法律Q&A

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育児休業後の有期労働契約への変更

山﨑貴広(弁護士・ロア・ユナイテッド法律事務所)
2019年10月掲載

育児休業後の有期労働契約への変更が許されますか。

育児休業後の有期労働契約への変更は、使用者からの提案に対し、労働者が合意をし、当該合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認められる場合に許されます。

1 均等法及び育介法の定める不利益取扱いの禁止
 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」といいます。)9条3項は、事業主に対し、「その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法65条1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条2項の規定による休業をしたこと…を理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱い」をすることを禁止しています。
 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「育介法」といいます。)10条は、均等法9条3項同様、事業主に対し、「労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱い」をすることを禁止しています。
 そして、厚生労働大臣が定める指針によれば、「解雇その他不利益な取扱い」には、「退職又は正社員をパートタイム労働者等の非正規社員とするような労働契約内容の変更の強要を行うこと」が含まれ、「勧奨退職や正社員をパートタイム労働者等の非正規社員とするような労働契約内容の変更は、労働者の表面上の同意を得ていたとしても、これが労働者の真意に基づくものでないと認められる場合」には、上記例に該当するとされています(均等法につき平成18年厚生労働省告示第614号、育介法につき平成21年厚生労働省告示第 509 号)。
 
2 不利益取扱い禁止の判断手法
 均等法9条3項及び育介法10条が禁止する「解雇その他不利益な取扱い」は、法所定の事由(妊娠、出産、育児休業申出をしたこと等)を「理由として」行われるものが対象となります。
 この点、最高裁は、妊娠中の軽易業務への転換を契機としてなされた女性従業員の降格措置が均等法9条3項の不利益取扱いに該当するか否かが争われた事案において、軽易業務転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として不利益取扱いに該当するが、①当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は②業務上の必要性の内容や程度、労働者が受ける有利・不利な影響の内容や程度に照らして認められる特段の事情が存在する場合には、均等法9条3項に違反しないという判断枠組みを示しました(広島中央保険生活協同組合事件・最判平成26年10月23日労判1100号5頁)。同判決の補足意見は、育介法10条についても言及し、「育児休業から復帰後の配置等が、…業務上の必要性に基づく場合であって、その必要性の内容や程度が育児・介護休業法10条の趣旨及び目的に反しないと認められる特段の事情が存在するときは、同条の禁止する不利益な取扱いにあたらない」との一般論を示しました。
 厚生労働省は、この最高裁判決の法廷意見及び補足意見を受け、以下のとおり、均等法と育介法の解釈通達の改正をしました(均等法につき平成18年10月11日雇児発第1011002号(最終改正平成28年8月2日雇児発0802第1号)、育介法につき平成28年8月2日雇児発0802第3号(最終改正平成29年9月29日雇均発0929第3号)。
 両解釈通達は、いずれも、上記最高裁判決の判断枠組みを援用し、均等法9条3項及び育介法10条につき、以下のとおり、示しています(括弧部分が育介法通達の記載。)。

 妊娠・出産等の事由(育児休業の申出又は取得をしたこと)を契機として不利益取扱いが行われた場合は、原則として妊娠・出産等(育児休業の申出又は取得をしたあこと)を理由として不利益取扱いがなされたと解されるものであること。ただし、

 イ①円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障があるため当該不利益取扱いを行わざるを得ない場合において、

  ②その業務上の必要性の内容や程度が、法9条第3項(法第10条)の趣旨に実質的に反しないもの認められるほどに、当該不利益取扱いにより受ける影響の内容や程度を上回ると認められる特段の事情が存在すると認められるとき

 又は

 ロ①契機とした事由又は当該取扱いにより受ける有利な影響が存在し、かつ、当該労働者が当該取扱いに同意している場合において(※「かつ」前は、育介法通達には記載はない。)、

  ②当該事由及び当該取扱いにより受ける有利な影響の内容や程度が当該取扱いにより受ける不利な影響の内容や程度を上回り、当該取扱いについて事業主から労働者に対して適切に説明がなされる等、一般的な労働者であれば当該取扱いについて同意するような合理的な理由が客観的に存在するとき

 についてはこの限りでないこと。

 このように、現在は、妊娠・出産、育児休業等を契機とした不利益取り扱いが均等法9条3項及び育介法10条違反にするかどうかは、①業務上の必要性の内容や程度、労働者が受ける有利・不利な影響の内容や程度に照らして認められる特段の事情が存在するか、②労働者が自由な意思に基づいて同意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかを検討することが必要となります(なお、厚生労働省の『妊娠・出産、育児休業等を契機とする不利益取扱いに係るQ&A』(以下「Q&A」といいます。)によれば、②の場合は、そもそも「不利益な取扱い」には該当しないとされています。)。

3 育児休業後の有期労働契約への変更の可否
 以上を踏まえますと、育児休業後の有期労働契約への変更も、労働者が自由な意思に基づいて同意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合には許されることとなります。
 この点、ジャパンビジネスラボ事件(東京地判平成30年9月11日労判1195号28頁)とフーズシステム事件(東京地判平成30年7月5日労経速2362号3頁等)が実務上参考となります。
 まず、ジャパンビジネスラボ事件は、育休終了日に正社員である原告が被告との間で、期間1年、1週間3日勤務の契約社員となる有期労働契約を内容とする合意をした事案につき、合意を、正社員契約を解約するとともに、これと別途の契約である契約社員契約を締結する合意であると解した上で、「原告にとって、本件合意により得る法的な地位は、これをせずに育児休業終了を迎えた場合に置かれる地位と比較して有利なものであり、本件合意は、その当時の原告の状況に照らせば、必ずしも直ちに原告に不利益な合意とまではいえず、そうであるからこそ、原告は子を入れる保育園が決まらないという事情を考慮し、被告代表者から本件契約社員契約の内容につき説明を受け理解した上で、本件合意をしたものと認められる。したがって、これが原告の真意によらない被告の強要によるものとは認められず、本件合意は、原告に対する均等法9条3項及び育介法10条にいう不利益な取扱いに当たら」ないと判断しました。また、裁判所は、自由な意思に基づく合意かどうかについて、原告が、本件合意当時、育児休業が終了するのに子を入れる保育園が決まっていない状況にあり、1週間5日・1日7時間の就労義務を履行することが不可能又は相当困難であったこと、このことを認識した上で、原告が被告代表者と雇用契約書の読み合わせをし、これに署名したこと、この際に同席した社労士から、正社員として勤務するためには、原告がその旨申し出た後、改めて労働条件等について交渉して契約を締結し直さなければならず、原告が希望したからといって直ちに被告との間での協議を経ずに正社員に戻れるものではないことを説明されたこと等を考慮し、「原告の自由な意思決定により成立したもの」と判断しました。
 他方、フーズシステム事件は、育介法23条の2(育児のための所定労働時間の短縮の申出を理由とする不利益取扱いの禁止)違反について争われた事案ですが、被告に期間の定めなく雇用され事務統括という役職にあった原告が、自身の妊娠、出産を契機として、事務局統括という役職からはずれ、被告と有期雇用契約を締結したという事案につき、「短縮申出に際してされた労働者に不利益な内容を含む使用者と労働者の合意が有効に成立したというためには、当該合意により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者が当該合意をするに至った経緯及びその態様、当該合意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等を総合考慮し、当該合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるというべきである。」との判断枠組みを示した上で、「それまでの期間の定めのない雇用契約からパート契約に変更するものであり、期間の定めが付されたことにより、長期間の安定的稼働という観点からすると、原告に相当の不利益を与えるものであること、賞与の支給がなくなり、従前の職位であった事務統括に任用されなかったことにより、経済的にも相当の不利益な変更であることなどを総合すると、原告と被告会社とのパート契約締結は、原告に対して従前の雇用契約に基づく労働条件と比較して相当大きな不利益を与えるものといえる。…被告は、平成25年2月の産休に入る前の面談時をも含めて、原告に対し、被告会社の経営状況を詳しく説明したことはなかったこと、平成26年4月上旬頃の面談においても、被告は、原告に対し、勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと説明したのみで、嘱託社員のまま時短勤務にできない理由についてそれ以上の説明をしなかったものの、実際には嘱託社員のままでも時短勤務は可能であったこと、パート契約の締結により事務統括手当の不支給等の経済的不利益が生ずることについて、被告会社から十分な説明を受けたと認めるに足りる証拠はないこと、原告は、同契約の締結に当たり、釈然としないものを感じながらも、第1子の出産により他の従業員に迷惑をかけているとの気兼ねなどから同契約の締結に至ったことなどの事情を総合考慮すると、パート契約が原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認めることはできないというべきである。」と判断しました。

4 まとめ
 以上のとおり、育児休業後の有期労働契約への変更も、労働者が同意している場合で、有利な影響が不利な影響の内容・程度を上回り、事業主から適切に説明がなされる等、当該同意が労働者の自由な意思に基づいてなされたといえるような合理的な理由が客観的に存在するときは、認められます。
 そして、この自由な意思に基づく同意があったといえるかどうかについては、「Q&A」が示す次の考慮要素を検討する必要があります。
 ・不利益取扱いによる直接的影響だけでなく、間接的な影響(例:降格(直接的影響)に伴う減給(間接的影響)等)についても説明されたか
 ・ 書面など労働者が理解しやすい形で明確に説明がなされたか
 ・ 自由な意思決定を妨げるような説明(例:「この段階で退職を決めるなら会社都合の退職という扱いにするが、同意が遅くなると自己都合退職にするので失業給付が減額になる」と説明する等)がなされていないか
 ・ 契機となった事由や取扱いによる有利な影響(労働者の意向に沿って業務量が軽減される等)があって、その有利な影響が不利な影響を上回っているか

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