建築現場に事実上派遣された現場労働者の労災の取り扱いについてはどうなるのでしょうか?
A社は、B社が元請となっている建築現場にC現場労働作業員等の派遣をおこなっていますが、1)労災保険料は誰が負担するのでしょうか、2)現場で事故が起こった場合、現場の労災を適用するのでしょうか、3)損害賠償義務がある場合、被害者Cらに対しては誰が責任を負うのでしょうか、4)A社にも損賠償責任がある場合、保険料を支払っていたのはB社なので政府から第三者行為災害として求償を受けることはないでしょうか?
回答ポイント
- 本来A社の業務は派遣禁止業務と考えられ、請負関係で行なわれるべきものであり、それを前提とれば、1)の保険料は元請業者が負担し、2)の事故処理は、現場の元請加入の保険で処理されることになります。3)では、労災保険給付のほかに損害賠償が元請B社とA社が連帯して責任を負担することがあり得ますが、 4)の政府からの保険金の求償関係は事実上制限されています。
解説
- 1.建設業務への派遣業務の禁止
- そもそも建設現場業務に関しては、労働者派遣が禁止されています(派遣法4条1項)。この禁止は、現場事務所の一般庶務的な業務や現場の施工管理や建築設計には及びませんが、現場作業従事作業労働者には適用されるため、質問の業務は、そもそも派遣しては行なえず、前述の請負により処理されるべきものとなります(10実務編Q6参照)。
- 2.建設業における労災保険関係の元請原則
- 建設業においては、労基法の労災補償責任の元請責任を受け(労基法87条、労基則48条の2)、原則的に、労災保険関係は元請B社とC労働者との間に発生することになり、当然、保険料の元請負担の原則的負担者は、元請B社となっています(労災保険徴収法8条、同施行規則7乃至9条)。
この関係で、労災事故が発生した場合の処理は、B社の労災保険で処理されます。
- 3.元請業者の損害賠償責任
- (1)元請責任を認める裁判例
本来、伝統的民法の形式論からすれば、下請労働者は下請企業の労働者で、下請労働者の労災について元請企業は、特段の不法行為責任でもなければ損害賠償義務を負うことはあり得ない筈でした。しかし、現在の裁判例・学説では、この形式論は通用しなくなっています。不法行為、債務不履行等の法的な理屈は別として、下請労働者に対する元請企業の労災民事賠償責任を認める数多くの裁判例が現われています(拙著「実務労働法講義」改訂増補版上巻204頁以下等参照)。特に最近では、自衛隊車両整備工場事件・最三小判最判昭和50・2・25民集29-2- 143が、安全配慮義務は、「ある法律関係に基づいて、特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として」「信義則上負う義務」として一般的に認められるべきものであると判示したため、これを用いる裁判例が多くなり、最高裁判例でも、下請労働者の労災に対する元請企業の賠償責任につき、雇用契約に準ずる法律関係の債務(安全配慮義務)の不履行と見ることによって、元請企業の責任を認めるものが出ています鹿島建設・大石塗装事件・最一小判昭55・12・18民集34-7-888、三菱重工神戸造船所事件・最一小判平成3・4・11労判590-14等参照)。(2)元請責任が認められる場合とは
裁判所は、様々な具体的な事情を総合して、元請企業と下請労働者間の「実質的な使用関係」あるいは「直接的または間接的指揮監督関係」が、認められる場合に、元請企業の下請労働者に対する安全配慮義務を認めて、労災民事賠償責任が認める場合が多いようです。例えば、前掲・三菱重工神戸造船所事件では、 1)元請企業の設備・工具の利用、2)事実上の指揮・監督、3)本工労働者との作業内容の同一性の三点を特に指摘しています。
但し、裁判所の中には、上記のような基準に照らして、一応の使用関係が認められるように見えても、下請企業が「対外関係において独立した主体として対応できるに足りる人的、物的な組織及び機能を備え、現にそのように対応してきた」場合には元請企業と下請労働者間には、安全配慮義務の前提となる使用従属関係はないとするものもあります空港グラウンド・サービス事件・東京地判平成3・3・22判時1382-29。しかし、今までの裁判例での判断基準に照らしてこの判決には疑問が残り、一般化することは危険です。なお造船・建設業のような安衛法の特定元方事業者(30条)の場合は比較的ゆるやかにこの使用関係が認められる可能性があります。これらの場合の多くは民法715条の使用者責任が適用されることは勿論、元請負人に対し直接、安全配慮義務が認められ、民法 709条あるいは債務不履行による責任が肯定され易いこととなります。
既に、いわゆる偽装派遣的態様で就労中の下請労働者のいわゆる過労自殺に対する発注主・派遣先企業の賠償責任を認めた例も現れています。即ち、アテスト(ニコン熊谷製作所)事件・東京地判平17・3・31労判 894-21では、ニコンの熊谷工場に業務請負の形式で実質上派遣された男性がうつ病を発症して自殺したのは、長時間勤務と劣悪な勤務環境が原因として、遺族がニコンと業務請負会社ネクスター(現アテスト、名古屋市)に損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は両社に計約2,480万円の支払いを命じています。同判決は、「不規則、長時間の勤務で作業内容や閉鎖的な職場の環境にも精神障害の原因となる強い心理的負担があった。自殺原因の重要部分は業務の過重によるうつ病にある」と指摘し、その上で「人材派遣、業務請負など契約形態の違いは別としても両社は疲労や心理的負担が蓄積しすぎないよう注意すべきだった」と安全配慮義務違反を認定し、発症から自殺までの期間が短く回避可能性は必ずしも多くなかったこと等の事情があり、被告らが男性の健康状態の悪化に気づかず、原告も男性の身近におらず、事態の深刻さに思い至らないうちに男性が自ら死を選んだことは、まことに不運な出来事であるとして、男性の損害につき、3割の減額をして7割の限度で認容し、原告に対し、連帯して2488万9417円を支払うよう命じました。
なお、平成18年4月1日施行の改正労働安全衛生法では、製造業等の業種に属する事業の元方事業者について、混在作業によって生ずる労働災害を防止するため、作業間の連絡調整、合図の統一等必要な措置を講じなければならないとされました(30条の2第1項、33条の2第2項)。これは従来、建設業・造船業につき定められていた特定元方事業者の元請事業者の安全管理に関する一定の義務(30条)を一定の製造業にも及ぼしたものです。今後は、この規制の遵守も安全配慮義務の一環として、その違反による賠償責任が問われることが多くなると予想されます。(3)元請下請間の責任割合
これについては、孫請労働者の労災事故につき、下請業者が紹介的な役割を果たしたに過ぎないとしてその責任を否定した例もありますが東急建設・吉田建設工業事件・東京地判昭和56・2・10判時449-147、東京エコン建鉄等事件・横浜地判平成2・11・30労判594-128等)、一般的には元請、下請、孫請各企業の共同不法行為等によって、各業者の連帯責任を認め、その割合も、各業者同士の協議ができない限り、民法の原則により平等と見る場合も少くなくないでしょう(連帯保証人相互の割合に関する大判大8.11.13 民録25-2005 参照)。
しかし、最高裁は大塚鉄工・武内運送事件・最二小判平成3・10・25判時1405-29で、A社→B社→C社の順序で下請関係にあった建設現場でのC社の労働者DがB社の労働者Eの過失によりクレーンからの落下物により死傷した事故の場合について、事故発生への関与の程度を実質的に考慮して責任割合を判断して、直接の加害者Eが10%、その使用者であるB社において30%、元請で現場で現実的な監督をしていたA社が 30%、直接のDの雇用主のC社において30%という責任割合を認めています。
- 対応策
- 質問の場合にも、具体的に1)CがB社の企業設備を利用し、2)B社がCらに対して事実上の指揮監督をし、 3)B社の社員とCらが渾然一体に同じような作業をしていたような場合には、B社が労災保険上の責任のみならず、損害賠償責任を負担する場合も出てきます。もっともB社の責任が問われる場合も、被害者Cにも不注意があるような場合には、B社は過失相殺により損害額の減額を主張できます。又、既払分の労災保険給付や、Cに支払われた様々な上積み補償などの支払額分の減額を求めることができることなどについては8実務編Q2で詳しく触れたとおりです。
なお、事故の直接の加害者やその雇用主らの責任割合については、実際には、A、Bや関係各社の現場への関与の仕方によって変わってきますが、上に紹介した大塚鉄工・武内運送事件の判決などを参考にして責任の割合を求めることは可能です。但し、Cらが飽くまでB社の責任だけを追及して来る場合は、取り合えず、交渉か裁判にA社らと直接の加害者を巻き込む手続(訴訟告知など)を行なった上で、Cらへの賠償金の支払いの後、A社などの関係各社に対し、裁判をも覚悟して各者の責任割合に応じ、求償の請求をしなければなりません。
- 紛争の予防策
- 労災事故の防止対策を徹底することが基本ですが、不幸にも発生した事故に対しては、特に構内での下請労働者を使っている特定元方事業者に当る造船会社や建築会社は勿論、それ以外の業種でも、下請の事故は下請だけの責任だなどと軽い気持は忘れて、下請労働者に対する労災賠償責任を負担することがあることを前提にした対策が必要です。つまり、前に8実務編Q5で述べたような保険への加入や、元請下請間での労災事故への対応策、責任負担割合に関する協定などの整備が必要です。元請下請間の協定は、被害者に対しては直接関係はありませんが、後日の責任分担については有効に機能します。
- 4.第三者行為災害における国からの求償請求
- (1)国からの示談の求償
注意したいのは、最近、下請労災事件で元請企業に対して労災保険法12条の4による代位に基き国からの求償権の行使がなされることがあることです。(2)求償権への制限
労災保険法12条の4の第三者行為災害における第三者の範囲に関しては、今まで日本では、充分な議論がなされていませんでした。しかし、ドイツやフランスでは、下請労働者、派遣労働者の労災や、同一の事業所で複数の使用者の下で就労中発生した労災などに関して、元請企業などにも安全義務を負担させる一方で、元請・下請の労働者が混在し、一体的な就労態勢をしている企業の間での求償関係が複雑になることを避けるため、第三者の範囲を限定的に理解して、一定の場合に、元請企業などに対する求償を認めていません。フランスでは判例により、このような求償の対象とならない「第三者の概念」が認められ(岩出誠「社外工の労働災害」ジュリスト584-155参照)、ドイツでは同じような判例を踏まえ現在では、「他の事業主」の概念として、立法的に解決されています(西村健一郎「ドイツ労災保険法における事業主等の民事責任」民商68巻1号32頁以下参照)。
日本で、この第三者の範囲の限定に関する議論が今まで余り見られなかったのは、労災保険実務がフランスやドイツの取扱とほぼ同様の処理を通達によって行なっていると理解されていたため、そのような議論を深める必要がなかったからと思われます(以上に対し、下請労災に関し、このような特別な求償権の限定を否定していた学説としては、井上浩「労災保険法の理論と実務」278頁参照)。(3)通達により制限される場合
つまり、通達は、第三者行為災害の内、いわゆる下請労災のような場合の第三者の範囲に関して、次のような限定的な運用を示していて、これが右に紹介したフランスやドイツの取扱と同様の処理を意味するものと理解されていたためです(西村健一郎「社会保障給付と損害賠償」民商73巻臨時増刊号410頁参照)。
具体的には、1)同一事業に雇用される同僚労働者相互の加害行為による災害、2)同一事業の事業主を異にする労働者相互の加害行為による災害(昭和 44・3・30基発148)、3)同一作業場で作業を行なう使用者を異にする労働者相互の加害行為による災害について求償権の行使が全面的に差し控えられており、又、4)事業主の下請人の加害行為による災害の場合については求償の一部が差し控えられ・昭和40・9・30基発643号)、下請労働者に対するのと同様に、5)雇用主以外との間に使用関係が生れる、派遣労働者の派遣先に対する国の求償についても、派遣企業の故意又は、重大な過失の場合に限り、保険給付の30%相当額を限度として求償権を行使する、とされています(昭和61・6・30基発383)。
実際、最近に至るまで、このような理解と異なることなく、下請労災での元請企業などに対する求償関係が問題とされることは少なくありませんでした。質問の場合も、多くの場合は、これらの通達により、A社に対して求償請求がなされることは少ないものと予想されます。
ところが、最近に至り、下請労災における下請企業など、直接労災保険関係を持たない企業に対する求償が実施され始めて来たということは、厚生労働省が通達の適用範囲につき、前に述べたフランスやドイツの取扱と同様の処理を意味するものと理解しているものではなく、単に、重層的下請関係下にある労災における労働者相互の求償関係につき、労働者への求償が苛酷なことになるために、それを政策的に制限しようとしたに過ぎなかったとも理解されます。(4)求償権制限の根拠
しかし、日本でも、この第三者の範囲を限定する可能性とその必要性は高いものがあります。第一に、フランス、ドイツにおける第三者の範囲への制限が、先ず判例によって実現されたこと、そしてそこで制限のため議論されていた要素は、我国にもそのままあてはまることが指摘できます。又、第二に、労働安全衛生法は元請企業等の責任を高度化し、さらには、最近の判例は下請労災に関して、前述の通り、元請企業等の直接の使用者以外の労災民事責任を比較的容易に認める傾向があります。
- 対応策
- そこで、元請・下請企業等に対する国からの求償権が行使された場合の対応策は次のようになります。先ず確認しておくべきことは、元請・下請企業に対する国からの求償権は、労災保険法12条の4により国が代位取得した損害賠償請求権であって、国の民事上の債権として、保険料の徴収の場合とは異なり、会計法及び国の債権の管理等に関する法律(15条3号)の定めによって行使されるということです(労働省「再訂新版・労働者災害補償保険法」291頁参照)。つまり、一般私人におけると同様に、示談交渉や民事裁判を通じて求償権の行使がなされるものなのです。
従って、元請や下請企業に対する国からの求償権の行使に対する下請企業等の対応策としては、求償権の存否・範囲を争う可能性はあります。
そして、下請企業等に対する国からの求償権の行使に対して、和解する時にも、国に対する求償義務の範囲に関して、前述の負担割合で触れた通り、元請下請間の負担割合に応じた減額をなした負担割合について限定した上で、そこからも各企業の支払額を控除した額とすべきです(拙稿「労働判例」ジュリスト584 -155)。