判所を拘束するものではないとされ、労働省より、自動車運転手の労働条件の「改善基準」(「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」平成元年労働省公示7号、改正平成12年 120号)は、業務の過重性判断の一つの指標となりえるとし、その基準に照らして考察するに、Bは死亡前の13営業日では、Bの拘束時間は「改善基準」の 262時間を20時間以上超える業務を行っていたこと、Bの勤務は隔日勤務で所定時間が19時間という長時間であり、夜間や深夜に及ぶうえ、交通事故を起こさないようにする等緊張が強いられていたものであったことを総合してみると、Bの死亡前の業務と、身体的、精神的の両面からして、過重なものであったと認めることができるとされ、立川労基署長(東京港運送)事件(東京高判平成16.12.16労判888号68頁)では、本件運転手の死亡当日の業務は、運転手に対して過重な負荷(約3時間にわたり車両を運転し、引き続き外気温よりも20度前後低いコンテナ内に入って、積荷の積み替え作業を行ったことなど)を与えた結果、過重な業務によって著しく血管病変等を増悪されるような急激な血圧変動や血管収縮が引き起こされ、その結果、基礎疾病の自然の経過を超えて虚血性心疾患が発症したと認めら、当該業務に内在し随伴する危険が現実化したものとみることができ、業務起因性を肯定され、本件運転手の死亡を業務外とした一審の判決が取り消されています。

 この傾向は最高裁でも続いています。例えば、内之浦町教育委員会(公務外認定処取消請求)事件(最二小判平18.3.3労判919-5)では、重い心臓疾患を有する地方公務員Aの死亡と同人が公務としてバレーボールの試合に出場したこととの間に相当因果関係があるということはできないとした原審の判断に違法があるとされましたが、過重労働の存在につき判断しないままに、いわゆる過労死新認定基準より緩和された労災認定をする判例の傾向を示す典型例です。

(3) 過重労働下での労災認定対象疾病の拡大面・時間外の要素考慮での緩和

 緩和は、以上のような過重性の認定のみならず、対象疾病においても拡大しています。例えば、内臓疾患についての神戸労働基準監督署長事件(最三小判平成 16.9.7前掲)の他、心原性脳塞栓症についての地公災基金大阪府支部長事件(大阪高判平成16.1.30労判871号74頁)、心房細動についての大阪中央労基署長事件(大阪地判平成16.7.28労判880号75頁)、もやもや血管についての地公災基金京都府支部長事件(大阪高判平成16.9.16 労判885号57頁)等が現れています。

 ちなみに神戸労働基準監督署長事件(最三小判平成16.9.7前掲)は、ヘリコバクター・ピロリ菌感染という基礎疾患及び慢性十二指腸かいようの既往症を有する貿易会社の営業員が海外出張中に発症したせん孔性十二指腸かいようが業務上の疾病に当たると認めたものですが、注目すべきは、同判決は、業務と疾患の相当因果関係を認める前提となった過重労働(「特に過重な業務」)の存在につき、労働時間基準を充たしていない事案においても、国内外の連続した各出張により「Xには通常の勤務状況に照らして異例に強い精神的及び肉体的な負担が掛かっていた」ことを強調することにより、業務起因性を認めていることです。過労死新認定基準でも、重大なストレス要因として出張は掲げられていましたが、時間基準に照らして主要な要素とまではいえませんでした。しかし同判決は、過重性の認定につき、今後、裁判所が、過労死新認定基準の時間基準以外の様々な要因にも充分に配慮し、より柔軟に労災認定して行くことを示唆しているとも解されます。

 さらに、注目すべきは、同判決が今まで脳・心臓疾患による過労死や精神疾患による過労自殺(以下、過労死等という)の労災認定に用いてきた「本件疾病について,他に確たる発症因子があったことはうかがわれない」限り同疾病と業務との因果関係を推定する手法を、脳・心臓疾患や精神疾患以外においても用いていることです。そうすると、今後、少なくとも、業務上の心身の疲労等をもたらす過重業務と医学的因果関係のありえる疾患が発症し、その疾患発症の素因や既往歴があっても、その急激な増悪につき、業務以外の特別な要因の反証がなされない場合、業務と疾患の因果関係を認める手法が、過労死等以外の疾患にも同様にも用いられ、その判断が前述のように緩和されていくことが予想されるということです。この点は、今後の判例の推移をさらに継続して注目すべきでしょう。しかし、リスクマネジメントの観点からは、企業にとっては、過労死等において起こっているように、事実上、過重業務理由の労災認定が企業への健康配慮義務違反に基づく損害賠償責任を導き易くなるところから、今後、このような方向への判例の展開がありえることを前提とした対応に着手すべきでしょう。なお、このような損害賠償事件が発生した場合、原審の高裁判決が指摘していた「Xが前回の疾病後に十二指腸かいようの治療を怠っていたこと」は自己健康管理義務違反として企業の賠償額を軽減する過失相殺の重要な要素となるでしょう。

 いずれにせよ、今後、各面での過労死新認定基準の改訂がなされることが予想されます。

4.会社の協力内容は
 質問1の問題は、直接的には遺族と労基署との労災認定をめぐる争いの問題なのですが、結局、過労死した従業員の勤務状態、前に紹介した「過重負荷」の有無が問題とされ、会社に対して遺族と労基署の双方から当時の勤務状態の証拠調べに協力を求められることになります。特に遺族の側からは勤務状況報告書などに関する証明の依頼が来るため、それへの対応をどうするかの決断が迫られます。
5.安全配慮義務違反の賠償請求
 そこで質問2の安全配慮義務違反の賠償請求に絡んで来るのです。少し前までは、会社としては、労災認定により過労死を出したことによる企業イメージの悪化の問題は別として、直接遺族に対する損害賠償による経済的負担の問題がなかったため、積極的に勤務状況に関する報告や証明書への協力もできました。しかし、過労死損害賠償請求が増え、健康診断の結果等に応じた労働環境の整備・業務の軽減ないし免除などの健康配慮義務違反による賠償責任を認める判決も多く出ているところから(神戸地判昭58.10.21 川西港運事件 判時1116号105 頁、神戸地姫路支判平7.7.31 石川島興業事件 労判688号59 頁、津地判平4.9.24 伊勢市事件 労判630号68頁、東京地判平8.3.28 富士保安警備事件 労判694号34頁、東京地判平10.3.19  システムコンサルタント事件 判時1641号5頁、東京高判平11.7.28 同控訴事件 判時1702号88頁、最近の裁判例の紹介につき拙著「実務労働法講義」改訂増補版下巻581頁以下等参照)、今後は慎重にならざるを得ません。

対応策

 設問のように発症前1週間以内に過重業務が続いていたような場合にはそのような勤務状態についての会社の証明があれば労災として認定をされる可能性があります。A社としては、Bの遺族との交渉において、一定の見舞金の支払いを前提として、Bの遺族が損害賠償を求めないことを文書で約束して貰った上で勤務状況報告書を出すことを提案する方法があります。大手商社マンの過労死のケースでも、裁判で損害賠償を求められると、敗訴の場合に労災保険に入っていながら、判例が将来の年金給付を損害金から控除することを認めていないため、莫大な損害賠償を求められる可能性があることを踏まえ(安全衛生・労働災害 [実務編] Q2参照)、約3000万円の慰藉料相当の見舞金を支払い、会社との間の民事賠償事件を示談で解決した上で、過労死の労災認定を受けるのに会社も協力する約束をしたことなども伝えられています(平成2年11月16日付日経新聞記事)。筆者自身でも同様な.解決をしたことがあります。
 従って、A社としては、Bの勤務状況と健康管理に対して、Bの健康状態(高血圧等)の悪化を防止できたにも拘らずこれを放置して継続的疲労を重ねさせ過重業務を強いていたなどの事情がある場合には、Bの遺族に示談を申し出て経済的な損害は労災保険によることとして、慰藉料のみを支払う示談を成立させる方法があります。なおこの場合、職業病に関する安全配慮義務違反による損害賠償事件の裁判所の判断の傾向を参考にすると、被災労働者自身の持っている基礎疾病、素因や健康の自己管理上の責任などを考慮して約3ないし5割程度の過失相殺の援用による損害額の減額を提示して交渉することは不当とは言えないでしょう(例えば前掲川西港運事件では基礎疾病と飲酒等の素因の寄与を50%とし更に酒を控えなかったことでさらに80%の過失相殺を認め、前掲伊勢市事件も3 割の過失相殺を、前掲システムコンサルタント事件の1・2審判決でも50%の過失相殺を認めています。但し、安全衛生・労働災害[実務編]Q4の最判平 12.3.24 電通事件 労判692号13頁によりこの主張が事実上難しくなった可能性がありますが、その後の裁判例でも、大幅な過失相殺を認める例が少なくありません。この点については、拙著・前掲書下巻586頁以下参照)。

予防策

何よりも過労死などを起こさない労働環境の整備が望まれます。次に不幸にも過労死やその他の労災などが発生した場合に備えた災害補償規程の整備やこれを裏付ける損害保険会社の上積み労災保険である労働災害総合保険などへの加入の必要のあることは勿論です(安全衛生・労働災害[実務編]Q5参照)。特に、過労死のように、完全な私傷病とも言えず、労災認定が微妙な死傷病に対しては、労災認定が受けられない場合、右総合保険ではカバーされないことや、このような場合にも遺族からの被害感情が会社に強く向けられることを予想して、別個の傷害保険や生命保険などへの加入が検討されるべきです。

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