法律Q&A

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新型コロナワクチン未接種者への顧客対応のための異動上の留意点は?

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2021年12月

①海外出張にワクチン接種完了者でないと渡航できなかったり外国での隔離期間が長く円滑な業務が展開できないことが起こっています。
②国内でもワクチン接種完了者でないと顧客の企業施設に入構を制限される場合も出ています。このような場合、どうしたら良いでしょうか?

不当な動機・目的がなく、業務の必要性がある限り、①の海外出張や②の顧客担当からワクチン未接種者を外し、在宅勤務を含めてワクチン接種完了が問われない業務への異動により雇用を維持することは許容されます。
ただし成果が上げ難くなった結果の人事考課上の査定への影響はあり得ます。

1 ワクチン接種の勧奨に応じないことを理由とする従業員への不利益な取扱い 
(1)原則的不利益取扱いの不適切性

 ワクチン接種の勧奨に応じないことを理由とする解雇、減給、配置転換、異動、業務の制限(接客を伴う業務や出張などへの影響)については、「接種することを求め、応じない事を理由に取引を中止することもしくは契約しないこと」、「取引先に接種の有無を聞くこと」および「接種証明の提示を求めること」などそのものを禁じる法令はないのですが、政府としては、予防接種を受けていないことを理由として上記のような不利益な取扱いが行われることは適切ではない(内閣衆質204第35号令和3年2月19日(以下、「ワクチン接種政府見解」という)、との見解を示しています。法的にも、ワクチン接種拒否理由の解雇、減給や懲戒処分については、前述の予防接種法上のワクチン接種に関する法規制内容(市町村長による勧奨や、本人の努力義務に留まる状況)やワクチン接種自体による副反応等の可能性を含んだ健康・生命への侵襲の程度等を踏まると、労契法15条の懲戒権濫用法理や同16条の解雇権濫用法理としての、客観的合理的な理由への該当性や、処分としての社会的相当性を欠くとの判断が出る可能性が高いでしょう。
(2)異動、業務の制限(接客を伴う業務や出張などへの影響) 
(ア)PCR検査の義務付けの適法性との関係
 解雇、減給、配置転換、異動、業務の制限(多数の顧客等との接客を伴う業務や出張などへの影響)の内、「異動、業務の制限(接客を伴う業務や出張などへの影響)」については、例えば、海外出張の入国審査のため、PCR検査済証や継続的な検査証の提出が求められる場合(米国は既に令和3年11月1日からワクチン2回接種完了を入国条件としています)、通常は、その検査の義務付けが可能と解されてきたこととの関係が問題となります。
 先ず、PCR検査を行う業務上の必要性、検査方法の合理性、検査費用の企業負担、就業規則その他の明示の根拠に基づき、全員若しくは検査の必要性に応じて合理的な基準に従って行うこと等の要件が整っていればあれば義務付けは可能と解されます。
 即ち、コロナのPCR検査は、陽性となった場合、感染症法20条に基づく入院やホテル等の療養施設にて隔離される不利益、行動の自由を奪われるという従業員の人権への制限があります。ただし、その不利益の程度を見てみると、従来型の場合、無症状者であれば、検査のための検体をとった日から10日間を経過すれば、PCR等検査を経ずに退院が可能で、退院後の4週間は、毎日、体温測定を行うなどの自己健康管理といった対応が求められる程度です。また、有症状者の場合であれば適切な治療を受けられることによりむしろ健康回復という利益を得ることになります。他方、企業にとっては、コロナの感染者を隔離することにより他の従業員やその家族、取引先等のステークホールダーへの感染拡大を防止し、企業の円滑な経営に資することは明らかです。
 ここで検討しているコロナのPCR検査は、安衛法上の定期健診とは異なる法定外健診の一種です。法定外健診の従業員への義務付けに関して(詳細は、岩出誠「労働法実務大系」第2班〔民事法研究会〕451頁~452頁参照)、判例は、健康管理規程等により就業規則上受診義務に関する規定がある場合につき、帯広電報電話局事件・最一小判昭61・3・13労判470号6頁においては、同規定の合理性による拘束力を認め、企業指定医師による法定外の頸肩腕症候群総合精密検診の受診命令の有効性を認め(「就業規則の性質を持つ、健康管理規程に基づき、「要管理者は、労働契約上、その内容の合理性ないし相当性が肯定できる限度において、健康回復を目的とする精密検査を受診すべき旨の健康管理従事者の指示に従うとともに、病院ないし担当医師の指定及び検診実施の時期に関する指示に従う義務を負担している」」、これを拒否した労働者の戒告処分を有効としています。
 以上の判例・裁判例を踏まえると、PCR検査を行う業務上の必要性が高く、一定以上の検査能力がある医療機関におけるなどの検査方法の相当性・妥当性があり、検査費用を企業が負担し、検査結果が陽性や偽陽性となった場合の入院等による隔離への賃金等の補償措置・不利益取扱い禁止措置が取られ、就業規則その他の明示の根拠に基づき、全員若しくは検査の必要性に応じて合理的な基準に従って、不当な動機・目的なく、制度として画一的に実施される検査であれば義務付けは可能と解されます(ただし、厚労省は、労務Q&A10 「問7検査結果の証明について」では、消極的なようです)。
(イ)ワクチン接種証明が必要な海外出張と接種未完了者への異動
 人々の行動の規制緩和と経済活動の正常化を狙って、新型コロナウイルスのワクチンを接種したことを証明する「ワクチン証明」あるいは「ワクチンパスポート」導入の検討が、各国で実施されています。先行しているのがEU(欧州連合)で、既に、各国で多少の相違はあるもの、ワクチン接種完了者に対する入国時の隔離期間が免除される例が増えています(正式には、「EUデジタルCOVID証明書」
JETROビジネス短信21.07.2号参照)。
 そこで、前述のPCR検査が有効に義務付けられた場面でのワクチンパスポート取得のためのワクチン接種の義務付けが求められる場面が既に現れており、後述のように、政府も前述の見解を少しずつ変更してきています。
 いずれにしても海外渡航を必要とする企業において、米国のようにワクチン接種完了を入国条件とされた場合は勿論(前掲ビジネス短信21.10.27号参照)、ワクチン接種完了者への隔離期間の撤廃が進む中で、ワクチン接種未完了者への海外渡航ビジネスがアサインされず、海外渡航なき業務への配転等の異動が必要となる事態が始まっています。
 かかる異動命令の有効性については、前述の「業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」(東亜ペイント事件・最二小判昭61・7・14労判477号6頁)か否か等で判断されます。
 この点、最近、厚労省も、労務Q&A10 その他の「問12 新型コロナウイルスワクチンを接種していない労働者を、人と接することのない業務に配置転換することはできますか。」に対して、「新型コロナウイルスの感染防止のために配置転換を実施するにあたっては、その目的、業務上の必要性、労働者への不利益の程度に加え、配置転換以外の感染防止対策で代替可能か否かについて慎重な検討を行うとともに、配置転換について労働者の理解を深めることに努めてください。/なお、労働者の勤務地や職種を限定する合意がある場合に、その限定の範囲を超えて配置転換を行うにあたっては、労働者の自由な意思に基づく同意が必要であることにも留意してください。/また、優越的な関係を背景として配置転換の同意を強要等した場合、職場におけるパワーハラスメントに該当する可能性があります。」と前掲東亜ペイント事件最判と同旨の一般論を述べるに留めており、異動可との結論を否定していません。
(ウ)国内で取引先から企業施設への入構条件としてのワクチン接種完了
 さらに、営業関係に限らず、派遣労働者、シテステム会社の開発やメンテ関係要員につき、取引先から企業施設への入構条件としてのワクチン接種完了を求められる事態が既に始まっています。
 前述のワクチン接種政府見解に照らし、かかる要求自体の適法性や独禁法上の優越的地位の濫用等への該当性を問う余地は十分あります。しかし、現実の日常的企業活動の中で、全てを法廷闘争で解決することなどは現実性がありません。
 そこで、前述(イ)の通り、ワクチン接種未完了者への国内でのビジネスがアサインされず接客なき業務への配転等の異動が必要となる事態が始まっていますが、これをもって配転命令権濫用とは言い難いものと考えます。
3 採用、面接の際に留意すべきこと
 さらに、求職者の個人情報取扱いついては、求職者等の個人情報を収集し、保管し、又は使用するに当たっては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない」とされています(同法5条の4第1項)。 
 例外は、「本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合」(職安5条の4第1項ただし書)ですが、ここでの同意は、①強制されたものでなく、②任意・自由な意思により、③その取得目的、不提出の場合の効果等を説明されたうえで、かつ、④いわゆる要配慮情報の場合には、その取得に、一定の合理性が求められます(「職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者、労働者供給事業者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示等に関して適切に対処するための指針」平成11年労告141号、最終改正令和3年厚労告61号。以下、「職安指針」という)。
 以上を踏まえて、前述のワクチン接種政府見解に立てば、ワクチン接種の有無も要配慮情報に当たり得るところ、採用面接に当たり、ワクチン接種の有無についての質問をすることや、採用条件として、ワクチン接種を条件とすることは不適切であるとされることになり得ます。しかし、職安指針によれば、上記①ないし③の任意性等の要件が確保されれば、④の要件につき、企業の全てのステークホールだーへの安全配慮義務の履行という高度の合理性があるところからすれば、接種への質問自体は許され、当該企業が、前述のワクチンパスポートを必要とする企業において、当該業務にかかる人材の確保のための採用活動であれば、その採否の決定につき、接種の有無が影響しても、これをもって違法とは言えないものと解されます。
 この点、最近、厚労省も、労務Q&A10 その他の「問13 採用時に新型コロナウイルスワクチン接種を条件とすることはできますか。」に対して、「新型コロナウイルスワクチンの接種を受けていること」を採用条件とすることそのものを禁じる法令はありませんが、新型コロナウイルスワクチンの接種を採用条件とすることについては、その理由が合理的であるかどうかについて、求人者において十分に判断するとともに、その理由を応募者にあらかじめ示して募集を行うことが望ましいと考えます。」と指摘するにとどめており、上記見解を否定していません。
4 接種証明の提示について
 従業員への接種証明の提示の是非、施設への入場や飲食店などへの入店時の接種証明の提示については、かつて、ワクチン接種政府見解によれば、現在の法制の下では、これを義務付けることは適切でないとしていました。しかし、前述のように、前述のPCR検査が有効に義務付けられた場面でのワクチンパスポート取得のためのワクチン接種の義務付けが求められる場面が今後益々増え、既に、政府自身が、「ワクチン・検査パッケージ」の利用を令和3年9月9 日 新型コロナウイルス感染症対策本部「新型コロナワクチン接種証明の利用に関する基本的考え方について」で公表しています。
 現行の法制の下でも、前述の海外渡航の場面では、従業員への接種証明の提示を求めることはあり得ます。その際、接種自体を強制できないため、当該従業員が海外渡航等を伴う業務就けず、結果的に就労できる場面が減ることにより、業績を上がられず、人事考課上の不利益を得ることをもって違法とは言えないと解されます。
結論
そこで、Aの通り回答となります。

対応策

以上のように、コロナに関しては、政府の見解自体が動いており、今後の行政の動向も見極めながら対応する必要がありますが、従前の労働法判例や学説、通達の中から類似した利益状況での先例を探索して、その中から活路を導き出す作業が今後も続くものと思われます。

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