従業員が私傷病のうつ病で休職していましたが、休職期間満了直前に、従前の業務に従事することはまだできないが、事務などの軽作業であれば就業可能であるとして、主治医の診断書を添えて、復職を求めてきました。この場合、従前の業務に復帰できないということで、就業規則に基づき自然退職としてよいでしょうか。
職種や業務内容を特定しない労働契約の場合には、従前の業務について労務提供ができないとしても、従業員の能力、経験、地位、企業の規模、業種、企業における従業員の配置・異動の実情及び難易等に照らして、その従業員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務提供することができ、かつ、その提供を申し出ているならば、その配置の現実的可能性を検討しないまま、就業規則に基づき自然退職とすると、違法・無効とされ、従業員による地位確認請求が認められる可能性が高いです。
【 解説 】
設問のような事例で会社の復職不可の判断が争われた事例として、有名な最高裁判例があります。
建築工事現場で長年にわたり現場監督業務に従事してきた従業員が、バセドウ病にかかり、現場作業に従事できないと申し出ました。会社は、主治医の診断書および従業員が自ら病状を記載した書面から、従業員が現場監督業務に従事することは不可能であると判断し、「自宅治療命令」を発令しました。従業員は、事務作業は可能とする主治医の診断書を提出しましたが、会社は、現場監督業務に従事できるとの診断ではないことから自宅治療命令を持続し、その後、従業員が現場監督業務に復帰するまでの4ヶ月間、欠勤として賃金を支給せず、冬期一時金を減額したため、従業員が、その間の賃金等を請求した事案です。
最高裁は、職種や業務内容を特定しない労働契約の場合には、従前の業務について労務提供ができないとしても、従業員の能力、経験、地位、企業の規模、業種、企業における従業員の配置・異動の実情及び難易等に照らして、その従業員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務提供することができ、かつ、その提供を申し出ているならば、その配置の現実的可能性を検討しないまま、労務の提供が債務の本旨に従ったものではないと判断することは違法であると判断しました(片山組事件・最一小判平10・4・9労判736号15頁)。
私傷病休職からの復職可否の問題は、休職していた従業員が、休職期間満了直前に、完全に本来業務をできない状態で復職を申し出てきた場合に、会社が、休職期間満了時において復職不可と判断し、就業規則の規定に基づき、退職や解雇とした場合に、紛争となるケースが多いです。
裁判例では、上記最高裁判決の影響もあり、直ちに100%の稼働ができなくても、職務に従事しながら2,3ヶ月程度の期間を見ることによって完全に復職することが可能であったと推認できると判断したり(北産機工事件・札幌地判平11・9・21労判769号20頁)、復職後直ちに従前の業務に復帰できない場合でも、比較的短期間で復帰可能であると認められる場合には、短期間の復帰準備時間の提供などが信義則上求められ、信義則上の措置をとらずに退職、解雇とすることは無効と判断する例がたくさんありました(全日本空輸事件・大阪高判平13・3・14労判809号61頁)。
復職可能であることの立証責任については、雇用契約上の私傷病休職の制度は、使用者が業務外の傷病によって長期間にわたって従業員の労務提供を受けられない場合に、雇用契約の終了を一定期間猶予し、従業員に治療・回復の機会を付与することを目的とする制度であること、一方、従業員の治療・回復に係る情報は、その健康状態を含む個人情報であり、原則として従業員側の支配下にあるものであることから、従業員に復職を申し入れ、債務の本旨に従った労務提供ができる程度に病状が回復したことを立証する責任があるとする裁判例が複数あります(日本ヒューレット・パッカード(休職期間満了)事件・東京高判平28·2·25労判1162号52頁、伊藤忠商事事件・東京地判平25·1·31労判1083号83頁等)。他方、復職可能性の立証責任自体は従業員にあることは認めつつ、企業における従業員の配置、異動の実情及び難易といった内部の事情についてまで従業員が立証し尽くすことが現実問題として困難であることから、従業員において配置される可能性のある業務について労務提供できることの立証がなされれば、これに対して会社が従業員を配置できる現実的可能性のある業務が存在しないことについて反証を挙げない限り休職事由の消滅が推認されるとして、実際上の立証責任を逆転させた裁判例もあります(第一興商事件・東京地判平24·12·25労判1068号5頁)。
そして、最近、総合職などの比較的高度な業務を行う従業員の事案で、従業員が一貫して総合職としての復職を希望しており、休職期間満了前にトライアル出社をしたところ、総合職の複雑な業務に耐えうる程度に回復していたとはいえないとして、会社が従業員を退職としたことを適法とした裁判例があります。
妄想性障害の疑いありと診断されていた事案で、上記最高裁判決の判断基準を前提としながらも、会社の標準的な作業環境(オフィス内での作業で他の社員とのコミュニケーションが必要)で就労することに障害があるとの産業医の意見書や、在宅勤務を例外的に適用したとしても社内外との調整や他の社員との協同作業が必要となること等から、従業員が従前の勤務ができる程度に回復しているとはいえず、配転により労務提供可能な職場を見出すことが困難であったとして、復職不可として退職とした措置は違法ではないと判断した裁判例があります(上記、日本ヒューレット・パッカード(休職期間満了)事件)。
また、双極性障害の事案で、休職期間満了前にトライアル出社をした事案において、休職期間満了時に軽躁状態が解消し、病状が回復していたとはいえず、従業員が一貫して総合職としての復職を希望していたことから、総合職としての他職種(営業職、管理系業務)において対人折衝等の複雑な調整等にも耐え得る程度の精神状態が最低限必要であるところ、休職期間満了時に従業員が総合職の複雑な業務に耐えうる程度の精神状態に回復していたとはいえないとして復職不可を認めた裁判例があります(上記伊藤忠商事事件)。
なお、近時の裁判例で、ある傷病について発令された私傷病休職命令に係る休職期間が満了する時点で、その傷病の症状は、私傷病発症前の職務遂行のレベルの労働を提供することに支障がない程度にまで軽快したものの、その傷病とは別の事情により、他の通常の従業員を想定して設定した「従前の職務を通常の程度に行える健康状態」に至っていないようなときに、労働契約の債務の本旨に従った履行の提供ができないとして、前記休職期間の満了により自然退職とすることはできないと判断した事例があります(シャープNECディスプレイソリューションズ事件・横浜地判令3·12·23労経速73巻19号3頁)。
その事案では、従業員の休職は、あくまで適応障害により発症した各症状(泣いて応答ができない、業務指示をきちんと理解できない、会話が成り立たない)を療養するためのものであり、従業員が入社当初から有していた特性(職場内で馴染まず一人で行動することが多いことや上司の指示に従わず無届残業を繰り返す等の行動)については、休職理由の直接の対象ではないと考えるべきであるとしました。
会社は、復職を不可と判断した理由として、自身の能力発達の特性を受容できていなこと、意図することが伝わらず双方向コミュニケーションが成立しない場面が多いこと等を挙げるが、従業員の休職理由である適応障害から生じる症状とは区別されるべき本来的な人格構造又は発達段階での特性が含まれており、休職理由に含まれない事由を理由として、解雇権濫用法理の適用を受けることなく、休職期間満了による雇用契約の終了という法的効果を生じさせるに等しく、許されないとしました。
対応策
片山組事件の最高裁判決によれば、職種や業務内容が労働契約で限定されている従業員でなく、会社の規模からして、配置できる業務や部署がある場合には、休職していた従業員がたとえ元の業務を行うことができない場合でも、従業員が他の業務の労務の提供を申し出ているのであれば、他の業務への配置を検討することが求められているといえます。また、会社は、復職期間満了時に、直ちに従前の業務に復帰できない場合でも、主治医や産業医の診断に基づき、比較的短期間で復帰可能と認められる場合には、負担の少ない他の業務への配置の検討や、短期間の復帰準備時間の提供などが信義則上求められているといえるでしょう。
最近の裁判例によれば、休職期間満了前にリハビリ勤務やトライアル勤務を行った結果、業務を行える程度に回復していたとはいえないとして、会社の復職不可の判断が有効と認められた例もありますので、従業員の状態に応じて、復職不可と判断する前に、トライアル勤務を行うことが有効な場合もあります。
予防策
休職期間が満了して従業員が復職を求めてきた際に、従業員の主治医の診断のみでは、元の部署への完全な復職に疑念が生じる場合もあり、復職をめぐっては何かとトラブルが生じやすいものです。
そこで、就業規則の休職を定めた規定に、復職についての規定もきちんと設け、元の業務とは別の業務に就かせる場合もあること、会社の指定する医師の診断を受け、正当な理由なく、会社の指定する医師の受診を拒否する場合には、復職は認めないこと、休職期間が満了しても復帰できないときは退職となること等の規定を置いておくことが重要です。
また、総合職など一定の高度で複雑な業務や、対人折衝等の複雑な調整等にも耐え得る程度の精神状態が必要な業務を行っている従業員については、その従業員が従前の総合職への業務復帰を希望しているのか、その他の軽易な業務でもよいのかによって紛争になったときの取り扱いが変わってくる可能性がありますので、従業員の希望を明確にしておくことも重要といえます。
就業規則の休職の規定は、問題がある規定も多く、紛争となったときに発覚することも多いです。
自社の就業規則の規定に不安がある方は、今のうちに、専門家である当事務所へご相談することをお勧めします。
また、実際の事案において、主治医は復職可と診断しているが、産業医は不可と診断しており、会社が、休職期間満了時に業務に耐えうる程度に回復していないとして復職不可とし、従業員を自然退職とする判断をする場合、従業員が争って紛争になることがよくあります。
当事務所は、メンタルで休職する従業員に関する人事部のご相談をたくさん承っております。
メンタルで休職している従業員がいる会社、あるいは、復職不可の判断をするときは、事前に専門家である当事務所に相談することをお勧めします。
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