法律Q&A

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従業員の健康情報に関するプライバシー保護

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000年10月:掲載

従業員の健康情報に関するプライバシー保護についての注意点は?

A社の従業員Bが、定期健康診断の報告書を会社が保管するのは従業員の健康情報に関するプライバシーの侵害だと言って報告書の返還を求めてきたが応じる必要があるのでしょうか。

健康情報に基づく労働安全衛生法上の健康管理義務や判例上の健康配慮義務があることを忘れないこと。

1.判例は従業員の健康情報の保護についての配慮を求めています
 最近HIV(エイズ・ウィルス)感染を理由とする解雇が無効とされた判決(HIV感染者解雇事件・東京地判平成7・3・30労判667-14)が新聞などで話題となりましたが(エイズ問題に関しては設問11-3-3参照)、実は、この判決では、単に解雇が問題となったのではなく、従業員の感染というプライバシ―について企業としてどのように対処すべきか、というより大きな問題が提起されていました(健康配慮義務とプライバシーの関係については、拙稿「従業員の健康管理をめぐる法的諸問題―業務軽減措置の内容とその履行上の問題および健康配慮義務とプライバシー秘匿権の二面性―」日本労働研究雑誌441号12頁参照)。
 判決は、雇主や、それと同様に直接に労働者を現実に使用している派遣先企業(以下、雇主等という)に対して、労働者のプライバシ―に属する事柄についてこれを侵したり、労働者のプライバシ―に属する情報を得た場合にあっても、これを保持する義務を負う、として、「これをみだりに第三者に漏洩することはプライバシ―の権利の侵害として違法となる」とした上で、「個人の病状に関する情報は、プライバシ―に属する事柄で」、とくにHIV感染に関する情報は、感染者に対する社会的偏見と差別があることから、極めて秘密性の高い情報に属するものとして、派遣先企業の社長から派遣元企業に対する派遣労働者の感染事実の連絡がこの違法な漏洩に当るとして、派遣先企業の社長と派遣先企業自身に対して300万円の慰藉料の支払を命じました。
 つまりこの判決は、雇主等に対して、従業員のプライバシ―に属する情報を「みだりに」第三者に漏らしてはならないという秘密保持義務を課しています。このような消極的意味でのプライバシ―の保持義務自体は雇用関係に関係なく一般的にも市民相互が負担するものですが、雇主等が、後述の通り、労働安全衛生法や社会保険法、所得税法等の法令あるいは就業規則等に基き、人事・労務管理上の必要性から、従業員に関して、健康状況、家族状況、学歴、経歴、所得状況等様々な情報に触れる機会が多く、それらの必要性からプライバシ―との抵触が発生し易い環境下にあるため、改めて職場におけるプライバシ―保持義務が強調されたものです。
2.安衛法は健康診断に関する守秘義務を定めています
 健康診断(健診)に関する秘密の保持については、安衛法も、健診の実施の事務に従事した者(健診の結果を職制上当然に知り得る立場にある者を含む)は、その実施に関して知り得た労働者の心身の欠陥その他の秘密を漏らしてはならないとしています(安衛法104、懲役又は罰金の罰則あり)。
 他方、安衛法は、この守秘義務を前提に、法定健診事項に関しては、企業にその健診結果報告を原則として5年間保存することを求め(66条6項、安衛則57)、その結果に従った業務の軽減措置等をもとめています(66条7項)。つまり、その限りで、従業員の健康情報に関するプライバシ―の保護は制約されているわけです。
3.健康配慮措置のためには一定の情報の開示が必要となります
 つまり、業務上の必要性と従業員の健康情報に関するプライバシ―の保護への配慮は調整の問題であり、雇主等が、これらの情報を、まったく開示できないという訳ではもちろんありません。情報の入手方法、開示した相手方の範囲、秘密自体の内容・程度、開示の業務上の開示の必要性等を総合して、「みだりに」開示したかが問題とされることとなります。例えば、HIV感染以外の場合は、前に過労死のところで述べました健康配慮義務(設問11-2-2参照)の履行としての軽減措置等の実施について、健診で異常が発見された当該従業員の働く職場で関係者の協力を求めるため、この義務遂行のために、健康状況についての守秘義務に配慮しつつ、作業軽減措置等に必要な範囲で、健康状況について配属先の上司に雇主等の保有する情報の一部の開示、つまり病状などについて一定の説明をなすことがむしろ求められることさえあります。そこで、守秘義務との関係で、説明の範囲・内容については、当該従業員との協議により開示して良い範囲等につき詰めておくなどの慎重な配慮が必要となるでしょう。
4.プライバシーに関するその他の問題
 なお、従業員のプライバシ―の権利についての議論は、今まで述べてきたような「知られたくない権利」という消極的な意味から、「自分のデ―タを知る権利」という積極的な意味に拡大してきていて(1990年の「ECの個人デ―タ処理に関する理事会指令提案」等)、職場においても、今後は、自分の考課内容へのアクセスなどが問題とされてくることが予想され、未だ個人考課内容を開示していない多くの企業では、開示に耐えられる考課基準の設定等の対応が急がれます。

対応策

設問については、以上の通り、法令上の健診に伴う健診結果報告書などに関しては、企業に守秘義務のあることを前提に、むしろ保管とそれに沿う健康配慮の各種措置をなすことが企業の義務であり、A社はBの要求に応ずる義務はないことになります。

予防策

 法令上の健診に関しては、以上の通り法令の義務であることで解決できるのですが、前述の安全配慮義務の履行や福利厚生として行われる法定外健診の結果の取り扱いに関しては、やはり、その保管、利用・開示の条件・範囲等の管理に関する健康管理規程などの作成が必要でしょう(ちなみに、健康情報に関するプライバシーの問題に関しては平成12年7月14日付労働基準局安全衛生部労働衛生課「労働者の健康情報に係るプライバシーの保護に関する検討会中間取りまとめについて」
http://www.jil.go.jp/kisya/index_2k.html参照)。

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