法律Q&A

分類:

退職者の秘密保持義務と競業避止義務

弁護士 木原 康雄(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2008年5月:掲載

問題

今回ある従業員が退職することになったのですが、同人は営業秘密に深く関わっていたので、退職後にこれを利用して競合事業を立ち上げ、当社が損害を被るのではないかと懸念されます。労働者には秘密保持義務と競業避止義務があると聞きますが、この義務は退職後にも認められるのでしょうか。

労働者は、退職後も、ある一定の要件の下において秘密保持義務と競業避止義務を負います。

1.
 労働契約においては、使用者・労働者双方が相手方の利益に配慮し、誠実に行動することを求められます。
この誠実、配慮の要請に基づく付随的義務の代表的なものが、使用者側では安全配慮義務や解雇回避努力義務等であり、一方で労働者側のそれが、使用者の営業上の秘密を保持する「秘密保持義務」と、使用者の利益に著しく反する競業を差し控える「競業避止義務」です。
では、これらの義務は、労働者が退職し労働契約関係が終了した後にも認められるのでしょうか。
2.秘密保持義務について
(1)
 退職者に秘密保持義務を課すには、一般的には、退職者と秘密保持契約を締結する必要があります。このような秘密保持契約が締結されていれば、その不履行に対しては、損害賠償請求が可能です。また、要件を充足すれば、不正競争防止法を根拠とする差止め(同法3条1項)、損害賠償(同法4条)、信用回復の措置(同法7条)等をとることもできます。
 もっとも、秘密保持契約が締結されていない場合でも秘密保持義務が認められる場合がありますが、この場合、退職者の職業選択の自由・営業の自由への配慮から、その業種における顧客情報の重要性や労働者による顧客情報利用の形態等を総合的に勘案し、行為が悪質で会社に与える影響・損害が大きい場合に違法と評価されることになります。たとえば、バイクハイ事件判決(仙台地判平成7.12.22判時1589.103)は、「雇用契約上、雇用関係終了後の競業避止義務及び秘密保持義務について何らの規定がない場合において、労働者が雇用関係終了後に同種営業を開始し、開業の際の宣伝活動として、従前の顧客のみを対象とすることなく、従前の顧客をも含めて開業の挨拶をすることは、特段の事情のない限り、自由競争の原理に照らして、許される」と判示しています。

(2)
 なお、不正競争防止法上、退職者が営業秘密記録媒体の取得・複製の作成を伴う営業秘密の不正使用・開示を行った場合(同法21条1項6号)や、媒体取得・複製の作成を伴わない場合であっても、在職中に申込みや請託があったときには、退職後の不正使用・開示は刑事罰の対象となります(同項8号)ので、これらの場合には刑事告訴も可能です。

3.競業避止義務について
(1)
 退職者は職業選択の自由を有していますので、労働契約継続中のように一般的に競業避止義務を認めることは困難です。そこで、競業避止義務違反を問うには、特別の法的根拠がなければなりません。
 たとえば、判例は、同業他社に就職した者に対する退職金減額措置は退職金規程にその旨の規定が存在することが必要であるとしています(三晃社事件・最判昭和52.8.9労経速958.25)。また、競業行為の差止めは、明文の特約が定められており、かつその制限に必要性と範囲に照らして当該特約が公序良俗違反でない場合に許されるとしています(新大阪貿易事件・大阪地判平成3.10.15労判596.21)。さらに、損害賠償については、重大な損害を与える態様でなされた場合(顧客の大がかりな寡奪や従業員の大量な引抜き等)に、特約の存在を理由に認めた場合(東京学習協力会事件・東京地判平成2.4.17労判581.70)や、営業権に対する不法行為として認めた場合(東日本自動車部品事件・東京地判昭和51.12.22判タ354.290)があります。

(2)
 判例を概観しますと、退職者に競業避止義務を課することの有効性は、企業の利益(企業秘密の保護)、退職者の不利益(転職、再就職の不利益)および社会的利害(独占集中のおそれ、それに伴う一般消費者の利害)の3つの視点に立って慎重に検討していくことを要するものとされ、「合理的範囲内」の競業制限でなければならないとされています。そして、「合理的範囲内」の具体的基準は、一般に、[1]競業禁止条項制定の目的、[2]労働者の従前の地位、[3]競業禁止の期間、地域、職種、[4]競業禁止に対する代償措置等と考えられています。
 たとえば近時の裁判例(教材開示等差止仮処分申立事件・東京地決平成18.5.24判タ1229.256)では、上記具体的基準に則って、[1]競業禁止条項制定の目的は会社の教材等の内容やノウハウを保持し、他の競業業者の手に渡らないようにすることにあり、正当な目的であると評価できること、[2]当該労働者は会社入社前には当該業務(教育業務及びコンサルティング業務)に従事した経験がなく、また、当該業務のノウハウを持っておらず、退職後2年間会社において身につけた当該業務を行ったことを制限することには合理的理由があり、労働者の職業選択の自由を不当に制限する結果になっているとまではいい難いこと、[3]競業禁止期間は退職後2年間であり、同業他社も同様の規定を設けており、期間が長期間で労働者に酷にすぎるとまではいい難いこと、営業・勧誘活動を行ってはならない対象となる顧客は、既に取引関係が形成されている会社を指し、そうだとすると、対象範囲が余りに広すぎるとはいえないこと、[4]労働者が会社から支給された報酬の一部には退職後の競業禁止に対する代償も含められているといえること等を総合的に考慮し、競業禁止の合意を有効であると判断し、競業行為禁止の仮の差止めが認められています。

対応策

就業規則や個別契約書の中で、労働契約存続中だけではなく、契約終了後も秘密保持義務や競業避止義務が継続する旨を明確に定めておく必要があります。ただし、競業避止義務については、労働者の職業選択の自由との関係で制限され、あまりに不当に長期間にわたり競業避止義務を課しておくこと自体が公序良俗に反することにもなりかねませんので、合理的な期間を設定すべきでしょう(目安は、2年ほど)。

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