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労働契約承継法施行規則及び指針の実務解説

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2001.02.23
はじめに
 会社分割に関する商法・有限会社法等の改正(分割法)及び「会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」(法)が平成12年5月に成立しました。しかし、実務的なこれらの法律の利用に当たっては指針や省令への検討を忘れてはならないのですが(同法のついては、本誌「会社分割労働契約承継法のあらまし」 592-9以下、拙著「会社分割における労働契約承継法の実務Q&A」<共著>等参照)、ようやく平成12年12月27日に至り、労働省令48 号・会社分割に伴う労働契約の承継に関する法律施行規則(規則)と承継法8条に基づく「分割会社及び設立会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」労働省告示平成12年127号(指針)が示され、法の施行も平成13年4月1日からと決まりましたので(規則附則)、その概要を紹介します。
I 労働者・労働組合への事前通知の時期
 先ず、法2条1項及び2項の労働者又は労働組合への分割に関する事前通知の時期について、指針は、各通知が、分割法の規定に基づき分割計画書等を本店に備え置く日(「分割計画書等の本店備置き日」)又は同条1項の株主総会等を招集するための通知を発する日のうちいずれか早い日と同じ日に行われることが望ましいとしています。なお、前記各通知を郵便等により行う場合は、民法97条1項により、相手方に到達した時よりその効力が生じますので、株主総会等の会日の2週間前までに当該労働者又は労働組合に到達する必要があります。この場合、法4条2項(異議申立期限に関する5条2項において準用する場合も含みます)の「通知がされた日」とは、「通知が相手方に到達した日」をいいます(指針)。
II 労働者への事前通知事項の範囲
1 法により義務付けられている通知事項
 労働者への事前通知事項の具体的内容につき、法自体は、(1)分割会社がその労働者との間で締結している労働契約をその分割によって設立し、又は営業を承継する設立会社等が承継する旨の分割計画書等中の記載の有無、(2)転籍拒絶や転籍請求等の異議申立て期限日の2点のみを挙げていました(法2条1項)。

2 規則で通知が義務付けられた事項
 上記以外の通知事項は省令に委ねらていましたが、この点につき規則1条は、以下の事項を追加しましたので、少し説明しておきます。

(1)通知の相手方たる労働者が法2条1項各号の「承継される営業に主として従事する者」(承継営業主要従事労働者)かそれ以外(指定承継労働者)のいずれに該当するかの別 (その区分の判断基準については後述III参照)
(2)承継される営業の概要 (その範囲は商法374条第2項等により設立計画書等に記載された事項となりますが、これは後述IIIの承継営業主要従事労働者の具体的範囲を決定する際の重要なります)
(3)分割後の分割会社及び設立会社等の名称、所在地、事業内容及び雇用することを予定している労働者の数
(4)分割をなすべき時期(これが同時に転籍の効果の発生日ともなります)
(5)分割後の分割会社又は設立会社等において当該労働者について予定されている従事する業務の内容、就業場所その他の就業形態 (原則としては、特段の合意や異動の命令なき限り、分割前の場所等となります)
(6)分割後の分割会社及び設立会社等のそれぞれがその負担すべき債務の履行の見込みがあること及びその理由(特に、リストラがらみの会社分割においては、後述の異議申立権のある労働者にとって、その行使をするか否かの大きな要素となるでしょうし、後述の労働者との協議や、労働組合との協議や団交においても重要なテーマとなるでしょう)
(7)法4条1項(承継営業主要従事労働者が分割会社に残留を定められた際の設立会社等への転籍請求)又は法5条1項(指定承継労働者が設立会社等への転籍を定められた場合の分割会社への残留請求)の異議がある場合はその申出を行うことができる旨及び異議の申出を行う際の当該申出を受理する部門の名称及び所在地又は担当者の氏名、職名及び勤務場所 (各労働者の異議の取扱いについては後述します)

III 承継される営業に主として従事する者の範囲
1 規則上の区分基準
次に、法で省令で定めるものとされていた(2条1項1号)、分割会社が雇用する労働者で、設立会社等に「承継される営業(承継営業)に主として従事するもの」(承継営業主要従事労働者)の範囲について、規則2条では、次のとおり定められました。

(1)分割計画書等を作成する時点において、承継される営業に主として従事する労働者(分割会社が当該労働者に対し当該承継される営業に一時的に主として従事するように命じた場合その他の分割計画書等を作成する時点において当該時点後に当該承継される営業に主として従事しないこととなることが明らかである場合を除く。)

(2)前(1)の労働者以外の労働者であって、分割計画書等を作成する時点以前において分割会社が承継される営業以外の営業(当該分割会社以外の者のなす営業を含む。)に一時的に主として従事するよう命じたもの又は休業を開始したもの(当該労働者が当該承継される営業に主として従事した後、当該承継される営業以外の営業に従事し又は当該休業を開始した場合に限る。)その他の分割計画書等を作成する時点において承継される営業に主として従事しないもののうち、当該時点後に当該承継される営業に主として従事することとなることが明らかであるもの。

2 指針による補足

 しかし、上記のように、規則上の承継営業主要従事労働者該当性の判断基準は一読しても簡単には分かり難いものとなっているため、指針は以下のように、この判断に当たっての注意点を指摘しています。

(1)分割計画書等作成時点における判断

(イ)専属的承継営業従事者
 先ず、「分割計画書等を作成する時点において、承継される営業に専ら従事する労働者」は、法2条1項1号の労働者(承継営業主要従事労働者)に該当することを確認しています。

(ロ)兼務的承継営業従事者
 次に、「労働者が承継される営業以外の営業にも従事している場合は、それぞれの営業に従事する時間、それぞれの営業における当該労働者の果たしている役割等を総合的に判断して当該労働者が当該承継される営業に主として従事しているか否かを決定するものであること」としています。
 これは、従前の解釈として、前記ABいずれの事業についてもメンテナンス業務に従事したりするような複数の部門にまたがって仕事をしていた人については、分割部門と他の部門との仕事の質・量等の総合的判断から相対的に、主従・軽重が決定されることになるとされていたことに対応します。

(ハ)間接部門従事者

 更に、a「総務、人事、経理、銀行業における資産運用等のいわゆる間接部門に従事する労働者であって、承継される営業のために専ら従事している労働者」は、承継営業主要従事労働者に該当するものであること。b「労働者が、承継される営業以外の営業のためにも従事している場合は、上記(ロ)の例によって判断することができるときには、これによること」。c「労働者が、いずれの営業のために従事するのかの区別なくしていわゆる間接部門に従事している場合で、上記(ロ)の例によっては判断することができないときは、特段の事情のない限り、当該判断することができない労働者を除いた分割会社の雇用する労働者の過半数の労働者に係る労働契約が設立会社等に承継される場合に限り、当該労働者は」、承継営業主要従事労働者に該当すると指摘しています。

 これらの内、bの点は、従前から、aのように、人事・労務・総務等のように全部門に関係してその主従・軽重が決められない業務に従事している労働者は承継営業主要従事労働者には原則として該当しないなどと解されていた点をより緻密に分析したもので、承継営業においてこれらの間接部門がある限り妥当な判断でしょう。しかし、cの点は、新しく示された見解です。要するに、上のABC部門を持つ企業の例で言えば、ABCの内A社に経営資源の集中投下を図るような場合が想定できます。 例えば、分社されたA部門に、BC部門の労働者の内、区分不明の労働者を除く過半数の労働者が転籍するような場合で、しかも、その場合には、明かに承継営業主要従事労働者以外の者、指定承継労働者等を含めて承継する訳ですから、彼らは後述の分割会社への残留のための異議申立権を持っていることになり、そのようなハードルを全てクリアした上での判断となると極めて稀なケースとなるでしょう。従って、一般には、そのような間接部門の労働者は、指定承継労働者となるものと考えられます。

(2)分割計画書等作成時点で判断することが適当でない場合

 指針は、更に、会社分割前後の異動等の関係で、分割計画書等作成時点でのみ承継営業主要従事労働者か否かを判断することが適当でない場合があること、即ち、時間的要素などの存在を想定し次のような判断基準を示しています。

(イ)臨時的従事者等

 先ず、a「分割計画書等作成時点において承継される営業に主として従事する労働者であっても、分割会社が、研修命令、応援命令、一定の期間で終了する企画業務への従事命令等一時的に当該承継される営業に当該労働者を従事させた場合であって、当該命令による業務が終了した場合には当該承継される営業に主として従事しないこととなることが明らかであるもの」は、承継営業主要従事に該当しないとしています。
 また、b「育児等のために承継される営業からの配置転換を希望する労働者等であって分割計画書等作成時点以前の分割会社との間の合意により分割計画書等作成時点後に当該承継される営業に主として従事しないこととなることが明らかであるもの」も承継営業主要従事労働者に該当しないとされています。
  aでは、承継営業への従事の臨時性が重視され、bでは、労働者の希望に基づく労使の合意による承継営業からの離脱を重視しています。但し、bの場合、当該労働者の希望が将来の会社分割を認識していればあり得ない事情がある場合などには錯誤の問題などが起こり得ます。

(ロ)出向者・採用内定者等

 次に、a「分割計画書等作成時点前において承継される営業に主として従事していた労働者であって、分割会社による研修命令、応援命令、一定の期間で終了する企画業務への従事命令(出向命令を含む。)等によって分割計画書等作成時点では一時的に当該承継される営業以外の営業に主として従事することとなったもののうち、当該命令による業務が終了した場合には当該承継される営業に主として従事することとなることが明らかであるもの」は承継営業主要従事労働者に該当するとしています。
 又、b「分割計画書等作成時点前において承継される営業に主として従事していた労働者であって、その後休業することとなり分割計画書等作成時点では当該承継される営業に主として従事しないこととなったもののうち、当該休業から復帰する場合は再度当該承継される営業に主として従事することとなることが明らかであるもの」は承継営業主要従事労働者に該当するとしています。
 更に、c「労働契約が成立している採用内定者、育児等のための配置転換希望者等分割計画書等作成時点では承継される営業に主として従事していなかった労働者であっても、当該時点後に当該承継される営業に主として従事することとなることが明らかであるもの」も承継営業主要従事労働者に該当するとしています。
  a、bも臨時性の観点から理解可能ですが、cの内、配転希望者には前述の問題があり得、内定者の場合、内定時に配点場所が決まっていない場合の処理が問題となり、指針からは指定承継労働者となるのかそれ以外の労働者となるか不明です。

(ハ)恣意的な異動等への対応

 なお、「過去の勤務の実態から判断してその労働契約が設立会社等に承継されるべき又は承継されないべきことが明らかな労働者に関し、分割会社が、合理的理由なく会社の分割後に当該労働者を設立会社等又は分割会社から排除することを目的として、当該分割前に配置転換等を意図的に行った場合における当該労働者」が承継営業主要従事労働者に該当するか否かの判断については、「当該過去の勤務の実態に基づくべきものである」とされています。
つまり、企業の恣意的な配転等の異動により承継営業主要従事労働者か否かを左右することはできないということです。

(3)分割会社と労働者との間で見解の相違がある場合

 なお、指針は、承継営業主要従事労働者に該当するか否かの判断に関し、労働者と分割会社との間で見解の相違があるときに備え、当該分割会社は、分割法附則第5条の労働者との事前協議義務と法4条の労働者の理解・協力取得努力義務に基づく、「当該労働者との間の協議等によって見解の相違の解消に努める」よう指導しています。そして、この協議の場合に留意すべき点として以下の点を指摘しています。しかし、ここでの「協議等によっても見解の相違が解消しない場合においては、裁判によって解決を図ることができます(指針)。

(イ)承継営業主要従事労働者への事前通知義務違反の場合

 承継営業主要従事労働者でありながら、分割計画書等にその者が分割会社との間で締結している労働契約を設立会社等が承継する旨の記載がないものが、法第2条第1項の会社分割に関する前述の事項を含む事前「通知を適法に受けなかった場合(当該分割会社が当該労働者を当該承継される営業に主として従事していないものとして取り扱い、当該通知をしなかった場合のほか、意図的に当該通知をしなかった場合を含む。)は、当該労働者は、当該分割後においても、当該設立会社等に対してその雇用する労働者たる地位の保全又は確認を求めることができ、また、当該分割会社に対してその雇用する労働者ではないことの確認を求めることができる」とされています。
 事前通知義務違反の法的効果については、法自体は触れていませんでした。そこで、法の解釈論として、従前から、例えば、承継営業主要従事労働者について、分割による自動的な転籍効果があるのか、という問題に関しては、労働者保護の観点からの会社分割法制の特例を定める承継法の立法趣旨からすれば、非承継営業主要従事労働者と同様の異議申立権が上記期限にかかわらず認められるなどが考えられていましたが(例えば、拙稿「労働契約承継法の実務的検討」<上>商事法務1570号9頁等参照)、指針はほぼ同様の立場を採用したものと解されます。

(ロ)指定承継労働者への事前通知義務違反の場合

 a 指定承継労働者が法第5条第1項に基づき分割会社への残留の異議の申出をした場合に、「当該分割会社が当該労働者を当該承継される営業に主として従事しているため当該労働者に係る労働契約を設立会社等に承継させたものとして取り扱うとき」は、又は、b指定承継労働者が法第2条第1項の会社分割に関する前述の事項を含む事前通知を適法に受けなかった場合、「当該労働者は、当該分割後においても、当該分割会社に対してその雇用する労働者たる地位の保全又は確認を求めることができ、また、当該設立会社等に対してその雇用する労働者ではないことの確認を求めることができる」とされています。

(4)承継営業主要従事労働者と指定承継労働者以外の労働者への対応

 なお、承継法自体からは、承継営業主要従事労働者か指定承継労働者か否かという区分しか示されていません。しかし、指針は、承継営業主要従事労働者該当性に関する以上のような詳細な基準を示した上で、この問題につき、「承継される営業に全く従事していない労働者については」、会社分割による当然承継の「範囲外であり、当該労働者が分割会社との間で締結している労働契約を分割会社から設立会社等に移転させる場合には、民法第625条第1項が適用され、当該労働者の個別の同意を得る必要がある」との立場を示しました。つまり、これらの労働者の場合には、従来の転籍に関する従前の判例法理が適用され、個別の同意がなければ設立会社等転籍の効果は発生しないということです。

(5)組合員への差別的配転等の問題点

 更に、指針は、分割会社は、不当労働行為の意図をもって会社の分割後の分割会社又は設立会社等から当該労働者を排除する等の違法な目的のために、当該分割前に配置転換等を行ってはならず、このような配置転換等は無効となるものであることを指摘しています。

IV 労働組合への事前通知義務
(1)法上の定め

 分割会社は、労組法2条の定める労働組合(労働組合)との間で労働協約を締結しているときは、その労働組合に対して、分割に関し、労働協約を設立会社等が承継する旨の当該分割計画書等中の記載の有無などを書面により通知しなければなりません(2条2項)。

(2)労働協約を締結している場合

 事前通知が必要なのは、労働組合が分割会社と労働協約を締結している場合です(指針)。しかし、労働協約なき労働組合への通知は、承継法上の法的義務ではありませんが、分割法上の労働者との協議義務や、法上の労働者の分割等に関する理解・協力取得努力義務(法7条)の履行の実効性を高める視点からも、このような労働組合にも通知をすることが望ましい、とされています(指針)。

(3)「事前通知事項」の範囲

 「事前通知事項」の範囲・内容について規則が以下の事項を追加しています。

[1]労働者の通知義務事項の前記II2の[2]乃至[4]と[6]の各事項
[2]その分割会社との間で締結している労働契約が設立会社等に承継される労働者の範囲及び当該範囲の明示によっては当該労働組合にとって当該労働者の氏名が明らかとならない場合には当該労働者の氏名
[3]設立会社等が承継する労働協約の内容(法2条2項の規定に基づき、分割会社が、当該労働協約を設立会社等が承継する旨の当該分割計画書等中の記載がある旨を通知する場合に限ります)

(4)未解決な「事前通知」義務違反の法的効果

 労働組合宛分割通知義務違反の効力は、法自体のみならず、規則、指針も明確には触れていません。例えば、法6条3項の労働協約の設立会社等への当然承継との関係などいずれも未解明の問題です。その結論は、今後の通達や判例の集積を待たざるを得ません(私見につき拙稿・前掲商事法務1570号12頁参照)。

Ⅴ 労働者からの分割への理解・協力取得努力義務
1 法・規則上の理解・協力取得努力義務の内容は
 分割会社の分割への労働者の理解・協力取得努力義務(法7条)の具体的内容について規則4条は、「分割会社は、当該分割に当たり、そのすべての事業場において、当該事業場に、労働者の過半数を組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との協議その他これに準ずる方法によって、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとする。」としています。

  従って、法7条の理解・協力取得努力義務の対象としては、会社分割法附則5条による労働者との協議義務とは異なり(後述VI参照)、個々の関係労働者ではなく、いわゆる事業場の過半数代表者をもって足りることとされたのです。

2 理解・協力取得努力義務の具体的内容についての指針

 更に、理解・協力取得努力義務の具体的内容については、指針が以下の通り指摘しています。

(1)規則4条の「その他これに準ずる方法」の内容

 この「その他これに準ずる方法」の内容としては、名称の如何を問わず、労働者の理解と協力を得るために、労使対等の立場に立ち誠意をもって協議が行われることが確保される場において協議することが含まれます。

(2)理解・協力取得の対象事項
 分割会社がその雇用する労働者の理解と協力を得るよう努める事項としては、次のようなものがあります。a会社の分割を行う背景及び理由/b会社の分割後の分割会社及び設立会社等の負担すべき債務の履行の見込み/c労働者が法2条1項1号に掲げる労働者(「承継される営業に主として従事する者」承継営業主要従事労働者)に該当するか否かの判断基準/d法6条の労働協約の承継に関する事項/e会社の分割に当たり、分割会社又は設立会社等と関係労働組合又は労働者との間に生じた労働関係上の問題を解決するための手続

(3)労働組合法上の団体交渉権との関係

 会社の分割に伴う労働者の労働条件等に関する労働組合法6条の団体交渉の対象事項については、分割会社は、法7条の手続が行われていることをもって労働組合による当該分割に係る適法な団体交渉の申入れを拒否できません。

(4)開始時期等
 この理解・協力取得努力義務履行の手続は、遅くとも商法等改正法附則第5条の規定に基づく協議(後述VI参照)の開始までに開始され、その後も必要に応じて適宜行われるものとされています。

  但し、この努力義務が履行されなかった場合の法的効果の問題については、分割法附則5条による労働者との協議義務とは異なり(後述VI参照)、未解明で、今後の通達や判例の集積に待つ他ないでしょう(私見につき拙稿・前掲商事法務1570号13頁参照)。

VI 分割法上の労働者との事前協議義務の内容
  次に、分割法上の労働者との事前協議義務の内容協議義務の意義・内容をこれに関する指針を紹介しながら検討しておきます。

1 協議義務の内容

 先ず、協議義務の内容につき指針は、「分割会社は、当該労働者に対し、当該分割後当該労働者が勤務することとなる会社の概要、当該労働者が法第2条第1項第1号に掲げる労働者に該当するか否かの考え方等を十分説明し、本人の希望を聴取した上で、当該労働者に係る労働契約の承継の有無、承継するとした場合又は承継しないとした場合の当該労働者が従事することを予定する業務の内容、就業場所その他の就業形態等について協議をするもの」とされています。

2 協議義務の時期・程度

 次に、協議義務の時期・程度について、いわゆる団交における誠実団交応諾義務ほどの高度の協議義務であるか否かについては指針でも明かにはされていませんが、協議開始時期につき、「分割会社は、分割計画書等の本店備置き日までに十分な協議ができるよう、時間的余裕をみて協議を開始するもの」としており、充実した協議を期待していることが読み取れます。しかし、分割法という会社法体系から、労組法上の誠実団交応諾義務と同等の義務が当然に導き出され得るのかには疑問が残りますが(拙稿・前掲商事法務1570号6頁以下参照)、結論は、今後の判例の集積に待たざるを得ません。

3 法7条の労働者の理解と協力を得る努力義務との関係

 協議義務履行としての協議は、承継される営業に従事する個別労働者の保護のための手続であるのに対し、法7条の労働者の理解と協力を得る努力は、前述Ⅴの通り、会社の分割に際し分割会社に勤務する労働者全体の理解と協力を得るためのものであって、実施時期、対象労働者の範囲、対象事項の範囲、手続等に違いがあります。

4 労働組合法上の団体交渉権との関係

  会社の分割に伴う労働者の労働条件等に関する労働組合法6条の団体交渉の対象事項については、分割会社は、当該協議が行われていることをもって労働組合による当該分割に係る適法な団体交渉の申入れを拒否できないものであることは当然です。

5 協議に当たっての代理人の選定

  労働者が個別に民法の規定により労働組合を当該協議の全部又は一部に係る代理人として選定した場合は、分割会社は、当該労働組合と誠実に協議をしなければなりません。

6 協議義務違反の効果

 この協議義務違反の効果について、指針は、「協議を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合における会社の分割については、分割無効の原因となり得る」としています。しかし、逆に「協議を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合」でない場合の処理につき同指針は触れていないためそれらの処理が依然問題となります(私見につき拙稿・前掲商事法務1570号6頁以下参照)。

VII 会社分割と36協定等の関係
1 労基法等により効力発生要件が定められている労使協定の効力

(1)設立計画書等への記載との無関係

 労働基準法上の36協定(労基法36条)等の様々な労使協定について、指針は、民事上の権利義務を定めるものではないため、分割会社が分割計画書等に記載することにより設立会社等に承継させる対象とはならない、としています。

(2)事業場の同一性の有無による労使協定承継の有無

 更に、指針は、これらの労使協定については、会社の分割の前後で事業場の同一性が認められる場合には、引き続き有効であると解され得るものであるとしています。しかし、事業場の同一性が失われた場合は、該当する労働基準法上の免罰効が失われることから、当該分割後に再度、それぞれの規定に基づいて労使協定を締結し届出をする必要があるとしています。ここでの「事業場の同一性」が何を基準として判断されるかについては追って通達等で明らかにされるものと思われますが、一般的には、会社分割による法人格の変更を除く、人的・場所的・営業実態の実質的同一性のことを示しているものと思われます。従って、たまたま労働者の異議申出等により一部の労働者の変動があっても(法4、5 条)、それが過半数等の要件に影響を与えないものであれば、ここでの同一性は保たれているものと解されますが、最終的には、今後の通達・判例の集積に注目せざるを得ません。

2 労働組合法17条の一般的拘束力等

 労働組合法17条の一般的拘束力について、指針は、その要件として、「一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったとき」でなければならないこととされており、会社の分割前に分割会社の工場事業場において労働組合法17条が適用されていた場合であっても、当該分割の際に当該要件を満たさなくなった分割会社又は設立会社等の工場事業場においては、労働組合法17条は適用されないとしています。

 労働組合法7条1号ただし書のいわゆるショップ制に係る労働協約についても「特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合」でなければならないこととされていますが、指針は、上記同法17条の一般的拘束力に対してと同様となるしています。つまり、会社の分割前に分割会社の工場事業場において労働組合法7条1号ただし書が適用されていた場合であっても、当該分割の際に当該要件を満たさなくなった分割会社又は設立会社等の工場事業場においては、同ただし書は適用されず、ショップ制は許されないことになります。

VIII 分割に伴う社会保険・福利厚生等の問題
1 指針における厚生年金基金の処理

 分割に伴う社会保険等の処理につき、指針は、例えば、厚生年金と健康保険について、以下の通り指摘しています。即ち、厚生年金基金(以下「基金」という。)は、厚生年金保険法第9章第1節の規定に基づき、任意に設立される法人であり、会社の分割が行われても、当然には分割会社の雇用する労働者を加入員とする基金から設立会社等の雇用する労働者を加入員とする基金に変更されるものではありません。

 この場合、基金の加入員たる分割会社の雇用する労働者であってその労働契約が設立会社等に承継されたものに対する厚生年金保険法106条の老齢についての給付を継続する方法としては次のようなものがありますが、いずれも基金の規約の変更又は基金の新設若しくは分割が必要なため、主務大臣の認可が必要となります。

(1)新設分割の場合

 a:分割会社に係る基金の規約を一部改正し、商法又は有限会社法の規定による新設分割によって設立する会社(以下「設立会社」という。)を当該基金の適用事業所に追加する方法

 b:その労働契約が設立会社に承継される労働者に関して分割会社に係る基金の分割を行い、設立会社を適用事業所とする基金を新たに設立する方法

(2)吸収分割の場合

 a:承継会社に基金がある場合 分割会社に係る基金の加入員の年金給付等の支給に関する権利義務を商法又は有限会社法の規定による吸収分割(以下「吸収分割」という。)によって営業を承継する会社(以下「承継会社」という。)に係る基金に移転させる方法又は分割会社に係る基金と承継会社に係る基金との合併を行う方法

 b:承継会社に基金がない場合 分割会社に係る基金の規約を一部改正し、承継会社を当該基金の設立事業所に追加する方法又は承継会社を適用事業所とする基金を新たに設立する方法

2 指針における健康保険組合の処理

 指針によれば、健康保険組合は、健康保険法第3章の規定に基づき対象事業所を基礎として任意に設立される法人であり、基本的には(2)の厚生年金基金の場合と同様の対応となります。つまり、会社の分割が行われても、当然には分割会社の雇用する労働者を加入員とする健康保険組合から設立会社等の雇用する労働者を加入員とする健康保険組合に変更されるものではありません。

 この場合、健康保険組合の加入員たる分割会社の雇用する労働者であってその労働契約が設立会社等に承継されたものに対する健康保険組合からの給付を継続するには、いずれの方法によっても健康保険組合の規約の変更又は健康保険組合の新設若しくは分割が必要なため、主務大臣の認可が必要となります。

3 企業年金の承継問題

  同様に企業年金制度についても指針は、次のような説明をしています。

 即ち、法人税法(昭和40年法律第34号)第84条第3項の規定に基づく適格退職年金その他の外部拠出制の企業年金に係る退職年金で、事業主と金融機関等との間で締結される退職年金契約に基づき労働者に支払われるものについては、当該退職年金の内容である給付の要件、水準等が労働協約又は就業規則に規定される等、その受給権が労働契約の内容となっている場合には、会社の分割によって分割会社から設立会社等に労働契約が承継される労働者の受給権は、労働条件として維持されることになります。

4 いわゆる財形貯蓄等の処理について

  更に、いわゆる財形貯蓄等についても事務手続上の問題があり、指針は次のように指摘しています。

 即ち、財産形成貯蓄契約等(財産形成貯蓄契約、財産形成年金貯蓄契約及び財産形成住宅貯蓄契約をいう。以下同じ。)は、勤労者と金融機関等が当該勤労者の財産形成に関し締結する契約であり、その契約の締結の際勤労者は、勤労者財産形成促進法第6条第1項第1号ハ等により事業主と賃金控除及び払込代行について契約を締結するものとされており、当該契約は、労働契約の内容である労働条件として維持されることになります。したがって、会社の分割によって分割会社から設立会社等に労働契約が承継される場合、当該契約に基づく賃金控除及び払込代行を行う義務も設立会社等に承継されることとなるため、当該承継される労働契約に係る労働者は、当該財産形成貯蓄契約等を存続させることができます。なお、この場合、当該設立会社等の事業場において労働基準法24条1項の労使協定があることが必要となります。また、設立会社等は金融機関等との間で所定の手続きを行う必要があります。

5 いわゆる中退金等の処理について

  いわゆる中退金等の処理についても事務手続上の問題があり、指針は次のように指摘しています。

 即ち、中小企業退職金共済契約は、中小企業退職金共済法第2章の規定に基づき、中小企業者(共済契約者)が各従業員(被共済者)につき、勤労者退職金共済機構(以下「機構」という。)と締結する契約であり、当該中小企業者が機構に掛金を納付し、機構が当該従業員に対し退職金の支払を行うことを内容とするものであり、当該従業員が機構から退職金の支払を受けることは、当該中小企業者と当該従業員との間の権利義務の内容となっていると認められ、労働契約の内容である労働条件として維持されることになります。そして、会社の分割により事業主が異なることとなった場合であっても、当該分割によって労働契約が分割会社から設立会社等に承継される従業員について、共済契約が継続しているものとして取り扱うこととなります。なお、この場合、設立会社等は機構との間で所定の手続を行う必要があります。

6 社宅の貸与制度、社内住宅融資制度等福利厚生制度の処理について

 社宅の貸与制度、社内住宅融資制度等の福利厚生に関するものについても、指針は、次のように指摘しています。即ち、これらの制度についても、労働協約又は就業規則に規定され制度化されているもの等分割会社と労働者との間の権利義務の内容となっていると認められるものについては、労働契約の内容である労働条件として維持されることになります。この場合において、その内容によって設立会社等において同一の内容のまま引き継ぐことが困難な福利厚生については、当該分割会社は、当該労働者等に対し、会社の分割後の取扱いについて情報提供を行うとともに、承継法7条及び商法等改正法附則第5条並びに承継指針により、代替措置等を含め当該労働者との間の協議等を行い、妥当な解決を図るべきものとされています。

IX まとめ
 指針は以上の他、派遣労働者の船員の場合の取り扱い、分割後の雇用の安定等についても言及しています。しかし、各個所で触れてきた通り、実際の法・規則・指針のみでは未解決な問題も依然として多く、施行時までには、更に通達等が示されることが期待され、今後も厚生労働省の動きに注目しておく必要があります。

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