法律Q&A

分類:

ミスをして会社に損害を与えた従業員に損害賠償を請求できるか

弁護士 福井 大地(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2022年8月

 従業員が仕事上ミスをして会社に損害を与えた場合、会社は従業員に対して損害賠償を請求できますか。

 ミスの内容・程度により、損害賠償請求が認められない場合があります。認められた場合でも損害の一部についてしか認められない可能性が高いです。

1 損害賠償責任の根拠
 労働者が、故意または過失により使用者に損害を与えた場合には、不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)を負います。
 また、労働者は、労働契約上の義務として、労務の提供に当たり使用者に損害を与えないように注意する義務を負います。そのため、労働者が、業務の遂行上必要な注意を怠り、かかる義務に反して使用者に損害を与えた場合には、使用者に対し、債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負います。

2 損害賠償責任の制限
(1)責任制限の根拠
 以上より、民法上、労働者の過失により使用者に生じた損害については、すべて労働者が責任を負うのが本来のところです。
 しかし、使用者は、自らの事業に労働者を用いることにより利益を得ていることから、それによる損失をも負担すべきであり(報償責任原理)、また労働者への指揮命令を通じて危険の発生に寄与していることから、その危険の発生に責任を負うべき(危険責任原理)とされています。
 そのため、労働者の業務の遂行上発生した損害は、使用者も負担すべきとされており、使用者の従業員に対する損害賠償請求には、上記観点から一定の制限があります。

(2)判例
 最高裁は、従業員が会社のタンクローリーを運転中に先行車両に追突した事案において、会社の従業員に対する車両の修繕費等の損害賠償請求につき、次の通り判示しました(茨城石炭商事事件・最判昭和51年7月8日民集30巻7号689頁、福山通運事件・最二小判令2・2・28労判1224号5頁)。
 すなわち、「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。」(下線引用者)とした上、使用者の損害賠償及び求償請求につき、損害額の4分の1の限度でのみ認めました。
 その理由として、①会社は経費節減のため、当該車両につき対人賠償責任保険にのみ加人し、対物賠償責任保険及び車両保険には加入していなかったこと、②従業員は主として小型貨物自動車の運転業務に従事しており、タンクローリーの運転は臨時に命じられたものであること、③本件事故当時、従業員の給与は月額約4万5000円であり、その勤務成績は普通以上であったこと等が挙げられています。
 裁判例においても(岩出誠「労働法実務大系」第2版〔民事法研究会・2019年〕388頁参照、労働者への求償は、背信的行為をなしたような場合、または、それに類するような重大な過失が存した場合に限られるとして請求棄却されることもありますが(相生市農協(参事・損害賠償)事件・神戸地姫路支判平20・11・27労判979号26頁/エーディーディー事件・大阪高判平24・7・27労判1062号63頁/芸能事務所A事件・東京地判平28・1・18労判1139号82頁<芸能プロダクションで横行している恋愛禁止条項違反が否定され損害賠償も否定された>等)、次の(3)で紹介するように、一定の減額による調整例が多いです。

(3)責任制限の判断基準
 労働者の損害賠償責任の制限の判断に当たっては、上記判例に従い、労働者の過失の程度、使用者のリスク管理体制(ミスの予防策や保険加入等による損失の分散措置等)などが特に重視されています。
 裁判例においては、重過失までは認められない場合、損害保険の見直しや事故の予防策を怠ったこと等も考慮して、労働者の責任を否定した例(M運輸事件・福岡高判平成13年12月6日労判825号72頁)、任意の対物賠償責任保険及び車両保険への非加入等も考慮して労働者の責任を2割に制限した例(富隆運送事件・名古屋地判昭和62年7月27日判時1118号195頁)等があり、労働者の責任を否定するか、責任を大きく限定する傾向にあります。
 他方、重過失が認められる場合であっても、過重労働がミスの原因になったこと、再発防止措置の不十分さ等を考慮して4分の1とした例(N興行事件・東京地判平成15年10月29日労判867号46頁)、保険に加入する等の損害軽減措置を講じていないこと等を考慮して4分の1とした例(大隈鐵工所事件・名古屋地判昭和62年7月27日労判505号66頁)会社の基本ルールに反して入金前に多数納車した事案において、労働者が直接個人的利益を得る意図がないこと、会社が売上至上主義ともいうべき指導を行っていたこと等も考慮して、責任を2分の1に限定した例(ガリバーインターナショナル事件・東京地判平成15年12月12日労判870号4頁)などがあり、労働者の責任を限定する傾向にあります。

3 賃金からの控除の可否
 民法上は、ある2人が、互いに金銭債権を有する場合、相殺により両債権を対等額で消滅させることができるのが原則です(民法505条1項)。
 しかし、賃金については別であり、使用者は賃金債権をもって、労働者の使用者に対する債権と相殺することはできません。というのも、労基法24条1項が、賃金はその全額を支払わなければならないとする原則(賃金全額払原則)を定めているためです。
 そのため、労働者が使用者に対し損害賠償責任を負う場合であっても、使用者は一方的にその賠償額につき賃金から控除することは許されません。

4 損害賠償額の予定
 労働基準法16条は、使用者があらかじめ違約金や損害賠償額を定めることを禁止しています。そのため、従業員のミスにつき、あらかじめ違約金や損害賠償額を定めることは許されません。

予防策

 会社としては、従業員のミスによるリスクを前提とした運用をするべきです。
 従業員のミスを予防するための監督・教育体制を構築し、またミスが生じた場合のリスク分散のため予測される損害につき損害保険への加入等をすることが肝要でしょう。

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