法律Q&A

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団体生命保険と従業員の保険金請求権

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2007年1月補正:掲載

従業員が死亡したとき、会社が本人にかけていた団体定期保険の保険金について遺族が全額の支払を求めてきました。どうすればよいですか?

A社では、従業員全員にグループ保険という生命保険を会社が掛け金を出して加入しています。先日、A社の従業員Bが交通事故で死亡したので、手続を済ませて保険金を受け取ったのですが、A社が保険をかけていたことを知ったBの遺族が保険金全額を支払うようA社に請求してきました。Bの遺族には弔慰金を支払っておりますので、これ以上の支払いをする必要はないと思っているのですが、遺族の請求には応じなければならないのでしょうか。

回答ポイント

 最近の団体定期保険の場合には、主保険部分は当然遺族に帰属することになりますが、企業損害に対応した特約保険部分は会社が取得することができます。そして、それ以外の場合にも、社内の保険金の帰属に関する社内規定があれば、原則として、その定めによることとなります。いずれにしても保険金の配分に関する補償規程の整備が必要です。
解説
1.いわゆる団体生保等の従業員への付保
 安全衛生・労働災害[実務編]Q2の上積み保険の利用の関係で、遺族補償などを名目に従業員にかけていた生命保険などの保険金はどこに行くのでしょうか。労災にかぎらず死傷病への補償などの福祉を名目に従業員に生命保険などをかけながら、実際に死傷病が発生した際に、企業が保険金を一人占めしたり、従業員や遺族にわずかな金額しか支払われないことが社会的な問題となっている中、団体定期保険に限りませんが、保険金の行方をめぐる判決の動きがほぼ固まってきました。
2.団体定期保険・Aグル-プ保険の問題とその改善
 マスコミで良く問題とされていたのは、大企業向けで、加入率も70%ほどに達しているといわれた、「団体定期保険・Aグル-プ保険」(A保険)です。これは従業員の死亡時の弔慰金や退職金への充当による遺族補償を目的に、企業が全従業員を対象に生命保険会社と契約する生命保険です。保険料は企業が全額支払い、全額損金処理が可能で、約款上では加入に従業員本人の同意が必要ですが、実態は、健康診断などもしないため、従業員が保険のことを知らないことも多かったようです。そこで、従業員の死亡に際して、企業から何枚もの死亡診断書の提出を求められたりして初めて遺族が気がついて、その保険金の帰属と配分が問題になったのです。企業が保険金を一人占めしたり、遺族にわずかな金額しか支払われないような場合には訴訟にまで発展しているケ-スも増えています。
3.企業の保険金取得の論理
 企業にしてみれば、保険金に対しては、かけてきた保険料や保険金受領に伴う税金分はもちろん、特に幹部従業員の場合には、その従業員に投資してきた多大な人材開発費用や、その従業員が手掛けていた業務が死亡により頓挫したことに対する逸失利益などへの補填・回収なども当然に期待しています。場合によれば、計算上はこれらの回収分で保険金が終わってしまうことも予想されます。

 裁判例の中でも、従業員への団体生命保険金の帰属について、業務外の死亡の場合についての請求を否定した例や(東京地判平10.3.24 山口電設事件 金判1047号34頁では、団体生命保険は、従業員の業務中の事故に伴う損害賠償の支払原資確保のために締結されたものであり、従業員の死亡原因を問わず保険金の全部又は一部に相当する額を従業員の相続人に支払う旨の合意が成立したとは言えないとして、業務外の疾病・癌で死亡した遺族の保険金請求が棄却されています)、役員の一般の生命保険について前述の企業損害へのリスクヘッジとしての保険の論理を認めて、遺族の請求を否定したものもあります(東京地判平11.2.26 成和化成事件 労経速1695号22頁は、「本件個人契約のような生命保険契約が、原告主張......のごとく、被保険者の遺族保証を中心とする被保険者の利益をその主たる目的とするものかどうかは、一律に決せられるものではなく、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、本件個人保険契約及び本件団体保険契約は、研究開発部門の責任者として共同経営者の地位にあった業務執行取締役である立太郎の死亡によって被告会社が被る損失を財政面から補うことにより、銀行や取引先に対する信用の維持を確保することを目的として、立太郎本人の承諾を得て締結されたものであることが認められる。」「団体定期保険申込書及び保険金支払請求書における原告指摘の前記のような記載・・・は、いずれも、本件団体保険契約が遺族補償を目的とすることを示すものとは」言えず、「本件団体保険契約は、研究開発部門の責任者として共同経営者の地位に立つ業務執行取締役である立場の立太郎の死亡によって被告会社が被る損失を財政面から補う等の目的から、立太郎本人の承諾を得て締結されたものであるから、このような事実関係の下では、保険金受取人を被告会社に指定したことを公序良俗に違反するものということは出来ない。」と判示しています)。
4.従業員の場合は企業による独占は困難
 しかし、多くの裁判例は、従業員については、その遺族の福祉というA保険の本来の目的からは、保険金全額を企業が一人占めすることには到底従業員側の納得は得られないでしょう。実際、A保険が生まれたアメリカでは企業がA保険により利益を得ることが禁止されています。生命保険会社も、これらの問題を踏まえて、平成8年11月以降、A保険に代えて、従業員の同意取得や保険金について従業員と企業との取得分を明確にすることを求めた総合福祉団体定期保険(新保険)の販売を開始し、平成9年4月1日以降はこの新保険への移行により、A保険の更新を認めていませんでした。

 そんな中でA保険そのものについても含めて、同様に従業員の福祉を目的として企業が加入した生命保険などの死亡保険金の行方をめぐる判決が相次いで出ています(なお、この団体定期保険自体の事件の特異な先例であった静岡地浜松支判平成9.3.24 文化シャッター事件 判時1611号127頁は、当該保険を被保険者の同意なき契約として無効としていましたが、控訴審の東京高裁で平成10年4月24日に和解が成立し、遺族に1650万円が支払われたと報じられています。平成10.4.25日経新聞)。最初は、従業員にかけられた養老保険の死亡保険金について、保険の福祉目的の趣旨から、当該従業員の加入の際の同意の中に、死亡保険金の相当部分を弔慰金として、企業がかけてきた保険料や保険金受領に伴う一時所得税などを考慮の上、保険金の4割(400万円)の支払いを認めた判決が出ました(名古屋地判平7.1.24 布目組事件 労判682号155)。

 二つめは、従業員にかけられた福祉団体定期保険外2件の死亡保険金・入院給付金などについて、保険の福祉目的の趣旨から、当該従業員の加入の際の同意の中に、入院給付金などについては全額を見舞金として、死亡保険金については社会通念上相当な金額を退職金および弔慰金として支払うとの契約があったとして、結局、給付された保険金全額が相当な額(約994万円)であるとして、既払いの退職金額を控除した金額の支払いを認めた判決です(青森地弘前支判平 8.4.26 東映視覚事件 労判703号65頁)。
5.保険金の合理的配分の補償規程等による明確化の必要
 ここで注目すべきは、名古屋地裁が保険料や税金分の控除を認めていたのに対して(東京高判平7.12.25 田中技研事件 労旬1381号47頁、名古屋地判平9.5.12 日本エルシーコンサルタンツ事件 労判 717号197頁等)、青森地裁ではそれらが(主張されていなかったこともあり)認められていないことです(山口宇部支判平9.2.25 パリス観光事件 労判7213号5頁は、保険金から保険料等を除いた全額を支払うべきとしています)。 

 以上の流れが定着するかに見えた中で、住友軽金属工業(保険金引渡請求・団体定期保険第2)事件・最三判平18.4.11 労判915-51)は、[1]団体定期保険契約は、他人の死亡により保険金の支払いを行うものであるところ、他人を被保険者とする生命保険は、保険金目当ての犯罪を誘発したり、いわゆる賭博保険として用いられるなど危険性があることから、商法は、これを防止する方策として、被保険者の同意を要求することとする(678条1項)一方、損害保険における630条、631条のように、金銭的に評価の可能な被保険者利益の存在を要求するとか、保険金額が被保険者利益の価額を超過することを許さないといった観点からの規制は採用していない、[2]本件で、一審被告が、保険者である各従業員の死亡につき6000万円を超える高額の保険をかけながら、社内規定に基づく退職金等として一審原告らに実際に支払われたのは各1000万円前後にとどまること、一審被告は、生命保険各社との関係を良好に保つことを主たる動機として団体定期保険を締結し、受領した配当金および保険金を保険料の支払いに充当するということを漫然と繰り返していたにすぎず、このような運用が、従業員の福利厚生の拡充を図ることを目的とする団体定期保険の趣旨から逸脱したものであることは明らかであるが、しかし、他人の生命の保険については、被保険者の同意を求めることでその適正な運用を図ることとし、保険金額に見合う被保険者利益の裏づけを要求するような規制を採用していない立法政策が採られていることにも照らすと、死亡時給付金として一審被告から遺族に対して支払われた金額が、本件各保険契約に基づく保険金の額の一部にとどまっていても、被保険者の同意があることが前提である以上、そのことから直ちに本件各保険契約の公序良俗違反をいうことは相当ではなく、本件で墓に公序良俗違反の基礎付けるに足りる事情は見当たらず、原審の上記判断は、その立論の前提を欠き、[3]一審被告が、団体定期保険の本来の目的に照らし、保険金の全部または一部を社内規定に基づく給付に充当すべきことを認識し、そのことを本件各生命保険契約会社に確約していたからといって、このことは、社内規定に基づく給付額を超えて死亡保険給付を遺族等に支払うことを約したなどと認めるべき根拠となるものではなく、ほかに本件合意の成立を推認すべき事情は見当たらず、むしろ、一審被告は、死亡従業員の遺族に支払うべき死亡時給付金が社内規定に基づく給付額の範囲内にとどまることは当然のことと考え、そのような取扱いに終始していたことが明らかであり、このよう本件の事実関係の下で一審被告が、社内規定に基づく給付額を超えて、受領した保険金の全部または一部を遺族に支払うことを、明示的にはもとより黙示的にも合意したと認めることはできない、と判示して、遺族の請求を斥けました。 

 同最高裁判決は、直接的には、旧団体定期保険に関する判決ですが、現在の団体定期保険やその他の保険にも波及する問題点があり注目されます。

 先ず、その判旨には、今まで下級審が、生命保険会社の提供した付保規定等の、合理的意思解釈や労働者との保険金の処理に関する個別の黙示の合意等の認定判断により具体的妥当性を探ってきた流れを一気に押し返す面で疑問なしとしませんが、社内規定に他人への生命保険付保の商法674条1項の同意への代替を認めている以上(今までそれを明示した例として名古屋地判平成13・3.6住友軽金属事件 労判808号30頁等参照)、論理的には、それなりの合理性を持つでしょう。これにより、保険商品としては別ですが、企業の取り分を明示して契約される、新保険でのヒューマンバリュー特約への合理性への一部からの疑問(吉川吉衛「従業員を被保険者とする会社締結の団体定期保険等の保険金と死亡退職金の関係」重要判例平成8年度重要判例解説ジュリ1113-112等)などは少なくとも解消されたことになるでしょう。

 残された課題として、最高裁が同意のみに根拠を求めているか否かの問題があります。本件においても、[1] 6分の1とは言え、1000万円程度は遺族に支払われていることが要件となるのでしょうか。私見では、公序良俗違反等の考慮要因としては未だ最高裁の考慮要因として示唆しているものと解されます。

 また、前記同意の有無につき、その根拠となった、②社内規定につき、最高裁が要約する原審の認定によれば、「本件各保険契約には商法674条1項所定の被保険者の同意が要求されるところ,第1審被告は,その従業員によって組織される労働組合であるJの執行部役員に対し,労働協約に基づく従業員への給付制度の財源対策として,従業員全員を被保険者とし第1審被告を保険金受取人とする団体定期保険に加入するという程度の説明を,口頭で簡単にしたことにより,被保険者となる従業員全員の同意に代えていた。そして,第1審被告も,上記労働組合も,その従業員,組合員に対し,本件各保険契約を周知させる措置を執ったことはなく,同労働組合の執行部役員の経験者を除いて,第1審被告の従業員のほとんどの者は,本件各保険契約の存在さえ知らず,自らがその被保険者となっていることの認識もなかった。」とされていることをどのように解するかという問題もあります。これを額面通り受け取れば、同判決補足意見のように本件保険契約が無効との判断も十分にあり得たものです。

 少なくとも従前の就業規則の拘束力の最低限の要件たる合理性と周知すら欠いていたことから、かかる規定の効力をどのように理解するかという問題を検討せざるを得ません(前掲・文化シャッター事件・静岡地浜松支判平成9・3・24は、周知なき規定による生命保険への同意を無効としていていました)。なぜなら、上記事実関係からは、この論理が他人への生命保険付保に関する同意の場合のみにつき限定されているとしなければ、従前の就業規則の拘束力要件論は再検討を余儀なくされることになるからです。

 かかる意味からは、付保への同意の認定をここまで規定に基づきラフに認定することと、前述の下級審の合理的意思解釈とどちらが従前の就業規則等との最高裁判例等との関係で法的整合性と合理性を有するかにははなはだ疑問を抱かざるを得ません。

 ただし、実務的対応としては、改めて、補償規定の整備の必要性とその実務的有効性が確認されたことになりました。リスクマネジメント的観点からは、前述のような不安定要素を孕んだ本判決に依拠することなく、少なくとも、就業規則の制定・改正に関する有効要件(拙著・実務労働法講義上巻52頁以下等参照)の取得に留意すべきでしょう。

 さらに本判決が、他の生命保険事案でも同様の解釈が示されることは予想し得ますが、前述のラフな認定ですらその存在を認定できない事案で、本件におけると同様に、その趣旨があいまいな同意書のみの取得であった場合に、本件判決の下級審のような合理的意思の探求による具体的妥当性の実現が禁じられるかという点が問題となります(本判決の判例研究である山下友信「団体定期保険と保険金の帰趨」NBL834- 12以下は、従前の方法を支持する立場からですが、射程が及ぶとの立場と解される)。筆者は、本判決はそこまでは射程としておらず、従前の合理的意思解釈による解決を否定するものではないと解されます。
 いずれにせよ、A保険に限らず、同様な保険により労災などの従業員の死傷病への補償に対処しようとするならば、新保険でも求めているように、保険金について従業員と企業との取得分を明確にすることが必要です。そして、その場合に、明確な規定に基づく従業員の退職金や弔慰金、または労災などでの損害賠償金への充当分以外で、企業が当然に取得できる保険料や税金の負担以上に前述の諸費用・損失などを回収するには、それらの支出についての合理的な算出方法に基づく明確な補償規定の存在がやはり望まれます。

 なお、労災などで企業が従業員に対して損害賠償義務を負担する場合に備えるには、保険金がどんな損害賠償に充当されるかという損害の填補範囲についての明確な補償規定の必要があります。そうでない場合、企業が保険料の全額を負担して従業員に支払われた保険金を退職金や見舞金などとみなされ損害の填補とされないこともあり得ます。

 以上の次第で、最近の団体保険であれば、遺族と企業の取得部分が明確化されていますが、その他の保険の利用については、以上の判例を踏まえ、補償規程の整備等が必要です。

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