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中皮腫での死亡と企業の安全配慮義務の発生時期及び内容

弁護士 難波 知子
2010年8月掲載

中皮腫での死亡と企業の安全配慮義務の発生時期及び内容

石綿粉じん曝露の可能性がある火力発電所に勤務した者が、定年退職後悪性中皮腫により死亡した場合、会社に対しどのような請求ができるのでしょうか。近時の裁判例を教えてください。

回答ポイント

「昭和35年4月のじん肺法制定以降、粉じん業務に従事させる時点において、石綿(以下「アスベスト」といいます。)被害の予見可能性があり、保護具を備え付けず、着用を指示しなかったことは、安全配慮義務違反にあたる、曝露から発症までの潜伏期間等から死亡との間の相当因果関係がある」とし、会社に対し慰謝料3000万円の支払を命じた中部電力事件(名古屋地判平21.7.7 労経速2051-27)をご紹介します。
解説
1 中部電力事件の事案の概要
本件は、火力発電所に勤務していた亡Aの相続人である原告らが、亡Aが定年退職後、悪性胸膜中皮腫により死亡したのは、会社の安全対策の不備により石綿粉じんに曝露したためであり、会社には安全配慮義務違反があると主張し、会社に対し主位的には雇用契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求、予備的には不法行為に基づく損害賠償請求として慰謝料等の支払を求めた事案です。
2 判決の要旨
 同裁判の判決の要旨は以下の通りです。

①わが国においては、昭和30年代に入ってからは、石綿粉じんによる健康被害に関する通達や行政機関の研究結果の公表が相次いだ上、昭和35年4月制定のじん肺法は、場所における作業がばく露作業に該当することが明らかにした趣旨であると解されるから、被告はこの時点において、亡Aが試運転業務に従事することによって、じん肺基準の人体に有害な濃度の石綿粉じんにばく露し、じん肺その他何らかの深刻な健康被害を受けることを予見し得たものといえる。また、ばく露期間についても、じん肺法所定の健康診断を要する期間が1年ないし3年を基準としていたことから、ばく露作業の従事期間が合計1年程度に達する見込みの者についてはその危険があると判断することができたものと認められる。

②会社は、既にばく露作業の従事期間が約9ヶ月に達している亡Aを、昭和35年6月16日から試運転業務に従事させる時点では、その当初から予見可能性があり、それによる被害を回避するべき安全配慮義務を負っている。

③会社は、昭和35年6月16日以降、各職場に適切な呼吸用保護具を備え付けたうえ、試運転業務に従事する亡Aに対し、火力発電所建設時の保温材取り付作業が行われている場では石綿粉じんが飛散していること、石綿粉じんの人体に対する有害性について、注意喚起・指導し、試運転業務を行う際にはこれを着用するよう具体的に指示するべき安全配慮義務を負っていたものというべきである。

④石綿粉じんばく露と亡Aの死亡との間、会社の安全配慮義務違反と亡Aの死亡との間には相当因果関係が認められる。

以上より、会社は亡Aに対し、死の結果に対し雇用契約上の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うとされ、会社に対し慰謝料等の支払を命じました。

3 裁判例についての解説
本件は、昭和35年4月のじん肺法制定以降、粉じん業務に従事させる時点において、石綿(以下「アスベスト」という。)被害の予見可能性があり、保護具を備え付けず、着用を指示しなかったことは、安全配慮義務違反にあたる、曝露から発症までの潜伏期間等から死亡との間の相当因果関係があるとして、会社に対し慰謝料3000万円の支払を命じたものです。
アスベストの危険性をいつからどのように認識すべきであったかについては、様々な裁判例がありますが、本判決は、上記のような認定を行い、被害者救済を図りました。
 当初、アスベストによる健康被害の損害賠償請求につき消極的な裁判例も存在しましたが、近時は積極的な裁判例が増加しています。札幌国際観光(石綿曝露)事件(札幌高判平20.8.29労判972号19頁)も、昭和62年頃までアスベストの被害が認識できなかったとの会社の主張を認めず、じん肺法(昭和35年)、特化則、および労働安全衛生法(昭和47年)その他関係法令により、会社のアスベスト粉じんばく露の健康、生命への影響について予見可能性が肯定され、法が要求している局所排気装置による排気、保護具の使用、湿潤化等の措置が講じられていないとして安全配慮義務違反を認めました。また、米軍横須賀基地事件(横浜地横須賀支判 平21.7.6 労判21.11.10)も、被用者の就職した昭和52年以前においてアスベストの健康被害につき認識し対策を実施すべきであったとして国の安全配慮義務違反を認めました。

対応策

アスベスト関連疾病の業務災害認定基準については、「石綿による疾病の認定基準について」(平15.9.19基発0919001号)という認定基準が緩和されている通達が出されており、近時さらに基準が緩和され(平18.2.9基発029001号)ています。また、随時、労災認定等事業場一覧表も公表されています。加えて、救済の得られなかった遺族、家族、近隣住民も対象とした「石綿による健康被害の救済に関する法律」が平成18年2月3日に成立し、改正も行われ、更なる被害者救済が図られています。アスベストによる中皮腫等は、潜伏期間が非常に長く、また、現在に至るまで無防備な状態でアスベスト粉じんに晒されてきた被害者が数多く存在することに鑑みると、今後も新たにアスベスト被害が明らかになり、それに関する紛争が発生することが予測されます。会社の側からすると、長い年月が経過し、曝露当時の状況について資料収集等困難な点も多いといえますが、近時の裁判例等は、被害者の積極的な救済を図ろうとしているといえます。したがって、会社としては、近時の被害者救済の裁判例の傾向に留意し、訴訟を提起される可能性を十分に認識し、できる限りの調査、証拠収集等を行い、事前に十分な対策を立て、対応していくことが必要となるでしょう。

予防策

安全衛生面での態勢整備が必要であることは当然ですが、現在、いわゆる上積み労災補償規程がある場合でも(岩出誠「実務労働法講義〔第3版〕」下巻[民事法研究会・平22]964頁以下参照)、退職後の従業員からの労災認定後のアスベスト損害賠償請求への対応ができていない場合が多いといえます。今後は、紛争の発生の防止またはその拡大防止のため、この点について整備をすることも重要になってくるでしょう。

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