通勤中の化粧により負傷したケースは、通勤災害になるか
当社の女性社員が、通勤中、電車内でマスカラを塗っていたところ、電車が急停車したはずみで目を負傷してしまいました。化粧による負傷であることなど、態様を考慮すると自己責任の範囲内ではないかと考えられますが、こうしたケースでは、通勤災害と認定されるのでしょうか。
少なくとも、通勤行為の中断・逸脱は無いことから、通勤災害と認定される可能性はある。
- 1通勤災害とは
- (1)通勤災害の意義
通勤災害とは、「労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡」をいいます(労災保険法7条1項2号)。通勤災害と認められた場合には、療養給付、休業給付等労災保険による保険給付の対象となることが定められていますが、業務上の災害ではないので、これにかかる療養期間は、労働基準法19条の「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間」には含まれず、解雇禁止の対象とはなりません。(2)通勤災害の認定要件
上記のとおり、通勤災害と認定されるためには、まず、災害が発生したのが「通勤」途上でなければなりません。そして、「通勤」とは、労働者が就業に関し、①住居と就業の場所との間の往復、②就業の場所から他の就業の場所への移動、③①の往復に先行または後続する居住間の移動を、合理的な経路および方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除きます。また、中断や逸脱があってはならないとされています(労災保険法7条2項、3項)。(3)通勤による災害
通勤途上の災害であっても、法律上「通勤による」災害でなければ、通勤災害とは認められません。そこで「通勤による」の意義が問題になりますが、これについては、「通勤と相当因果関係のあること、通勤に通常伴う危険が具体化したこと」をいうと解するのが相当であるとされています。すなわち、通勤災害と認められるためには、「通常通勤に内在する危険が現実化したもの」と認められる必要があります。
例えば、通勤途中に自動車に轢かれた場合、電車が急停車したため、転倒して受傷した場合、駅の階段から転落した場合、歩行中にビルの建設現場から落下してきた物体により負傷した場合、転倒したタンクローリーから流れ出す有害物質により急性中毒にかかった場合、通勤による負傷に起因する疾病にかかった場合等は、いずれも通常通勤に内在する危険が現実化したものとして相当因果関係が認められ、通勤災害と認められるとされています。
他方、被災者の故意によって生じた災害の場合、通勤の途中で喧嘩をして負傷した場合、通勤の途中に第三者の計画的犯罪によって死亡した場合等は、通勤をしていることが原因となって災害が発生したものではなく通常通勤に内在する危険が現実化したものとはいえないので、相当因果関係は認められず、原則として通勤災害には当たらないことになり、通勤災害とは認められないことになります。 - 2本件の検討
- (1)電車内での化粧はどのように評価されるのか?
本件では、通勤するための電車の中で、マスカラを塗り、電車が急停車した結果、負傷することが通常通勤に内在する危険が現実化したものといえ相当因果関係が認められるかということが問題になります。
今日、社会に出て勤務し、通勤する女性にとって、化粧は最低限のみだしなみとして、日常生活上必要な行為といえると考えられます。そして、マスカラを塗ることもファンデーションや、口紅と同様、今日では化粧とし一般的なものといえます。
問題は、通勤電車の中で勤務のため化粧をすることをどのように捉えるかです。
確かに、今日、(賛否はともあれ)電車内での化粧を見かける機会は珍しくはありません。もっとも、それが一般的なものとまで言えるかどうかは、見解の分かれるところであると思われます。
同種の事案に対する行政の判断あるいは、司法判断が、未だ出されていない点も踏まえると、現時点でどちらが一般的か、どちらか一方の前提に立って議論することは難しいといわざるを得ません。
もし、通勤電車内での化粧が、今日、一般的な行為であると判断されることになれば(最終的な判断はその他個別事情にもよりますが)①通勤電車が予想外に運行中急停車をし、車両の大きな揺れにより転倒、負傷するケースは、通常でも十分考えられること、②化粧をすること自体、通勤行為の中断・逸脱には当たらないこと等から、ご質問の、「電車内の化粧による負傷」は、「通常通勤に内在する危険が現実化したもの」として、相当因果関係が肯定され、通勤災害と認定される可能性があるといえるでしょう。
対応策
会社としては、社員に対し電車内での化粧での事故・負傷の可能性について説明し、電車の中での化粧は危険である旨、注意を促すことが必要でしょう。
予防策
会社は、「自己責任」として無関心となるのではなく、今後はこのような問題が生じないよう、また、社会人としてのマナーについて社員の意識を高めるよう、積極的に働きかけることが必要かつ重要になるといえるでしょう。