法律Q&A

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変形労働時間制を採用する場合の留意点

弁護士 中野 博和(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2023年8月

変形労働時間制の導入を検討しているのですが、どのような点に注意すればよいでしょうか?

変形労働時間制では、残業代の計算がやや複雑になることや、シフト制により出勤日等を決定する場合に、実際に適用される勤務シフトパターンをあらかじめ全て定めておく必要があることなどに注意が必要です。

1 変形労働時間制の基礎的な情報

(1) 変形労働時間制とは
1日あたりの法定労働時間は8時間であり、1週あたりの法定労働時間は40時間(ただし、特例により44時間となる場合があります。)です。これらの法定労働時間を超える労働については、時間外労働となり、残業代が発生します。

変形労働時間制は、一定の単位期間における1週あたりの労働時間数の平均が週の法定労働時間を超えなければ、1日又は1週あたりの法定労働時間を超えることがあっても、時間外労働とはならないものとする制度です。

(2) 変形労働時間制の種類
変形労働時間制には、①1か月単位の変形労働時間制、②1年単位の変形労働時間制、③1週間単位の非典型的変形労働時間制の3種類があります。以下では、それぞれの変形労働時間制の特徴について解説していきます。

ア 1か月単位の変形労働時間制
1か月単位の変形労働時間制では、事業場の過半数代表者又は過半数組合との労使協定、又は就業規則その他これに準ずるものにより、1か月以内の単位期間を設定し、その単位期間における1週あたりの労働時間の平均が、1週あたりの法定労働時間を超えないことを定めるもので、変形労働時間制の中では、最も基本的な形態のものであると言われています。単位期間は、必ずしも、1か月とする必要はなく、1か月以内であれば問題ありません。

また、単位期間内のどの日又はどの週に、1日又は1週あたりの法定労働時間をどのくらい超えるのかについて、あらかじめ、労使協定又は就業規則等で特定しておく必要があります。

イ 1年単位の変形労働時間制
1年単位の変形労働時間制では、事業場の過半数代表者又は過半数組合との労使協定により、1か月を超え、1年以内の単位期間を設定し、その単位期間における1週あたりの労働時間の平均が、1週あたりの法定労働時間を超えないことを定めるもので、百貨店など、季節によって繁閑の差が大きい事業場に適用されることが想定されています。

1年単位の変形労働時間制では、単位期間が最長1年と長期にわたることから、次のような規制が設けられています。
① 就業規則のみで定めることは許されず、必ず労使協定を締結することが必要
② 単位期間が3か月を超える場合の労働日数の限度は1年あたり280日、3か月以下の場合の労働日数の限度は1年あたり313日
③ 労働時間の限度は1日10時間、1週52時間(単位期間が3か月を超える場合には、労働時間が1週あたり48時間を超える週は連続3週以下でなければならず、また、3か月ごとに区分した各期間における労働時間が1週当たり週48時間を超える週は3週以下でなければならない。)
④ 連続労働日数の上限は原則として6日(労使協定で繁忙期間と定められた期間の場合は12日)

ウ 1週間単位の非典型的変形労働時間制
1週間単位の非典型的変更労働時間制は、事業場の過半数代表者又は過半数組合との労使協定により、1日あたり最大10時間まで労働者を労働させることができます(ただし、1週あたりの法定労働時間の枠内に収める必要があります。)。

この制度は、小売業、旅館、料理店、飲食店の事業で、常時雇用する労働者の数が30名未満である場合にのみ、利用可能となっており、1年単位の変形労働時間制と同様、就業規則のみで定めることは許されず、必ず労使協定を締結することが必要となります。

 

2 シフト制との違い

変形労働時間制は、主に労働時間の上限について法定労働時間の規制を一部解除することで柔軟性を持たせるものですが、いわゆるシフト制(あらかじめ具体的な労働日、労働時間を決めず、シフト表等により柔軟に労働日、労働時間が決まる勤務形態)は、出勤日や労働時間について、法定労働時間の枠内で柔軟性を持たせるものです。

シフト制を採用していても、1日8時間以上労働したら、8時間を超える部分は時間外労働となってしまいます。なお、変形労働時間制を採りつつ、シフト制も採用することもできます。

 

3 導入のメリット・デメリット

(1) メリット
変形労働時間制を採用することによるメリットとしては、まず、本来、時間外労働となっていた労働時間が、時間外労働ではないものと認められる可能性がありますので、残業代を削減することができる可能性があります。

また、従業員としても、仕事が少ない時期は、短い労働時間で済むこととなり得ますので、自己研鑽や趣味等に使える時間が増える可能性があります。

(2) デメリット
変形労働時間制を採用することによるデメリットとしては、まず、労務管理が複雑になることが挙げられます。後述するように、変形労働時間制の下では、法定労働時間を超えたからといって、必ずしも時間外労働とはなりませんので、時間外労働時間を適切に把握しておく必要があります。また、変形労働時間制では、いかなる日又は週に法定労働時間を超える労働時間を配分するかを事前に特定しておかなければなりませんので、いつの時期が繁忙となるのかについて、きちんと予測しておくことが重要となります。

加えて、従業員としては、法定労働時間を超えても残業代が支払われない可能性があるため、この点で士気が下がる可能性もあります。

 

4 実際に導入運用する場合の留意点

(1) 残業代の計算方法
変形労働時間制においても、時間外労働があれば残業代が発生します。

具体的な残業代の計算方法については、次のとおりです。
① まず、1日の労働時間につき、所定労働時間が法定労働時間を超える場合は、その所定労働時間を超えた労働時間が時間外労働となり、所定労働時間が法定労働時間を超えない場合は、法定労働時間を超えた労働時間が時間外労働となります。
② 次に、週の労働時間につき、所定労働時間が法定労働時間を超える場合は、その所定労働時間を超えた労働時間が時間外労働となり、所定労働時間が法定労働時間を超えない場合は、法定労働時間を超えた労働時間が時間外労働となります。
③ さらに、一定の期間の法定労働時間の上限を超えた労働時間を算定します(ただし、①及び②で算定した時間外労働は含みません。)。
④ 最後に、①から③で算定した時間外労働時間に割増賃金の単価を乗じます。
※時間外労働が付き60時間を超えている場合や休日労働、深夜労働があった場合には、別途の計算が必要です。

(2) シフト制と併用する場合
変形労働時間制を採用している場合においても、いわゆるシフト制(あらかじめ具体的な労働日、労働時間を決めず、シフト表等により柔軟に労働日、労働時間が決まる勤務形態)により、労働日等を決定することは可能です。

ただし、変形労働時間制においては、事前に各日、各週の労働時間を具体的に特定しなければならず、この点につき、行政解釈(労働基準局長通達昭和63年1月1日基発第1号、同年3月14日基発第150号)では、シフト制による場合においても、「業務の実態から月ごとに勤務割を作成する必要がある場合には、就業規則において各宿直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めておき、各日の勤務割は、それに従って、変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りる」としております。裁判例(日本マクドナルド事件・名古屋地判令和4年10月26日)では、原則的な4つの勤務シフトの組み合わせを就業規則に規定したことについて、1か月単位の変形労働時間制の有効性が問題となった事案において、上記行政解釈を前提に、「就業規則で定めていない勤務シフトによる労働を認める余地を残すものである」などとして、事前に各日、各週の労働時間を具体的に特定されていないと判断し、変形労働時間制の定めを無効としました(なお、同事件控訴審の名古屋高裁も、令和5年6月22日の判決で、変形労働時間制が無効である旨判断しています。)。

したがって、シフト制による場合には、実際に適用される勤務シフトパターンをあらかじめ全て定めておく必要があるものと思われます。

 

5 変形労働時間制の導入・運用に関して弁護士に相談したい方はこちら

変形労働時間制は、適切に導入・運用できれば、労働時間を柔軟に管理することができますが、他方で、これがなされていないと、変形労働時間制の適用が認められず、残業代を支払わなければならなくなるリスクがあります。そのため、弁護士と協議の上適切に対処する必要性があります。

当事務所では、変形労働時間制等の労働時間制度に精通した弁護士が多数在籍しております。変形労働時間制の導入を検討している場合や、変形労働時間制の運用について疑問をお持ちの場合には、お気軽に当事務所にご相談ください。

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