法律Q&A

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固定残業代の減額又は廃止をする際の留意点

弁護士 松本 貴志(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2023年9月

固定残業代を減額又は廃止することはできますか?

当社では、従業員に対して固定残業代を支払っていますが、実際の時間外労働時間は固定残業代に相当する残業時間よりを大きく下回っています。そこで、固定残業代を減額又は廃止したいと考えていますが、対象者の同意なく一方的に行うことは可能でしょうか。

固定残業代の減額・廃止は、不利益変更に該当しますので、各労働者の個別同意か、就業規則の変更による場合には、その変更について合理性が認められることが必要となります。
就業規則の変更による場合には、併せて労働組合との協議や経過措置・代替措置も講じることが肝要です。

 

1 固定残業代制度とは

固定残業代制度とは、時間外労働等に対する労働基準法37条の割増賃金の支払について、実際の労働時間にかかわらず、一定の労働時間勤務したものとみなして定額の賃金、すなわち固定残業手当を支払う制度をいいます。

固定残業代制度についての詳細な内容については、こちらの記事をご参照ください。

 

 2 固定残業代のメリット・デメリット

固定残業代のメリットとしては、まず、一般的には、残業時間の管理コストが下がることが挙げられます。社員が多く、残業時間がバラバラの企業にとっては、一定時間の枠内に収まっていれば、定額の残業代を支払えばよいので、このようなメリットが指摘されています。

ただし、固定残業代の枠内を超える残業をした社員に対しては、労働基準法37条に基づき、固定残業代を超える部分について、割増賃金を計算して支給しなければならないので、上記のようなメリットは大きくはありません。

また、固定残業代が含まれている分、見かけ上の賃金が高くなるので、採用等の際に有利に働く面があるでしょう。

他方、デメリットとしては、裁判において固定残業代が違法とされるケースが多くあることが挙げられます。

固定残業代が適法となる要件として、まず定額残業代とされる賃金部分が、時間外労働等の対価、すなわちみなし割増賃金の性格を有することが明示されていることが必要です(対価性の要件)。

みなし割増賃金としての性格を有するか否かは、就業規則や契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断されます日本ケミカル事件・最一小判平30.7.19労判1186号5頁。裁判例では、みなし割増賃金としての性格を有することが明示されていないことを理由として違法とされた例は多くあります徳島南海タクシー事件・最三小判平11.12.14労判775号14頁等

また、通常の労働時間の賃金に相当する部分と割増賃金にあたる部分とを判別することができ(判別可能性の要件)、かつ、割増賃金にあたる部分が法定計算額以上であることも適法性の要件となります高知県観光事件・最二小判平6.6.13労判653号12頁、医療法人社団法人康心会事件・最二小判平29.7.7労判1168号49頁等。前者の判別要件については、例えば基本給などの総賃金に割増賃金部分が組み込まれている場合には、「基本給のうち、〇万円は残業代とする」などと基本給と残業代が判別できるように定めなければなりません。

最近では、タクシーやトラック業界で多く採用されている、賃金総額を歩合給(出来高給)などで事実上決定し、それを基本給や割増賃金に振り分ける方式について、「通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とを判別することができない」ため、違法であるとの最高裁判決が下されています(最二小判令5.3.10)。

このように、固定残業代制度は、適切に運用しなければ、裁判において違法とされるリスクがあるため、注意が必要です。

さらに、使用者が固定残業代として支給していた賃金が固定残業代として認められない場合には、未払賃金の基礎賃金額に含まれるので、多大な金銭的損失になります。

 

 3 固定残業代の減額・廃止は不利益変更に該当するか

それでは、設問に戻って、使用者が一方的に固定残業代を減額又は廃止することは可能でしょうか。

ここでまず、固定残業代を減額又は廃止することが不利益変更に該当するのかが問題となります。

この点に関するインテリウム事件東京地判令3・11・9労ジャ122号56頁、東京高判令4・6・29(令和3年(ネ)第5212号では、年俸制において年俸額に含まれていた固定残業手当を使用者が一方的に減額した事案において、第一審と控訴審で判断が分かれています。

第1審は、「割増賃金の支払については,労働基準法37条その他関係規程により定められた方法により算定された金額を下回らない限り,これをどのような方法で支払おうとも自由であるから,使用者が,一旦は固定残業代として支払うことを合意した手当を廃止し,手当の廃止後は,毎月,実労働時間に応じて労働基準法37条等所定の方法で算定した割増賃金を支払うという扱いにすることもできるというべきであり,いわゆる固定残業代の廃止や減額は,労働者の同意等がなければできない通常の賃金の減額には当たらないというべきである。」と述べて、固定残業代の減額は割増賃金の支払方法の変更にすぎないことを理由として、労働者の同意を不要としています。

他方、控訴審は、「たとえ割増賃金の支払方法について、様々な方法が許されるとしても、本件みなし手当は、本件労働契約において年額960万円として合意されていた年俸の一部を構成するものと位置付けられていたのであるから、これは、基本給の一部を構成する場合と同様に捉えられるものである。それにもかかわらず、被控訴人会社は、このような性質を有する「みなし手当」を、前記説示のとおり、合理性・透明性に欠ける手続で、公正性・客観性に乏しい判断の下で、年俸決定権限を濫用して本件賃金減額①ないし③を行ったものであるから、このような一方的な減額は、許されないものといわなければならない。」として、一方的な減額は許されないと判断を変更しています。

固定残業代制度は、労働者に対し、実際の労働時間にかかわらず、すなわちみなし時間に満たなかった場合でも、定額の残業代を支給するという権利を与える制度であるため、それを廃止・減額することは、不利益変更に該当すると解され、使用者による一方的な減額は許されないとした上記控訴審の判断は妥当であると考えます。

 

4 固定残業代を減額・廃止する場合の手続きの流れ

上記のとおり、固定残業代の減額・廃止は不利益変更に該当するため、それを実行するためには、対象となる労働者の個別同意を得るか(労働契約法9条本文)、もしくは就業規則による変更の場合には合理性が認められることが必要となります(同法10条)。

もっとも、労働者の個別同意があったとしても直ちにその変更が有効であると認められるわけではなく、「当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして」、その同意が「労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」ことが必要とされています(山梨県民信用組合事件・最二小判平28.2.19民集70巻2号123頁)。要するに、労働者は、使用者の指揮命令下に置かれる不利な立場にあるので、その同意を鵜呑みにしてはならないと考えているのです。

このように、個別同意の有効性については判例において厳格に解されていることから、就業規則の変更も行っておくべきだと考えます。

就業規則の変更の合理性を判断するに当たっては、労働組合との協議のほか、経過措置・代替措置を講じているか等も考慮されます。したがって、変更について労働組合に十分に説明・協議することや、例えば経過措置として、5年間は固定残業代との差額について調整給を支給することなどの措置をとることが肝要です。また、多数の労働者から個別同意を得ることも変更の合理性を肯定する要素となります。

 

5 固定残業代の減額・廃止をする際は弁護士にご相談を

上記のとおり、固定残業代の廃止・減額をするに当たっては、判例・裁判例を踏まえた慎重な対応が求められます。

当事務所では、労務分野について経験豊富な弁護士が多数在籍しておりますので、固定残業代制度についてお悩みの際は、当事務所に是非ご相談ください。

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