法律Q&A

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健康診断の受診拒否

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2007年1月補正:掲載

従業員が社内健康診断を拒否しました。どのような法的問題があるでしょうか?

A社の従業員Bが安衛法の求める定期の社内健康診断のレントゲン検査を拒否しました。これに対して懲戒処分などできるのでしょうか。又、健康診断(以下、健診ともいう)できなかったことで何か健康障害の発見が遅れたりして、A社に対して損害賠償など請求されるなどの法的問題があるでしょうか。なお、定期健診とは別の人間ドックのような安衛法とは関係ない法定外健診の場合はどうなるのでしょうか。

回答ポイント

 法定健診の場合には、A社の指定医師以外の医師の健康診断書の提出をもって代えることはできますが、受診自体を拒否することはできません。法定外の受診については、受診義務規定の有無に拘わらず、その合理的必要があれば、受診義務が認められます。いずれの場合も、Bに対しては、懲戒処分をもって対処することもできます。受診しない場合の損害賠償請求については、健康障害の内容・程度にもよりますが、少なくともBの請求に対する過失相殺の対象となります。また、休職期間満了時の復職可否の判定のための受診拒否などの場合には雇用関係の終了につながることもあります。
解説
1.法定健康診断の受診義務の存否とその違反の効果
 安衛法の健康管理義務規定(安衛法66条、安衛則43乃至45条)により、企業は、常時使用する全ての従業員に対して、雇入時と毎年1回定期に医師による健診を実施しなければなりません。又、その診断項目は、原則として、以前から行われていた身長、体重、胸部X線検査等に加えて、昭和63年の労安法の改正により、肝機能・血中脂質・心電図検査等のいわゆる成人病への検診項目が追加され、充実化されています。

 又、これらの一般健診に加えて、有機溶剤業務、深夜勤務従事者などに対してはさらに特殊健診が義務付けられています(安衛則45、45条の2以下。これらの安衛法上の諸規定と判例(東京地判平3.3.22 空港グランドサービス・日航事件 判時1382号29頁等)が企業に課している健康配慮義務は、当然に、一定の範囲において、労働者の健康配慮のために必要な健康情報を得る前提として、労働者に対して健診受診義務を負わせているものと解されてきました。例えば、安衛法は、定期の一般法定健康診断事項等(安衛法66条、安衛則43乃至 45条)については明文で、X線検査も含む法令の定める一定の範囲について、労働者に受診を義務づけ、医師の選択は別として、診断結果については提出しなければならず(安衛法66条5)、従業員が、プライバシー等を理由としてその健診を拒絶した場合には、当然に懲戒処分等の問題となると考えられています(名古屋高判平9.7.25 愛知県教育委員会事件 労判729号80 頁は、労安法等の健康管理規定が、訓示的なもので、労働者に法的な受診義務を定めたものとは解されず、他方、職務命令としての受診命令であったとしても、X線検査の医学的有用性については疑問があり、喀痰検査等の結果の報告で足りる等として受診拒否を認めた原審・名古屋地判平8.5.29 労判722号 77頁を覆し、X線検査の有害性については、これを軽視することはできず、国際的にも集団検診についての見直しの機運があること等の実情を認めつつも、その医学的有用性が依然として存在し、特に感染可能性の高い中学生に接する生活環境にある市立教職員には、法令上、定期健診におけるX線検査を受検する職務上の義務があるとして、受診拒否を理由とする減給を有効としました。なお、本件処分への適正手続の欠如も問題とされましたが、結論に影響なしとされました。同事件は上告されましたが、最一小判平成13.4.26 労判804号15頁も、この高裁判決を支持しました)。
2.企業の指定医師による法定外健康診断の受診義務の存否
 前述の通り、安衛法上の定期健康診断に関しては、従業員に受診義務と共に健康診断担当医師の選択の自由が認められていますが(安衛法66条5)、この規定は、企業が様々な健康配慮義務の遂行の過程で遂行する法定外の健療診断には及びません。そこで、次にこれらの法定外健診において、従業員には、受診義務があるのか、同義務があるとした場合には医師の選択の自由があるのか等が問題となります。

 判例は、この問題につき、先ず、健康管理規程等により就業規則上受診義務に関する規定がある場合について、最高裁が(最判昭61.3.13 帯広電報電話局事件 労判470号6頁)、「労働契約上、その内容の合理性ないし相当性が肯定できる限度において、健康回復を目的とする精密検査を受診すべき旨の健康管理従事者の指示に従うとともに、病院ないし担当医師の指定及び健診実施の時期に関する指示に従う義務を負担している」「Xは、・・・継続的な治療を受けていたにもかかわらず、昭和50年2月以降症状の改善がみられなかったため、本件当時においても、労務軽減の措置を受けたまま、前記の軽易な机上作業に従事するのみで、本来の電話交換作業に復帰できないでいたというのであるから、当時Xには、なお、自己の健康回復に努め、本来の自己の職務に復帰できるように努力する義務が存続しており、また、この義務の履行としては、公社がより高度の医学的方策によるべきことを指示する限りは、その指示に従うべきである。」とし、そのような規定がない場合についても、東京高裁や(東京高判昭和61.11.13 京セラ事件 判時1216号137頁は、企業としては従業員の疾病が業務に起因するものであるか否かは同人の以後の処遇に影響するなど極めて重要な関心事であり、しかも従業員が当初提出した診断書を作成した医師から従業員の疾病は業務に起因するものではないと説明があったなどの事情がある場合には、企業が従業員に対し「改めて専門医の診断を受けるよう求めることは、労使間における信義則ないし公平の観念に照らし合理的かつ相当な理由のある措置であるから、就業規則等にその定めがないとしても指定医の受診を指示することができ、従業員はこれに心ずる義務がある、としました)、東京地裁が(東京地判平成3.3.22 空港グランドサービス・日航事件 判時1382号 29頁)、「被用者の選択した医療機関の診断結果について疑間があるよう場合で、使用者が右疑問を抱いたことなどに合理的な理由が認められる場合」使用者指定の医師による受診義務の例外的な発生があり得ることを認めています。
3.法定外健康診断の受診義務等の労働者の自己健康管理義務・健康情報開示協力義務の存否とその違反の効果
(1) 労働者の自己健康管理義務・健康情報開示協力義務とその存否

 平成18・3・31基発0331001「労働者の心の健康の保持増進のための指針について」でのセルフケアや、大建工業事前傾等で、休職期間満了前後の勤務状態の不良と健康状態の把握への協力拒否等を踏まえ、普通解雇が認められた例などからは、復職可能性への医学的判断への労働者の協力義務、メンタルヘルス面での自己健康管理義務が認められるものと解されます。このような意味での自己健康管理義務は、帯広電報電話局事件前掲のような健康管理規程などがあればそこから導かれ、それがなくとも、安全衛生法4条の労働者の労災防止協力努力義務、同法66条5項の健康診断受診義務、同法67条の7第2項の健康保持努力義務、同法66条の8第2項の面接指導受容義務、同法69条2項の労働者の健康保持増進努力義務や、労働安全衛生法に基づく各種指針等でのセルフケア義務等を踏まて、過失相殺の事情たる配慮義務的なものとして、労働契約の信義則上の健康配慮義務の一環として、「自己健康管理義務」が導かれ得るものと解されます。

 判例法理上も、安全配慮義務を認めた、自衛隊車両整備工場事件(最三小判最判昭和50.2.25民集29巻2号143頁)は、「安全配慮義務は、...当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」として、明確に労使双方の義務としてそれを構成していたことからも法的に導かれるものと解される。さらには、一連の過労死・過労自殺等に対する損害賠償請求で認められる過失相殺の大きな要素として、後述(3)のように、実質的に自己健康管理義務が大きな影響を与えていることも、自己健康管理義務の存在理由を基礎付けるものと解されます。

(2) 労働者の自己健康管理義務・健康情報開示協力義務違反の懲戒処分や雇用関係の終了への影響

 そして労働者の自己健康管理義務・健康情報開示協力義務等への違反は、例えば、受診義務に違反した従業員に対する懲戒処分を有効としたり(京セラ事件前掲)、損害賠償請求等における後述(3)の過失相殺にとどまらず、休職期間満了時の雇用関係の終了の場面でも以下の通り、大きな影響を与えているものと解されます。平成18年 10月13日付人事院の「職員が分限事由に該当する可能性のある場合の対応措置について(通知)」(人企-1626号。以下、分限免職指針という)も、従前の裁判例を踏まえ、同旨を示しています。

 例えば、近時の大建工業事件(大阪地決平15.4.16労判849-35)でも、特別な受診義務金規定なき場合で、うつ病後の復職の可否判断に関する企業指定医師による受診命令の有効性を認め、これに応ぜず、主治医への病状照会への同意拒否等を含めてなされた解雇が有効とされているように(同旨、東京地判平2.9.19全国電気通信労組事件労判568-6参照)、少なくない裁判例において(杉並区立公民館事件・東京地判昭和59・11・12判例地方自治 11巻57頁、芦屋郵便局事件・大阪高判平成12・3.・22判タ1045号148頁、東京都交通局長事件・東京地判平成12.3.13労判794号79 頁大阪市消防局員事件.・大阪地判平成18・1・18労判914号61頁)、労働者の側で、適切な治療を受けていない、受診命令に違反していたこと、若しくは、休職事由消滅の確認のための受診等の拒否などの自己健康管理義務違反が重視され(大建工業事件前掲)、解雇ないし休職期間満了を認められています。

(3)受診命令拒否等の労働者の自己健康管理義務・健康情報開示協力義務違反に対する過失相殺等の問題としての処理

 以上の法定内外の健診への企業による誠意をもった説得にも拘らず従業員が受診拒否を続ける場合で、前述(2)の懲戒処分などまでは取らず、それ以上の説得をなさずに事態を放置していた場合には、法定内外の受診命令拒否に対して共通に、従業員側の健康自己管理・健康回復努力義務違反等により、安全配慮義務違反の損害賠償における過失相殺、労災認定における不利益(業務起因性の否定)等の問題として処理が可能と考えられています(大阪地判昭55.2.18 大阪府立中宮病院松心園事件 労判338号57頁は、受診拒否等を理由として5割、前掲空港グランドサービス・日航事件も2割の過失相殺を認めました。この点についての過労死・過労自殺をめぐる民事賠償請求訴訟における実証的検討については拙著・実務労働法講義下巻581頁以下参照)。

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