法律Q&A

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服務規律として、ひげを禁止することは可能か?

弁護士 木原康雄(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2021年3月

ひげを生やしているのを見ると不快に感じる人もいるかと思います。当社の顧客にそのような不愉快を感じさせないよう、就業規則で「ひげを伸ばさず綺麗に剃ること(整えられたひげも不可)」と定め、従業員がこれに違反した場合は懲戒処分を行いたいと考えていますが、可能でしょうか。

服務規律としてそのような定めをすることは可能ですが、それはあくまで従業員に任意の協力を求めるものにすぎず、人に不快感や嫌悪感を与えない、整えられたひげの場合には懲戒処分を行うことはできません。

1 服務規律について
 多くの企業の就業規則上、上司の指示・命令への服従義務や職務専念義務、職場秩序の維持などのほか、就業時間中の服装に関する規定などの「服務規律」が制定されています。この服務規律を定めることは、企業秩序を保持するための一環といえますが、使用者が企業秩序を保持するために労働者に指示・命令できる権能について、最高裁(富士重工業事件・最三小判昭52・12・13民集31巻7号1037頁)は以下のように述べています。
「企業秩序は、企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであり、企業は、この企業秩序を維持確保するため、これに必要な諸事項を規則をもって一般的に定め、あるいは具体的に労働者に指示、命令することができ、また、企業秩序に違反する行為があった場合には、その違反行為の内容、態様、程度等を明らかにして、乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示、命令を発し、又は違反者に対し制裁として懲戒処分を行うため、事実関係の調査をすることができる」
 すなわち、労働契約を締結することにより、労働者は使用者に対し、労務提供義務を負うだけでなく、企業秩序を遵守する義務も負い、使用者は、企業秩序を維持するために業務命令を行い、また違反者に対しては懲戒処分を行うこともできるのです。

2 ひげと個人の自由
 では、使用者は、服務規律として「ひげを伸ばさず綺麗に剃ること(整えられたひげも不可)」と規定すれば、労働者がひげを伸ばすことを一切禁止することができるでしょうか。
 たしかに、社外の顧客等と接する職種に就いている労働者について、ひげを伸ばしていると(特に無精ひげなどは)人に不快感を与えるので、企業イメージを維持するためにも、ひげを禁止したいと考える使用者は多いでしょう。
 しかし、ここで考えなければならないのは、ひげを生やすか否か、生やすとしてどのような形状のものとするか等は、服装や髪形等と同じように、個人の趣味・嗜好に属する事柄であり、本来的に各人の自由の問題だということです。特に、ひげや髪形は、服装と異なり着脱できないものですので、ひげや髪形に関する服務中の規律は、勤務を離れた私生活にも及びます。そして、使用者が、労働者の私生活を、不必要に制約することができないことはいうまでもありません。
 そこで、裁判例は、ひげや髪形に関する服務規律は、事業遂行上の必要性が認められ、その具体的な制限の内容が、労働者の利益や自由を過度に侵害しない合理的な内容の限度で拘束力が認められるものと解しています。

3 裁判例
 たとえば、ハイヤー運転手の服務を規律する「乗務員勤務要領」の中に「ヒゲを剃ること」が定められていたイースタン・エアポートモータース事件・東京地判昭55・12・15労判354号46頁では、「ハイヤー営業のように多分に人の心情に依存する要素が重要な意味をもつサービス提供を本旨とする業務においては、従業員の服装、みだしなみ、言行等が企業の信用、品格保持に深甚な関係を有するから、他の業種に比して一層の規制が課せられるのはやむを得ない」と業務遂行上の必要性を一定程度認めつつも、顧客に快適なサービスを提供するという趣旨からして、「ヒゲを剃ること」とは、この趣旨に反するような不快感を伴う「無精ひげ」とか「異様、奇異なひげ」を指していると限定解釈を行い、当該事例におけるような格別の不快感、嫌悪の情感等をかき立てる形状でないひげはこれにあたらないとして、ひげを剃るようにという業務命令に従う義務はないとしました。
 郵便局において、男性職員の長髪及びひげを「不可」等とする「身だしなみ基準」が定められていたという郵便事業(身だしなみ基準)事件・神戸地判平22・3・26労判1006号49頁でも、「顧客に対する満足度の向上を図り、郵政公社に対するイメージを向上させるための企業努力の一環として行われたものと認められ、これを定める必要性と一定の合理性が認められる」としつつも、「身だしなみ基準」制定前は、ひげは個人の自由に委ねられていたこと、郵便窓口を利用する顧客は、通常の礼儀正しい応対を受けることを期待しているが、職員が特別に身なりを整えて応対することまでは予定していないことから、長髪及びひげを一律に不可と定めたものと解するのは過度な制限となるので、上記基準は「顧客に不快感を与えるようなひげ及び長髪は不可とする」との内容に限定して適用されるべきであり、当該事案における長髪(引き詰め髪)及び整えられたひげは、いずれも上記基準が禁止する男性の長髪及びひげには該当しないとして、長髪・ひげを理由とする上司の指導、マイナスの人事評価を違法だとしました。この判断は、控訴審(大阪高判平22・10・27労判1020号87頁(ダ))でも維持されています。
 地下鉄運転士の服務を規律する「職員の身だしなみ基準」の中に「髭を伸ばさず綺麗に剃ること。(整えられた髭も不可)」が定められていた大阪市交通局事件・大阪地判平31・1・16労判1214号44頁では、「窓口において市民や利用者と対応する職員はもとより、業務中に利用者に対応する機会のある運転士を含む地下鉄乗務員に対しても、本件身だしなみ基準のように、『整えられた髭も不可』として、ひげが剃られた状態を理想的な身だしなみとする服務上の基準を設けることそれ自体には一応の必要性ないし合理性がある」としつつも、ひげを生やしていることで本来的業務である地下鉄の安全かつ的確な運行に支障を生じさせるものではなく、また、市民・乗客がひげを嫌悪することも個人の嗜好だとして、「地下鉄運転士に対して、職務上の命令として、その形状を問わず一切のひげを禁止するとか、単にひげを生やしていることをもって、人事上の不利益処分の対象とすることは、服務規律として合理的な限度を超えるもの」だと述べ、地下鉄運転士がひげを生やしていることを理由としてなされた人事考課における減点評価を違法だとしました。「髭を伸ばさず綺麗に剃ること。(整えられた髭も不可)」という身だしなみ基準は、あくまでも交通局の理念を示し、職員の任意の協力を求める趣旨のものにすぎないとしたのです。控訴審(大阪高判令和元年9月6日労判1214号29頁)もこの判断を支持しています。

4 結論
 以上のとおり、社外の顧客等に接する機会のある労働者について、服務規律として「ひげを伸ばさず綺麗に剃ること(整えられたひげも不可)」と定めることは可能ですが、それはあくまで任意の協力を求めるものにすぎず、人に不快感や嫌悪感を与えない、整えられたひげの場合には、剃るよう業務命令を出したり、低い人事評価をしたり、懲戒処分の対象にすることはできないことに留意する必要があります。

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