法律Q&A

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PCR検査の義務付け

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2021年1月

事業の本格的展開のためコロナのPCR検査を従業員に定期的に行うことを義務付けられますか。

PCR検査を行う業務上の必要性、検査方法の合理性、検査費用の企業負担、就業規則その他の明示の根拠に基づき、全員若しくは検査の必要性に応じて合理的な基準に従って行うこと等の要件が整っていれば義務付けは可能と解されます。

1 従業員の人権と企業の感染拡大防止措置の必要性との利益調整
 コロナのPCR検査は、陽性となった場合、感染症法20条に基づく入院やホテル等の療養施設にて隔離される不利益、行動の自由を奪われるという従業員の人権への制限があります。ただし、その不利益の程度を見てみると、無症状者であれば、検査のための検体をとった日から10日間を経過すれば、PCR等検査を経ずに退院が可能で、退院後の4週間は、毎日、体温測定を行うなどの自己健康管理といった対応が求められる程度です。また、有症状者の場合であれば適切な治療を受けられることによりむしろ健康回復という利益を得ることになります。
 他方、企業にとっては、コロナの感染者を隔離することにより他の従業員やその家族、取引先等のステークホルダーへの感染拡大を防止し、企業の円滑な経営に資することは明らかです。

2 法定外健診に関する判例法理
 ここで検討しているコロナのPCR検査は、安衛法上の定期健診とは異なる法定外健診の一種です。法定外健診の従業員への義務付けに関して(詳細は、岩出誠「労働法実務大系」第2班〔民事法研究会〕451頁~452頁参照)、判例は、健康管理規程等により就業規則上受診義務に関する規定がある場合につき、帯広電報電話局事件・最一小判昭61・3・13労判470号6頁においては、同規定の合理性による拘束力を認め、企業指定医師による法定外の頸肩腕症候群総合精密検診の受診命令の有効性を認め(「就業規則の性質を持つ、健康管理規程に基づき、「要管理者は、労働契約上、その内容の合理性ないし相当性が肯定できる限度において、健康回復を目的とする精密検査を受診すべき旨の健康管理従事者の指示に従うとともに、病院ないし担当医師の指定及び検診実施の時期に関する指示に従う義務を負担している」」、これを拒否した労働者の戒告処分を有効としています。
 さらに、裁判例では、就業規則上受診義務に関する規定がない場合でも、一定の場合、受診義務を認めています(京セラ事件・東京高判昭61・11・13労判804号15頁では、企業としては従業員の疾病が業務に起因するものであるか否かは同人の以後の処遇に影響するなど極めて重要な関心事で、従業員が当初提出した診断書を作成した医師から従業員の疾病は業務に起因するものではないと説明があったなどの事情がある場合、企業が従業員に対し「改めて専門医の診断を受けるよう求めることは、労使間における信義則ないし公平の観念に照らし合理的かつ相当な理由のある措置であるから、就業規則等にその定めがないとしても指定医の受診を指示することができ、従業員はこれに応ずる義務がある」としています。同旨、空港グランド・サービス・日航事件・東京地判平3・3・22労判586号19頁等)。

3 コロナのPCR検査の有効要件
 以上の判例・裁判例を踏まえると、PCR検査を行う業務上の必要性が高く、一定以上の検査能力がある医療機関におけるなどの検査方法の相当性・妥当性があり、検査費用を企業が負担し、検査結果が陽性や偽陽性となった場合の入院等による隔離への賃金等の補償措置・不利益取扱い禁止措置が取られ、就業規則その他の明示の根拠に基づき、全員若しくは検査の必要性に応じて合理的な基準に従って、不当な動機・目的なく、制度として画一的に実施される検査であれば義務付けは可能と解されます。
 典型例が、海外渡航での入国査証取得のための陰性証明取得の場合でしょう。既に、Jリーグやプロ野球等でも、全選手と審判員らの検査が義務付けられ実行されています(令和2年6月24日毎日新聞WEB版「Jリーグ選手らのPCR検査、陽性はゼロ」等参照)

対応策

実務上の留意点
 先ず、PCR検査の精度や偽陽性の問題への対応の検討があります。また、感染防止の徹底のためには、検査後の新たな感染のリスクを考慮すると、Jリーグが行っているように、約2週間に1回の頻度で定期的に実施する必要があることから、検査費用負担のバランスを検討しておくべきです。
 なお、厚生労働省のこの問題に対する態度は明示されていませんが、同省HPの「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)令和2年11月13日時点版」の「10 その他(職場での嫌がらせ、採用内定取消し、解雇・雇止めなど」の内の「<検査結果の証明について>問7 労働者を就業させる上で、労働者が新型コロナウイルス感染症に感染しているかどうか確認することはできますか。」によれば、「新型コロナウイルス感染症患者については、医療保健関係者による健康状態の確認を経て、入院・宿泊療養・自宅療養を終えるものであるため、療養終了後に勤務等を再開するに当たって、職場等に、陰性証明を提出する必要はありません。/PCR検査を実施した医療機関や保健所において、各種証明がされるかどうかは、医療機関や保健所によって取扱いが異なりますが、国内での感染者数が増える中で、医療機関や保健所への各種証明の請求についてはお控えいただくよう、お願いします。/なお、PCR検査では、検体採取の際の手技が適切でない場合や、検体を採取する時期により、対象者のウイルス量が検出限界以下となり、最初の検査で陰性になった者が、その後陽性になる可能性もあり得ます。」とするのみであります。「療養終了後に勤務等を再開するに当たって、職場等に、陰性証明を提出する必要はありません」とする記載からは、積極的な企業の費用負担によるPCR検査義務を否定する示唆はなく、前述の陽性判明者への差別等がない限り、同省から指導されるようなことは想定できません。

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