法律Q&A

分類:

メンタルヘルスと出向元の責任

弁護士 難波 知子

社員が出向先でメンタルヘルス不全になった場合、出向元が責任を負うことはあるか

関連会社に出向させた社員が、業務上の精神的・肉体的ストレスにより、うつ病になったようです。詳しい事情はまだ分かりませんが、出向元である当社が、なんらかの責任を問われることはあるのでしょうか。当社としては、出向者の健康について特段配慮はしていませんし、関連会社(出向先)の業務がハードであることは認識していますが、メンタルヘルス不全になった原因が、同社の業務にある以上、当社に責任はないものと考えています。

多くの場合は、出向先が安全配慮義務違反の責任を問われますが、出向元も同義務を負っている以上、出向元が労働者のメンタルヘルス不全について責任を負う場合もあります。

1出向の性質
 出向とは、労働者が使用者(出向元)の指揮監督の下から離れて、第三者(出向先)において、出向先との一定の労働契約関係を成立させ、その指揮監督を受けて労務の給付を行う労働形態を言いますが、大別すると出向元との労働契約に基づく従業員たる地位を保有したまま出向先の指揮監督下に労務を提供する在籍出向と、出向元との労働契約を解消したうえで出向先との間で新たに労働契約を締結するいわゆる転籍出向があります(岩出誠『実務労働法講義』第3版上巻[平22.民事法研究会]582頁)。通常、出向として問題とされるのは、在籍出向ですので、以下これを前提として説明します(ただし、転籍において転籍元の責任が認められた珍しいオタフクソース事件・広島地判平12・5・18労判783号15頁があります)。
2使用者の安全配慮義務
 労働契約法5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と使用者の安全配慮義務を定めています。この、使用者が配慮すべき「生命、身体の安全」には、心身の健康も含まれます。また、労働安全衛生法にも使用者の安全管理義務が定められています。これらは、法理論的には別の次元の問題ですが、具体的な義務内容の重複性に照らし、ここでは、両者の内容の総体を一括した義務として検討することにします(岩出・前掲書上巻594頁参照)。
裁判例には、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことが無いよう注意する義務を負う」(電通事件・最判平12・3・24労判779号13頁)とし、「恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失がある」と使用者の責任を認めたものがあります。この他にも、現在では、使用者が、業務管理、労働時間、職場環境への配慮を怠った等認定した裁判例が多数存在します。
3出向元の責任
 前記のとおり、出向元と労働者の間には雇用契約が継続しているといえ、出向労働者は、出向元に在籍したままの身分で出向するのであり、出向元は雇用主である以上、安全配慮義務を負うことになります。
そして、出向元が義務違反を問われる場合は、個別具体的に判断していくことになります。たとえば、出向労働者を休職扱いにしており出向先に対しても指導する余地は無かったと出向元の責任を否定した例として、協成建設工業ほか事件(札幌地判平10・7・16労判744号29頁)や、近時でも、JFEスチールほか事件(東京地判平成20・12・8労経速2033号20頁)があります。ここでは、具体的な労務提供、指揮命令関係の実態によれば、労働者に対する安全配慮義務は、一次的には出向先が負い、出向元は、人事考課表等の資料や労働者からの申告等により、労働者の長時間労働等の具体的な問題を認識し、又は認識し得た場合に、これに適切な措置を講ずるべき義務を負うと解するのが相当で、本件において、出向元が、労働者の過酷な長時間労働及び過大な精神的負担等を認識し、または認識し得た事情は、認められないから、集光元がJ社が労宇藤者に対して安全配慮義務を負っていたということはできないとされています。
しかし、出向先の会社が安全配慮義務を尽くしていないということを知りながらそれに対して何ら手を打たず放置していたという場合、労働者が過酷な業務に従事していた場合や健康診断で異常を発見した場合等で、それを認識しえたにもかかわらず労働者の健康に全く配慮していない事情があるような場合であるといえるでしょう。
 近時の裁判例でも、出向元の安全配慮義務違反を認めたものがあります(デンソー(トヨタ自動車)事件・名古屋地判平20・10・30労判978号16頁)。 この事件では、労働者が出向中にうつ病を発症した事案について、出向元に対し、帰社させて欲しい旨を訴えたころには、労働者に対し、業務の軽減、その他何らかの援助を与えるべき義務が生じ、その後も、労働者の業務遂行の状況や健康状態に注意し、援助を与える義務があったというべきであり、それにもかかわらず、労働者がうつ病を発病するまでこれを怠り、また、帰社させるべき状況にあったのに、かえって長期出張の延長をしたとして、出向元に安全配慮義務違反があると認定されました。
 また、他の裁判例(A鉄道(B工業C工場)事件・広島地判平16・3・9労判875号50頁)でも、出向元は、出向労働者が出向先での仕事に困難が生じたとして相談してきた場合には、出向先での業務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことがないように配慮し、出向先の会社に勤務状況を確認したり、出向の取止めや休暇取得の医師の受診の勧奨等の措置をとるべき注意義務を負うと認定されたものがあります。
なお、国・中央労基署長(興国鋼線索)事件(大阪地判平成19・6・6 労判952号64頁)では、米国子会社に副社長として出向中にくも膜下出血を発症して死亡した労働者Kの死亡につき出向元の業務上の災害と認めた先例で、労働者概念との関係を含めて注目されますが、安全配慮義務の係争となれば、出向元責任が問われ得るものでしょう。
 以上のような裁判例からも、メンタルヘルス不全になった労働者について出向元が責任を負う場合があるといえます。

対応策

本件では、「当社としては、出向者の健康について特段配慮はしていませんし、関連会社(出向先)の業務がハードであることは認識しています」とのことで、ハードな職場であることを認識していたにもかかわらず、健康に配慮せず、また、何らの措置を取っておらず、その結果、労働者が「業務上の精神的・肉体的ストレスにより、うつ病」になった、となると、安全配慮義務に違反した、うつ病発生と因果関係もあると評価される可能性が高いと思われます。 したがって、メンタルヘルス不全になった原因が、直接的には出向先の業務にあったとしても、本件事情のもとでは、貴社に責任が無いとはいえませんので、今後は出向先の社員の状況を把握し、問題を把握し次第、その都度即時に適切な対応をとる必要があるでしょう。

予防策

現在においては、法令、判例により企業に課される健康配慮義務は、結果責任に近づきつつあると言わざるを得ないまでに高度化されています。企業は、出向させた社員についても、出向させたので無関心となるのではなく、労働環境や、労働者の健康に関する情報を把握し、過酷な労働状況、労働者の過度な精神的負担等を認識したのであれば、その情報に基づき適切かつ相応な措置を行う必要があるでしょう。

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