顧客からの苦情や顧客減少の有無・程度、業務上の支障の有無・程度等にもよるものの、化粧の程度が女性従業員と同等か否かといった点を問題とすることなく、化粧していることを理由として就労拒否をした場合、正当性は認められ難いです。
生物学的性別が男性で性自認が女性であるトランスジェンダー女性に対して、その化粧を問題として就労拒否できるかが問題となった裁判例があります。同裁判例においては、タクシー会社が、トランスジェンダー女性の化粧を理由として就労を拒否しました。
同社の就業規則においては、「身だしなみについては,常に清潔に保つことを基本とし,接客業の従業員として旅客その他の人に不快感や違和感を与えるものとしないこと。」といった定めがありました。
裁判所は、会社においては、女性従業員の化粧が許容されていることを認定し、男性の化粧が上記身だしなみ規定に反するとすることは、性別に基づいて取り扱いを異にするものであるから、その必要性・合理性は慎重に判断する必要があるとしました。
続けて、裁判所は、化粧をするのは主として女性であるという社会の現状・観念からすれば、一般論としてサービス業において客に不快感を与えないという観点から男性のみに対して業務中の化粧を禁止すること自体は、直ちに必要性や合理性が否定されるものではないとしました。
しかしながら、トランスジェンダー女性にとっては、外見を可能な限り性自認上の性別である女性に近づけて生活しようとすることは自然かつ当然の欲求であると判示しました。
また、化粧をした場合、一部の者をして、当該外見に対する違和感や嫌悪感を覚えさせる可能性を否定することはできないものの、そうであるからといって、上記のとおり、自然かつ当然の欲求であることが否定されるものではなく、個性や価値観を過度に押し通そうとするものであると評価すべきものではなく、性同一性障害者である者に対しても、女性乗務員と同等に化粧を施すことを認める必要性があるといえると述べました。
そして、結論として、トランスジェンダー女性に対して化粧を認めたとしても、苦情の多発や顧客の減少等といった損失が生じるとは認められず、また、業務上の支障が生じるとも認められないとしたうえで、化粧の程度が女性従業員と同等か否か等を検討せずに就労拒否をすることに正当性は認められないと判断しました。
上記でご紹介した裁判例の判示にもある通り、サービス業において、社会観念と従業員の身だしなみの選択との調整は難しいテーマです。上記の裁判例では、トランスジェンダーの方が性自認上の性別の外見に近づけようとすることは、保護の必要性が高いと判断されています。これについて制限を検討する場合には、抽象的な業務上の支障ではなく、会社の提供するサービスの内容に照らしてどのような支障が生じるかをより具体的に検討したうえで、制限の必要性やその範囲を慎重に検討する必要があると解されます。
関連する問題として、男性従業員のひげ・長髪などについての規制が争われた事案や、勤務中に一定の主義・主張を表明する物品等を着用してよいか(いわゆるリボン闘争等)が問題となった事例があり、裁判例における判断が積み重ねられています。
今後は、ご紹介した裁判例のように、いわゆる性的少数者の身だしなみに関する事例が増えていくものと思われます。
いわゆる性的少数者との関係では、設備使用の問題も争いとなっています。例えば、男性用・女性用のどちらのトイレを使用すべきかなどの問題です。
身だしなみに関する問題、設備の使用に関する問題とも、今後は問題となる事例が多くなることが想定されますが、いずれについても裁判例の判断等を踏まえて、事案に即した判断をする必要があります。