- 1 従前の認定基準
- 従前の過労自殺の労災認定基準については、「自殺が業務上の負傷又は疾病に発した精神異常のためかつ心神喪失の状態において行われ、しかもその状態が当該負傷又は疾病に原因しているときのみを業務上の死亡」とする通達が存在したため(昭和23.5.11 基発1391号)、極めて例外的にしか労災認定がなされていなかった。
- 2 損害賠償認容判例の出現-電通事件
- しかしながら、会社に対し、安全配慮義務違反を理由に損害賠償責任を認めた判決である電通事件(東京地判平成8.3.28労判692-12)が出現し、その後、同様の判例が続いた(例えば川崎製鉄事件・岡山地倉敷支判平成 10.2.23労判733-13、東加古川幼児園事件・大阪高判平成10.8.27労判744-17等)。
電通事件の最高裁判決は(平成12.3.24労判779-13)、[1]使用者は、労働者の業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うとしたうえで、[2]当該労働者の業務の遂行とそのうつ病罹患による自殺との間には相当因果関係があるとして、当該労働者が恒常的に著しく長期間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことについて会社の過失を認めた。
- 3 過労自殺の労災認定判例の出現
- 他方、過労自殺に対し労災保険の適用を認めた判例(加古川労基署事件・神戸地判平成8.4.26労判695-31、大町労基署事件・長野地判平成11.3.12労判764-43等)も出現した。
加古川労基署事件判決は当該労働者に当該精神障害の有力な発病原因となるような業務以外の精神的負担が存在したとは認められず、かつ、精神障害の既往症その他当該疾病の有力な発病原因となるような個体的要因が存在したとも認められないから、当該労働者の精神障害の発症については業務起因性を肯定できるとした。
また、大町労基署事件判決は、当該労働者の自殺当時の病状、精神状態、背景事情等を具体的に考察し、これを反応性うつ病と自殺との因果関係に関する医学的知見に照らし、社会通念上反応性うつ病が当該労働者の自殺という結果を招いたと認められれば、自殺が業務に内在ないし通常随伴する危険性が現実化したものとして業務との間の相当因果関係が肯定されるとしている。
- 4 過労自殺の労災認定新基準の公表
- 労働省は、平成11年9月14日、「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(基発第554号)を公表した。
その内容として、旧基準及び従来の労災認定の実体としては、対象疾病はうつ病等に限られていたが、新基準では対象疾病が拡大され、分類化された。
そして、認定の要件としては、[1]対象疾病に該当する精神障害を発病していること、[2]対象疾病の発病前おおむね6ヶ月の間に客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること(添付の「職場における心理的負荷表」を用いて業務による心理的負荷の強度を評価し、それらが精神障害を発病させるおそれのある程度の心理的負荷であるか否かを検討する)、[3]業務以外の心理的負荷(添付の「職場以外の心理的負荷表」の評価で、出来事の心理的負荷の程度を判断する)及び個体的要因(a精神障害の既往歴、b生活史・社会適応状況、cアルコール等依存状況、d性格傾向)により当該精神障害を発病したと認められないことの3要件がある。
但し、新基準は、出来事の発生以前から恒常的な長時間労働、例えば所定労働時間が午前8時から午後5時までの労働者が、深夜時間帯に及ぶような長時間の時間外労働をたびたび行っているような場合には、それ自体で心理的負荷の強度を修正するとしており、判断にあたって、恒常的過重労働を重視することを明確にしている。また、労働時間の長さだけでなく、仕事の密度の変化が過大なものについても考慮するとしている。
- 5 新基準の影響
- 新基準の公表により、過労自殺の労災認定申請の件数及び労災認定件数はかなりの増加傾向にある。恒常的長時間労働が認定要件の[2]の精神的負担の過重要件として考えられている以上、会社は、過労死の認定基準(平成13年12月12日基発1063号)における労働時間基準(どれだけの時間外労働があれば業務と疾病の発症との関連性があるといえるかの判断基準)を重視して、従業員の労働時間を管理する必要があるといえる。
過労死の認定基準においては、[1]発症前1ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって、1ヶ月当たり概ね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること、[2]発症前1ヶ月間に概ね100時間又は発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって、1ヶ月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できることを考慮して判断するように示されている。