学生アルバイトが学校から勤務先へ向かう途中で被災した場合、通勤災害となるか。
先日、当社の学生アルバイトが、勤務先の事業所へ出向く際に交通事故に遭い、負傷しました。同人は、学校の授業終了後、そのまま出勤しようとし、その途中で被災したものですが、こうしたケースでは、通勤災害となるのでしょうか。
通勤災害と認定されるためには、「住居と就業との場所との間」の移動途上であることが必要。学校は「住居」にあたらないので、学生が授業終了後に学校から就業の場所へ向かう途中で被災したとしても、通勤災害とはならない。
- 通勤災害の認定要件――労災保険法7条はどう規定しているか
通勤災害と認定されるためには、まず、その災害が「通勤による」(労災保険法(以下「法」といいます。)7条1項2号。)という要件(いわゆる「通勤起因性」)を満たす必要があり、その発生が「通勤」(法7条2項)の途上でなければなりません。そこで、同法7条2項にいう「通勤」該当するには、被災者が、①「就業に関し」、②「住居と就業の場所との間を」、③「合理的な経路および方法により往復」していたと認定される必要があります。また、原則として「逸脱」や「中断」があってはならず(法7条3項)、「業務の性質を有するもの」も通勤災害にはあたりません(法7条2項柱書)。
以下では、上記①~③の各要件に沿って、ご相談にある「学生アルバイトが学校から勤務先へ向かう途中で被災した場合」(以下「本件」といいます。)が通勤災害にあたるかを検討します。①「就業に関し」といえるか
まずは、単に「通勤経路の途中で災害が発生した」というだけでなく、災害発生時の移動が、就業と密接な関連性を有するものでなければなりません。
たとえば、休日、賃金の支払いを受けるためだけに事業場へ赴く途中で被災した場合には、そもそも就業することが予定されていないことから、通勤災害とは認められません。また、就業が予定されている日に出勤する場合であっても、実際の就業時間とかけ離れた時刻に出勤するようなケースでは、就業との関連性が否定され、この間に発生した災害も、やはり通勤災害とは認められません。
ただし、就業時間との隔たりが小さい場合や、「ラッシュアワーを避けるため、または、残務を処理するため、早めに出勤する」というやむを得ない事情がある場合は、就業との関連性が失われないと考えられます。
本件で、学校が終了したあと勤務先に向かうのであれば、通常は、その移動は就業と密接な関連性を有し、「就業に関し」といえるでしょう。ただし、学校が終了した後にすぐに勤務先に向かう場合であっても、勤務開始時間までかなり時間があり、たとえば勤務先近辺のゲームセンターやカラオケで数時間時間をつぶすような場合には、就業との密接な関連性が否定される可能性があります。②「住居と就業の場所との間を」といえるか
就業場所とは、基本的には「業務を開始し、または終了する場所」をいいます。そのため、アルバイト先も「就業の場所」に当ることに、争いはありません。
問題は、「学校から就業場所に向かう場合、それは住居と就業場所との間の往復行為といえるか」です。労災保険法上の「住居」とは、「労働者が居住して日常生活の用に供している家屋等の場所で、本人の就業のための拠点となる所」と定義されています(労働省労働基準局補償課編著「改定新版・通勤災害」90頁)。
学生の生活の拠点は、あくまで自宅であり、学生は学校に居住しているわけではないので、学校は「住居」にはあたらないと考えるべきでしょう。
この点、通達は、単身赴任者が、週末などに反復継続して帰宅する場合には、赴任先の住居と帰宅する住居の双方が、「住居」(法7条2項)となることを認めています(平成7・2・1基発39号)。そうすると、「住居」に該当する場所が複数あることが否定されてはいないため、本件でも、自宅と学校の双方を「住居」として取り扱うことがまったく考えられないわけではありません。しかし、「住居」という言葉の有する「生活の拠点(=起臥寝食の場)」という意味合いと、「学びの場」である学校とでは、文理上の隔たりが大きすぎます。よって、現在の裁判例および通達を前提とすると、「住居」には学校も含まれると解釈して、「学校から就業場所への移動は通勤災害である」とすることは、困難であるといわざるを得ません。③「合理的な経路および方法により往復」といえるか
それでは、労災保険法上の「住居」は学校ではなく自宅であるとして、朝、自宅を出発したのち、学校で就学してから勤務先に向かうことが、「合理的な経路」による移動である、と解する余地はないのでしょうか。
しかし、学生が朝、自宅を出発する目的は、直接的には学校に行くことであると考えられますので、そもそも、自宅から学校までの移動を通勤の一部と捉えることには、無理があります。よって、自宅を出発して学校に寄り、就学してから勤務先に向かうことが、「合理的な経路」による移動であるとは解釈できません。
対応策
以上、労災保険法の規定を基に、さまざまな方向から検討しましたが、現時点の関連条文・裁判例・通達を前提とすると、本件のように、学生アルバイトが学校から勤務先へ向かう途中で被災した場合、通勤災害とはならないと考えられます。
予防策
■ 補足1――今後の展望
学生アルバイトを活用している企業は飲食店など数多くあり、本件のような事態は現実的に起こりえる問題です。現在の法令、裁判例、通達を前提とすると、通勤災害とは認められないというべきですが、この取扱いは、今後、裁判例を先鞭として、変化していく可能性があります。たとえば過去にも、単身赴任者が家族の住む自宅から会社の単身寮に戻る途中に、車が橋から落ちて死亡した事例では、労基署は、「寮は就業の場所ではなく住居であり、自宅からそこへ向う途中で発生した事故は通勤災害ではない」として通勤災害に当たるとは認めませんでした。このため遺族が当該不支給処分の取り消しを求めて提訴した結果、裁判所は、当該災害を通勤災害と認めました(秋田地判平12・11・11)。この裁判例は、平成17年10月の労災法改正を先取りしたものとして評価されています。さらに、「住居と就業の場所の間」の往復のみを対象としてきた通勤災害の適用範囲を複数就業者(二重就職者)の増加に対応して、新たに事業場間の移動(第1の事業場から第2の事業場への移動)も通勤災害の保護の対象とすることとされています。これらの法的利益状況と質問のような状況にはほとんど差がなく、しかも、学生アルバイトがサービス産業等を担っていることは周知の事実です。かかる観点から考えるに、労災法の文言に拘泥せずに、実態に即して考えれば、本件も「通勤災害に該当する」という判断が裁判所によってなされる可能性は充分にありえます。今後も裁判例の推移に注目する必要があるといえるでしょう。
■ 補足2――通勤災害と業務上災害との違い
筆者が企業の人事担当者かのご相談を受けていて誤解されている向きが多いと感じるポイントとして、通勤災害と業務上災害との違いを、解雇規制等との関連で補足致します。通勤災害は労災保険による保険給付の対象となることが定められていますが、業務上の災害(法7条1項1号)とは異なり、労基法19条の解雇制限等は適用されません。また、給付面での違いとして、通勤災害では、①労災保険の休業補償給付が支給されない最初の3日間について、事業主は、労基法上の休業補償義務(労基法76条)を負わず、②療養給付について、受給者に一部負担金が生じる――点が挙げられます。