専属下請の従業員が工場内で作業中負傷したら?
造船業のA社は、構内でA社→B社→C社というように第二次下請までの下請企業を使って作業していました。そんな中で、第二次下請企業C社の従業員Dが、第一次下請者B社の従業員Eの運転していたクレーンの作動ミスによりクレーンの落下物で負傷する事故が起こりました。A社としては、下請企業の従業員同士が起こした事故ですので下請同士で解決すれば良いと考えていました。ところが、Dは、A社に対して、損害賠償を求めて来ました。A社は、賠償責任があるのでしょうか。又、仮に責任があるとした場合には、A社だけが、責任を負うことになるのでしょうか。
元請企業にも損害賠償が認められる場合が多いので注意が必要です。
- 1.元請企業の責任
- 本来、伝統的民法の形式論からすれば、下請労働者は下請企業の労働者で、下請労働者の労災について元請企業は、特段の不法行為責任でもなければ損害賠償義務を負うことはあり得ない筈でした。しかし、現在の裁判例・学説では、この形式論は通用しなくなっています。不法行為、債務不履行等の法的な理屈は別として、下請労働者に対する元請企業の労災民事賠償責任を認める数多くの裁判例が現われています(岩出誠「社外工の労働災害」ジュリスト584号150頁以下等参照)。特に最近では、自衛隊車両整備工場事件・最三小判最判昭和50・2・25民集29-2-143が、安全配慮義務は、「ある法律関係に基づいて、特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として」「信義則上負う義務」として一般的に認められるべきものであると判示したため、これを用いる裁判例が多くなり、最高裁判例でも、下請労働者の労災に対する元請企業の賠償責任につき、雇用契約に準ずる法律関係の債務(安全配慮義務)の不履行と見ることによって、元請企業の責任を認めるものが出ています(鹿島建設・大石塗装事件・最一小判昭55・12・18民集34-7-888、三菱重工神戸造船所事件・最一小判平成3・4・11労判590-14参照)。
- 2.元請責任が認められる場合とは
- 裁判所は、概ね、次のような具体的な基準を総合して、元請企業と下請労働者間の「実質的な使用関係」あるいは「直接的または間接的指揮監督関係」が、認められる場合に、元請企業の下請労働者に対する安全配慮義務を認めて、労災民事賠償責任が認める場合が多いようです。つまり、a現場事務所の設置、係員、係員の常駐ないし派遣、b作業工程の把握、工程に関する事前打合せ、届出、承認、事後報告、c作業方法の監督、仕様書による点検、調査、是正、d作業時間、ミーティング、服装、作業人員等の規制、e現場巡視、安全会議、現場協議会の開催、参加、f作業場所の管理、機械・設備・器具ヘルメット・材料等の貸与・提供、g管理者等の表示、h事故等の場合の処置、届出、i専属的下請関係か否か、j元請企業・工場の組織的な一部に組み込まれているか、構内下請か、等が検討されています。
そしてこれらの要素のいくつかが存在する場合には下請労働者と元請企業との間に実質的な使用関係があるとされています。例えば、前掲三菱重工神戸造船所事件では、【1】元請企業の設備・工具の利用、【2】事実上の指揮・監督、【3】本工労働者との作業内容の同一性の三点を特に指摘しています。
但し、裁判所の中には、右のような基準に照らして、一応の使用関係が認められるように見えても、下請企業が「対外関係において独立した主体として対応できるに足りる人的、物的な組織及び機能を備え、現にそのように対応してきた」場合には元請企業と下請労働者間には、安全配慮義務の前提となる使用従属関係はないとするものもあります(空港グラウンド・サービス事件・東京地判平成3・3・22判時1382-29)。しかし、今までの裁判例での判断基準に照らしてこの判決には疑問が残り、一般化することは危険です。
なお造船・建設業のような安衛法の特定元方事業者(30条)の場合は比較的ゆるやかにこの使用関係が認められる可能性があります。これらの場合の多くは民法715条の使用者責任が適用されることは勿論、元請負人に対し直接、安全配慮義務が認められ、民法709条あるいは債務不履行による責任が肯定され易いこととなります。
- 3.元請下請間の責任割合
- これについては、孫請労働者の労災事故につき、下請業者が紹介的な役割を果たしたに過ぎないとしてその責任を否定した例もありますが(東急建設・吉田建設工業事件・東京地判昭和56・2・10判時449-147、東京エコン建鉄等事件・横浜地判平成2・11・30労判594-128等)、一般的には元請、下請、孫請各企業の共同不法行為等によって、各業者の連帯責任を認め、その割合も、各業者同士の協議ができない限り、民法の原則により平等と見る場合も少くなくないでしょう(連帯保証人相互の割合に関する大判大8・11・13民録25-2005参照)。
しかし、最近、最高裁は大塚鉄工・武内運送事件・最二小判平成3・10・25判時1405-29)で、A社→B社→C社の順序で下請関係にあった建設現場でのC社の労働者DがB社の労働者Eの過失によりクレーンからの落下物により死傷した事故の場合について、事故発生への関与の程度を実質的に考慮して責任割合を判断して、直接の加害者Eが10%、その使用者であるB社において30%、元請で現場で現実的な監督をしていたA社が30%、直接のDの雇用主のC社において30%という責任割合を認めています。
対応策
設問の場合、具体的には【1】DEがA社の企業設備を利用し、【2】AがDEに対して事実上の指揮監督をし、【3】A社の社員とDEが渾然一体に同じような作業をしていた場合には、A社は責任は免れないでしょう。もっともA社の責任が問われる場合にも、被害者Dにも不注意があるような場合には、A社は過失相殺により損害額の減額を主張できます。又、既払分の労災保険給付や、Dに支払われた様々な上積み補償などの支払額分の減額を求めることができることなどについては設問[184]で詳しく触れたとおりです。
又、この事故の直接の加害者Eやその雇用主B社らの責任割合については、実際には、A、B、C各社の現場への関与の仕方によって変わってきますが、上に紹介した大塚鉄工・武内運送事件の判決などを参考にして責任の割合を求めることは可能です。但し、Dが飽くまでA社の責任だけを追及して来る場合は、取り合えず、交渉か裁判にB、Cの各社とEを巻き込む手続(訴訟告知など)を行なった上で、Dへの賠償金の支払いの後、B、Cの各社とEに対し、裁判をも覚悟して各者の責任割合に応じ、求償の請求をしなければなりません。
予防策
労災事故の防止対策を徹底することが基本ですが、不幸にも発生した事故に対しては、特に構内での下請労働者を使っている特定元方事業者に当る造船会社や建築会社は勿論、それ以外の業種でも、下請の事故は下請だけの責任だなどと軽い気持は忘れて、下請労働者に対する労災賠償責任を負担することがあることを前提にした対策が必要です。つまり、前に設問[11-2-1]で述べたような保険への加入や、元請下請間での労災事故への対応策、責任負担割合に関する協定などの整備が必要です。元請下請間の協定は、被害者に対しては直接関係はありませんが、後日の責任分担については有効に機能します。