法律Q&A

分類:

企業のフリーランスへの安全配慮義務

弁護士 松本 貴志(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2022年10月

企業は、フリーランスに対して安全配慮義務を負いますか?

 私はフリーランスとして働いています。先日私が常駐する取引先でクラスターが発生し、私も感染してしまいました。感染対策を講じていなかった取引先に対して、損害賠償請求をすることは可能でしょうか。

 フリーランスに対して指揮監督を行うなどしていた場合には、フリーランスに対する安全配慮義務が認められる可能性が高く、本件では、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が認められる可能性があります。

1 安全配慮義務とは?
 使用者は、その雇用する労働者に対して、安全配慮義務を負います。安全配慮義務とは、労働契約法5条において、「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」義務であるとされています。
 安全配慮義務の具体的な内容は、個々の具体的な場面・状況によって変わってきます。例えば、メンタルヘルスの事案では、使用者は必要に応じて業務負荷の軽減、産業医との面談の実施、休職の検討などが求められます。また、社有車の使用の場面では、車両の点検・整備を十分に行う義務や十分な運転技能を持つ者を車両運転者に選任する義務があります。さらに、過重労働の事案では、労働者の労働時間を適切に把握して長時間労働にならないよう配慮したり、義務や必要に応じて健康診断を実施したりする義務があるとされています。
 本設問のように従業員のコロナ感染の場面においては、例えば職場に隣の席の者とのパーテーションを設置したり、至近距離での会話の際のマスクの着用を義務付けたり、職場で感染者や濃厚接触者を発見した際は出社を禁じ、PCR検査や抗原検査を要請したりするなどの措置が安全配慮義務の内容となり得ます。

2 安全配慮義務の射程は、雇用契約関係に限られるか。
 安全配慮義務は、本設問におけるフリーランスのように、雇用契約関係にない者との関係でも認められるのでしょうか。
 この点、判例上安全配慮義務は、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において……信義則上負う義務」(陸上自衛隊八戸車両整備工場事件・最三小判昭50.2.25民集29巻2号143頁)とされており、安全配慮義務の射程は、雇用契約に限定されていません。
 また、判例・裁判例においては、原告と被告が雇用契約関係にない以下の事案においても、安全配慮義務が認められてきました。

・三菱重工事件・最一小判平3.4.11労判590号14頁
 下請企業の労働者が元請企業の管理する設備、工具等を用い、事実上元請企業の指揮、監督を受けて稼働し、その作業内容も元請企業の従業員とほとんど同じであったという事実関係の下で、元請企業は下請企業の労働者に対して安全配慮義務を負うとした。

・高橋塗装工業所事件・東京高判平成18.5.17労判935号59頁
 注文主が塗装請負業者へ発注し、塗装請負業者が塗装職人へ下請に出すという請負関係の下、屋根の塗装工事中に転落事故が発生した事案で、塗装請負業者について、道具や安全帯等の安全器具等を支給し、塗装請負業者が設置した足場が使用されていたこと、工程の進捗状況を管理していたこと等の事実関係に照らせば、「実質的な使用従属関係が認められ」、塗装請負業者は塗装職人に対して安全配慮義務を負うとした。 

・鳥取大学附属病院事件・鳥取地裁平21.10.16労判997号79頁
 大学病院の外科において診療行為を無償で行った大学院生が大学病院において徹夜での緊急手術参加後に、交通事故を引き起こして死亡した事案において、裁判所は、在学関係にあり、かつ、現実に大学病院において診療行為等に従事していたことを理由として、安全配慮義務を肯定した。

・H工務店(大工負傷)事件・大阪高判平20.7.30労判980号81頁
 工務店の依頼により戸建住宅の新築工事現場において作業していた一人親方大工が負傷した事案において、工務店・一人親方間の「契約関係は典型的な雇用契約関係といえないにしても、請負(下請)契約関係の色彩の強い契約関係であったと評価すべきであって、その契約類型如何に関わらず両者間には実質的な使用従属関係があったというべきである」として、工務店の一人親方に対する安全配慮義務を認めた。

 以上の判例・裁判例からすれば、少なくとも、労務供給契約において、両当事者間に指揮監督関係等雇用契約類似の関係が認められる場合には、安全配慮義務が認められる可能性があります。
 また、最近ニュースにも取り上げられたアムール事件判決(東京地判令4.5.25判決・労ジャ125号20頁)は、企業が雇用関係にないフリーランスに対して安全配慮義務を負う場合があることを示しています。
 同判決は、フリーライターの女性が業務委託契約先の代表取締役からセクハラ及びパワハラを受けた事案において、「実質的には、被告会社の指揮監督の下で被告会社に労務を提供する立場にあったものと認められる」ことを理由として、取引先の安全配慮義務を認め、140万円の損害賠償義務を認めました。

3 本設問への回答
 上記の判例・裁判例やアムール事件を参考にすると、少なくとも、フリーランスが取引先事業所で就業し、取引先の指揮監督を受けている場合等雇用関係類似の関係性が認められるときは、取引先のフリーランスに対する安全配慮義務が認められると考えます。
 したがって、本設問において、取引先の完全対策が不十分であったことが原因でコロナに感染したフリーランスは、当該取引先に対して、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求できる可能性があると考えます。

身近にあるさまざまな問題を法令と判例・裁判例に基づいてをQ&A形式でわかりやすく配信!

キーワードで探す
クイック検索
カテゴリーで探す
新規ご相談予約専用ダイヤル
0120-68-3118
ご相談予約 オンラインご相談予約 メルマガ登録はこちら