法律Q&A

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エイズへの対応

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2007年2月補正:掲載

従業員がHIVに感染していることが分かったらどうしたら良いでしょうか?

A社の従業員BがHIV(エイズウィルス)に感染していたことを上司に申し出てきました。献血の際に受けた検査の時に分ったようです。Bには未だエイズ特有の症状は出ていませんが、A社としては他の従業員や顧客・取引先などへの色々な影響も考えられ対処に困っています。社内の混乱を避けるためにもA社はBに辞めてもらいたいのですが、エイズを理由として解雇できますか。あるいはA社内で従業員に対して血液検査をしてエイズ抗体検査を実施することに問題はありませんか。又、今後HIV感染者を採用しないようなことやBのような感染が判明した従業員に対してどうしたら良いでしょうか。

回答ポイント

 解雇はできません。むしろ、Bの健康情報の管理に配慮し、厚生労働省の「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」(平7.2.20 基発第75号、職発第97号。以下、エイズ指針という)に従い、社員にエイズが日常的な業務に関連しては感染の危険のないことなどに関する社内教育をして差別のない労働環境を作ることが必要です。

解説

1.職場におけるエイズ問題に関するエイズ指針
 エイズ(後天性免疫不全症候群)の蔓延は、世界的に深刻な状況にあり、とりわけ、アフリカ、アジアの発展途上国においては、おそれていたHIV感染者(以下「感染者」という。)の爆発的な増加が現実のものとなり、我国における感染者の報告数も、国際的に見て多いとは言えないものの、厚生労働省のエイズ・サーベイランス委員会の報告によれば先進国中唯一加速度を増すばかりです。これに対し、わが国においては、既に、昭和62年に「エイズ問題総合対策大綱」が閣議決定され、地域、職域等あらゆるルートを通じ、国をあげて啓発運動を展開することとされ、国際的にも、WH0及びIL0より、昭和63年に職場とエイズの問題について声明書が発表され、こうした中で、平成7年にエイズ指針が、エイズの予防を図るため、また、感染者である労働者が誤解や偏見により職場において不当な扱いを受けることがないよう、事業場においても積極的にエイズ問題に取り組んでいくために、事業者が職場におけるエイズ問題に関する方針として告示されました。以下、このエイズ指針およびその後の裁判例を紹介しつつ質問を検討します。
2.HIV感染自体を理由とする解雇はできません
 先ず、エイズ指針も、「HIVに感染していることそれ自体は解雇の理由とならない」としていましたがHIV感染自体を理由とする解雇の可否が争われた判決(東京地判平成7.3.30 HIV感染者解雇事件 労判667号14頁)でも解雇は無効とされています。

 この判決では、使用者が従業員をHIVに感染していることを理由としてなす解雇は、「到底許されることではなく、著しく社会的相当性の範囲を逸脱した違法行為というべきである」と認定して、解雇が無効であることを判示しています(同旨、千葉地判平成12.6.12 T工業HIV解雇事件 労判785-10)。

 なおこの判決は、解雇が違法であると述べた上で、解雇は会社の従業員に対する不法行為となり、会社は従業員に対して民法709条により従業員の被った損害を賠償すべき責任がある、として従業員に対する慰謝料支払いも命じています。

 また、解雇ではなく、HIV感染を理由とする警察官に対する退職勧奨による退職につき、慰謝料が認められる例も出ています(東京地判平15.5.28警視庁HIV検査事件 労判852-11)。同判決は、退職を勧めた行為について、「自由な意思を抑制して辞職に導いており、違法な公権力の行使だ」と批判しました。
3.HIV感染に関する秘密の管理・健康情報の守秘義務
 なお、エイズ指針も、「事業者は、HIV感染の有無に関する労働者の健康情報については、その秘密の保持を徹底する」としていましたが、HIV感染者解雇事件判決前掲も、この点につき、雇主や、それと同様に直接に労働者を現実に使用している派遣先企業(以下、雇主等という)に対して、一般的に、労働者のプライバシーに属する事柄についてこれを侵したり、労働者のプライバシーに属する情報を得た場合にあっても、これを保持する義務を負う、として、「これをみだりに第三者に漏洩することはプライバシーの権利の侵害として違法となる」とした上で、健康情報についても、「個人の病状に関する情報は、プライバシーに関する事柄で」、とくにHIV感染に関する情報は、感染者に対する社会的偏見と差別があることから、極めて秘密性の高い情報に属するものとし、派遣先企業の社長から派遣元企業に対する派遣労働者の感染事実の連絡がこの違法な漏洩に当たるとして慰謝料の支払いを命じています。

 なお、同様の見解は、平成12年7月14日労働基準局安全衛生部労働衛生課公表の「労働者の健康情報に係るプライバシーの保護に関する検討会中間取りまとめ」(以下、中間とりまとめという)においても、HIV感染症などに関する健康情報が、社会的差別につながる可能性が大きい情報であり、その処理に当たっては、特別な配慮が必要であることが改めて指摘されています。
4.社内でのHIV感染調査のための血液検査は原則として認められません
 この点につき、エイズ指針は、「職場におけるHIV感染の有無を調べる検査(以下「HIV検査」という。)は、労働衛生管理上の必要性に乏しく、また、エイズに対する理解が一般には未だ不十分である現状を踏まえると職場に不安を招くおそれのあることから、事業者は労働者に対してHIV検査を行わない」「労働者が事業場の病院や診療所で本人の意思に基づいてHIV検査を受ける場合には、検査実施者は秘密の保持を徹底するとともに、検査前及び結果通知の際に十分な説明及びカウンセリングを行う」とした上で、その解説で、更に検査を原則的に禁止するに等しく、「日常の職場生活ではHIVに感染することはないことから、業務上のHIV感染の危険性のない職場においてHIV検査を実施する労働衛生管理上の理由に乏しいことである。また、社会一般のHIV及びエイズに対する理解が未だ不十分であり、職場におけるHIV検査の結果、職場に不安を招くといった問題が懸念されることである。さらに、HIV感染の有無に関するプライバシー保護について、特別の配慮を要することがあげられる。このため、本人の同意のないHIV検査を行った場合にはプライバシーの侵害となり、また、本人の同意を得てHIV検査を行う場合であっても、真に自発的な同意を得られるかの問題がある。このようなことから、事業者は職場において労働者に対するHIV検査を行わないことが望ましい。/労働者を海外派遣する際に、HIV抗体検査陰性証明が必要な場合においても、このことを事前に労働者に周知した上で、派遣の希望を確認することが必要である。この場合、労働者が知らない間にHIV検査が実施されることや検査を強制することがあってはならない。むしろ労働者が自らの意思により検査を受診することが望ましい。」としています。この点は、中間とりまとめにおいては更に強化され、「特定の国における就労に際して、渡航先からHIV感染症等の特定の感染症情報を要求される場合は、労働者本人が任意で処理するべきである。」とされています。

 そんな中で、以上の行政指針を無視して無断で行われた警察官に対するHIV検査が違法とされ慰謝料を認めた例が現れています(警視庁HIV検査事件前掲)。なお、同事件では、血液検査の際にHIV検査をすることを本人に明示していなかったと認定し、「職務の特殊性から、HIV感染者は警察官の職務は適さない」という都側の主張に対しても、「警察官の職務はストレスが高く、警察学校で厳しい訓練があるとしても、HIV感染者が当然に不適とはいえない」と述べて、検査の必要性も認められないと判断しています。なお、同判決は、旧厚生省が93年、各都道府県に「本人の同意を得てHIV検査を実施し、検査結果についてはプライバシーを守る」と指導する通知を出していた点を指摘し、「それにもかかわらず、警察病院は本人の同意を確認せずに、警視庁の依頼で漫然と検査をしており、故意または重大な過失によってプライバシーを侵害した」と述べて、自警会の責任も認めています(なお、同事件は都が控訴せず確定しています)。
5.採用時のHIV検査も原則としてできないとされています
 この点につき、エイズ指針では、「事業者は、労働者の採用選考を行うに当たって、HIV検査を行わない」とし、その解説で、「本人の仕事に対する適性、能力に基づく採用選考を推進するという観点から、採用選考を目的とした健康状態の検査は、応募者の能力と適性を判断する上で合理的かつ客観的にその必要性が認められる範囲内に限定して行われるべきものである。この場合においても、検査内容とその必要性について、あらかじめ周知されるべきであり、応募者が知らない間に検査が実施されることはあってはならない。また、HIV感染の有無それ自体は、応募者の能力及び適性とは一般的には無関係であることから、採用選考を目的としたHIV検査は原則として実施されるべきではない。なお、HIV抗体検査陰性証明が必要な国での勤務を行う者を採用しようとする特別な場合には、募集時にHIV抗体検査陰性証明が必要であることを明示する等、事前に応募者に周知しておくことが望ましい。」としています。

 我国においては採用の自由は、最大限に認められ、未だ選択の自由を含み、その当否はともあれ、思想・信条による採用差別まで最高裁が認め(最大判昭和 48.12.12 三菱樹脂事件 民集27巻11号1544頁)、当然に、採用基準としての健康・体力を認めているものとされていたことからは感染の事実自体(かつて菅野和夫「労働法」第四版110頁まではこれが明言されていた)、疑問は残りますが(拙著「社内トラブル救急事典」192頁参照)、エイズ指針によれば、企業はHIV感染者の採用を感染の事実自体を理由としては拒否できないことになります。試用期間中の検査による本採用拒否や退職勧奨は採用段階以上に違法とされるでしょう(警視庁HIV検査事件前掲参照)。
6.HIV感染者への処遇・就業禁止等
 この点、エイズ指針は、「事業者は職場において、HIVに感染していても健康状態が良好である労働者については、その処遇において他の健康な労働者と同様に扱うこと。また、エイズを含むエイズ関連症候群に罹患(りかん)している労働者についても、それ以外の病気を有する労働者の場合と同様に扱い、HIVに感染していることそれ自体によって、労働安全衛生法第68条の病者の就業禁止に該当することはない」としています。

対応策

したがって、回答の通り、エイズ指針や裁判例によれば、A社はBに対してHIV感染を理由にする解雇はできません。又、同様に、社内でのHIV検査をすることも原則として許されませんし、採用時の検査も、HIV感染を理由とする採用拒否もできず、社内のBの健康情報の管理に留意し、Bが発症し具体的な労務の提供に支障を来さない限り特別な対応は禁止され、もっぱら、社員にエイズが日常的な業務に関連しては感染の危険のないことなどに関する社内教育をして差別のない労働環境を作ることが必要となります。

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