法律Q&A

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第11回 労災民事賠償と過失相殺

石居 茜(弁護士・ロア・ユナイテッド法律事務所)
1 判例の流れ
 労災認定基準の緩和の遅れもあり、過労死損害賠償請求訴訟は増加し、企業の健康配慮義務違反を理由とする損害賠償請求を認容する判決も多く出ている。

 しかし他方で、認容判決は出るものの、労働者側の事情を斟酌し、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して損害賠償請求額を減額する判決が相次いだ。

 例えば、電通事件の高裁判決(東京高判平成9.9.26労判724-13)では、[1]労働者にうつ病親和性ないし病前性格があったこと、[2]労働者が実際の残業時間よりもかなり少なく申告していたこと、[3]労働者の業務が一定の範囲で労働時間の配分が委ねられている性質のものであったこと、[4]労働者に精神科に行くなり、会社を休むなりの合理的な行動が期待できたこと、[5]労働者の両親が労働者のうつ病罹患及び自殺につき予見可能であったのにもかかわらず、改善するための是正措置をとっていなかったことを考慮して、3割の過失相殺を認めた。

 川崎製鉄事件(岡山地倉敷支判平成10.2.23労判 733-13)においては、上記[1]に加えて、[2]労働者が仕事を一部引き受けようかとの申し出を断る等、適切な業務の遂行、時間配分を誤った面があること、 [3]うつ病の症状と見られる異常言動が、会社では見られなかったこと、[4]労働者が自らの判断で病院での受診を中断したこと、[5]労働者の妻が専門医に見せる等、適切な対応を怠ったこと等を考慮し、労働者の自己健康管理義務違反を問題として、5割の過失相殺を認めている。

 システムコンサルタント事件の高裁判決(東京高判平成11.7.28判時1702-88)では、労働者が毎年会社から健康診断の通知を受けており、自ら高血圧であったことを知っていたうえ、会社から精密検査を受けるよう指示されていたにもかかわらず、医師の治療を受けなかったことを過失相殺の理由の1つとしている。

 東加古川幼児園事件(大阪高判平成10.8.27労判744-17等)では、労働者の性格や心因的要素を考慮して、8割の減額が認められた。

2 電通事件最高裁判決
 しかしながら、最高裁電通事件判決(平成12.3.24労判779-13)は、民法722条2項の規定を類推適用して、損害額を減額した高裁判決の判断を違法とした。

 その理由は、企業に雇用される労働者の性格は多様なものであり、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格が、業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものであり、企業は、労働者の性格も考慮してその配置を決めることができるのであるから、労働者の性格が前述の通常想定される範囲を外れない場合には、労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心因的素因として斟酌することはできないというものである。

 また、独身で両親と同居していた当該労働者について、独立の社会人として自らの意思と判断に基づき、業務に従事していたのであるから、両親が当該労働者の勤務状況を改善する措置を採り得る立場にあったとはいえないとした。

3 電通事件最高裁判決の影響
 以上のように、電通事件最高裁判決は、過失相殺の適用について、[1]自殺者本人の性格及びこれに起因する業務対応を理由とする損害額の減額、[2]労働者の家族の健康管理義務懈怠による損害額減額をいずれも否定した。

 しかし、労働者は、普段から健康を確保し、健康診断の結果に関心を持って健康状態を把握しているべきであるから、労働者が健康診断の受診に協力しなかったり、関心を示さなかったりした場合には、その結果発生又は増悪した症状に伴う損害について、損害額の減額がなされることもあるであろう(前掲・川崎製鉄事件判決参照)。 

 電通事件最高裁判決によって、前記[1][2]は過失相殺による損害額の減額事由として認めにくくなったことは否定できないので、過労死・過労自殺により安全配慮義務違反を問われ、損害賠償請求訴訟を提起された企業としては、[3]労働者の労働が実質裁量労働制的な労働態様であったこと、[4]精神科等での受診・治療の可能性等の事情を調査し、労働者側に自己健康管理義務違反といえるような事情が存在しないか主張・立証することが必要となってくるといえる。

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