法律Q&A

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ワクチンの接種状況の報告を労働者に対して求めることは可能ですか。

弁護士 松本 貴志(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2021年11月

我が社では、社員のワクチンの接種状況を把握しておりません。現在、対面での顧客対応業務についてはワクチン接種者を積極的に配置するなど、ワクチン接種の有無に応じた配置換えを検討していますが、そもそも従業員にワクチン接種情報を求めることは可能でしょうか。

ワクチンの接種情報は、個人情報保護法上の「要配慮個人情報」そのものには該当しないと解されますが、差別や偏見の原因になり得るので、保護の必要性が高く、その取得の際には本人の同意を得るべきです。

1 ワクチン接種の自由
 ワクチン接種は、身体への侵襲を伴い、また、発熱、注射部位の痛み、アナフィラキシー等の副作用が起こることがあります。また、法的には、国民一般には、原則として受ける努力義務が課されています(予防接種法9条)が、義務ではなく、本人の自由な意思によって接種するか否かを判断すべきとされています。
 したがって、現下の日本法制度の下では、企業においても、ワクチンの接種については、従業員に個人の自由意思に委ねられるべきであり、従業員に対してワクチン接種を直接義務付けることはできません。ただし、労働者に対してワクチン接種を勧奨することは、過度なものでない限り許されると解されます。

2 ワクチン接種情報の取得方法
 さて、ワクチンが労働者の自由意思に基づくものであることを前提として、企業は、労働者のワクチン接種の有無に関する情報をどのように取得するべきでしょうか。
 この点、ワクチン接種情報は、その取得に同意が必要とされる個人情報保護法上の「要配慮個人情報」そのものには該当しないと解されますが、不当な差別や偏見を生じさせる可能性がある点で、個人情報保護法上特に保護の必要性の高い情報だといえます。したがって、ワクチン接種情報の取得に当たっては、本人の同意を得るべきであり、強制的に取得することはできないと考えます。また、ワクチンの接種状況の報告を求める際には、その取得した情報の利用目的を特定し、本人に通知又は公表することが必要です(個人情報保護法15条1項・18条1項)。
 また、ワクチンを接種しない理由としては、過去の病歴等「要配慮個人情報」に該当する情報が含まれる可能性が高いです。したがって、ワクチンの接種情報について労働者から任意の報告を求める場合も、ワクチンを接種しない理由については報告の対象とはしない方がよいでしょう。
 ワクチン接種情報の具体的な取得方法としては、任意のアンケート方式の調査であれば、労働者の同意によることが担保されるといえます。

3 ワクチン接種情報の取扱い
 従業員の同意を得た上でワクチンの接種情報を取得したとしても、当該情報の取扱いについては、慎重な対応が求められます。
 まず、ワクチンを接種していないことを理由として解雇、退職勧奨、職場内でのいじめ等、当該労働者に不利益な取扱いをすることは許されません(厚労省HP「新型コロナウイルスに関するQ&A」1-問8参照)。企業としては、ワクチン接種情報を取得する際にワクチン接種の有無によって不利益な取扱いをすることがない旨明示するのもよいでしょう。
 また、本人の同意がない限り、取得の際に本人に対して通知又は公表した特定の利用目的を超えて利用することはできません(個人情報保護法16条1項)。例えば、労働者がワクチン休暇を取得する場合には、企業は当該ワクチンの接種情報を取得することとなりますが、その際に示される利用目的は、「ワクチン休暇の付与の判断のため」ないし「副反応により勤務ができなくなった場合のシフト調整のため」などと特定することが考えられます。このような目的で取得した情報を、例えば、設問の企業にように「対面での顧客対応業務に配置する従業員を選定するため」という目的で利用することはできません。
 
4 ワクチン接種情報の活用
 設問の企業のように、対面での顧客対応業務についてはワクチン接種者を積極的に配置するなど、ワクチン接種情報を積極的に活用することは、顧客に対する感染予防や労働者への安全配慮の観点から必要性が認められるため、可能だと考えます。
 もっとも、ワクチン接種者のみを感染リスクの高い業務に従事させれば、接種者からの反発が予想されます。他方、未接種者の中にも、顧客対応業務など、感染リスクの高い業務を希望する者がいることも考えられます。したがって、ワクチン接種情報を活用する際には、接種者や未接種者を問わず、労働者への十分な説明や意見聴取をした上で実施することが重要です。
 また、接種者の中にも、基礎疾患があるなど重症化リスクの高い労働者もいることから、そのような者については感染リスクの高い業務から外すなど、個別の対応が必要となる場面もあり得ます。
 以上より、ワクチン接種情報の活用にあたっては、接種者・被接種者の双方に配慮する必要があり、慎重な対応が求められます。

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