法律Q&A

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労働紛争解決システムが変わる!

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2001.08.28
はじめに
労働組合の組織率の毎年の最低記録更新と集団的労使紛争の激減に反比例する如く、最近、人事考課・降格・人事異動、賃金未払、解雇、セクハラ等の個別的労使紛争の多発化するのに対応すべく立法的対応が求めらていたところ、平成13年6月に「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」(以下、個別紛争法)が成立し、その施行が本年10月1日に迫っている(法附則1条)。そこで、本稿は、個別紛争法制定の背景、同法の概要、同法により具体的にはどんな紛争が解決されるであろうかという予想、今後の労使紛争の展開、並びに、同法の成立・施行を契機として企業としては、紛争に至る前にどのような措置、配慮をすべきなのかの点を検討しようとするものである。
Ⅰ 個別紛争法制定の背景・立法経緯

(1) 雇用環境の悪化
 我国の失業率は、戦後最悪の記録を維持し(平成13年7月31日公表の同年5月の総務庁調査で完全失業率は4.9%)、平成10年12月以来、米国の失業率を上回り、その状態を今なお継続しているという異常な事態にまで陥っている。

(2) 労働事件数の急増とリストラの進行
 これらの雇用環境の悪化は、裁判所に提起された労働事件の新件数においても顕著に反映され、平成12年は、昭和36年以降最多事件数となっている(10年前の3.2倍、労務安全情報センター HP:http://www.campus.ne.jp/~labor/index.html参照)。

 そして、現在の景気の動向と経営側の対応や政府の月例経済報告でも「景気後退」が確認され、小泉内閣による構造改革・不良債権処理の推進も重なり、今後も、雇用過剰感は多く、リストラの継続が予想され、この傾向は今後も継続し強まることが予想される。即ち、企業の側においては、この経営環境に対応すべく、企業組織の再編や、企業の人事労務管理の個別化等を遂行せざるを得ない。他方、それは労働者に対しては、解雇、労働者の業績評価等をめぐる紛争の火種となっている。

(3) 急激な労働立法の変容
 他方、裁量労働の適用拡大、女性への深夜・時間外の規制の撤廃等についての改正労働基準法の施行、採用・昇進等での差別禁止の強化、セクハラ規定等についての改正雇用機会均等法の施行等に加えて、平成13年4月1日施行の「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」(以下、労働契約承継法)など、労働法全体が大きく変容し、それらが以上の傾向をより加速させることも想像するに難くない。

(4) 個別労使紛争の多発化と合同労組等の活動の活発化
 このような事件数の急増の中で、最近の労働事件は、労働組合の組織率が毎年最低記録を更新し続けることもあり(平成12年6月の労働省調査で 21.5%)、従前のような産別単位や企業単位の大争議や企業別全体の組合活動に関連して発生するといったものが減少している。これに代わって、企業別労働組合らが関与しない、個人ベースや、個人加盟の一般労組・合同労組の単位での紛争が増加し、訴訟も一個人や個人加盟組合の支援の下での個人の訴訟や団交要求として提起されることが増えて来ている。典型的なものが、企業別労働組合が改正を認めた就業規則改正の効力を争う管理職の改正前の規定による退職金請求事件や、競業避止義務をめぐる事件などである。

(5) 個別的労使紛争への立法的対応の経緯
 以上のような状況下で、訴訟や集団的紛争化する前に、行政に持ちこまれる個別的労使紛争に関する労働相談件数も急増している。

 かくて以上のような個別的労使紛争を適確・迅速・簡易かつ公正に解決すべき法的枠組み構築の必要性への認識自体は、早くから政労使の認識の一致するところであった(平成10年10月15日付の労使関係法研究会「我が国における労使紛争の解決と労働委員会制度の在り方に関する報告」―以下、報告-等参照)。

 問題はそれをいかなる形で調整解決するかであり、報告は、[1]労働委員会活用案、[2]雇用関係委員会案、[3]労政主管事務所活用案、[4]民事調停制度活用案、[5]都道府県労働局案、[6]雇用関係相談センター案を併記していたが、概ね、旧労働省は[5]案を、経営側は[4]案を、労働側は[1]案を主張していた。

 このような経緯の中で、旧労働省は、平成12年8月25日、「簡易・迅速な個別的労使紛争処理システムの整備について」を公表し、上記[5]案の延長上に、紛争のより総合的な解決を図るため、都道府県ごとに設置されている機会均等調停委員会を紛争調停委員会(仮称)に改組し、調停の対象範囲を拡大するとともに機能の強化を図るべく個別的労使紛争の処理に関する法律案の作成に入った。又、旧労働省の調査によれば、労使のニーズにおいても、労使共に、概ね50%以上が、「あっせん」(労働行政機関が解決のための具体的改善について指導)や「調停」(労働行政機関が運営する調停委員会で円満な調停案を提示)による解決を、即ち、上記[5]案を基本的に希望している、とされ(平成12年9月25日付公表の「個別的労使紛争に係るニーズ調査結果について」参照)、かくて、後述の労使の意見調整による修正を経て、今般の個別紛争法の成立に至ったものである。

II 個別紛争法の概要

(1) 個別紛争法の主な内容
 以上の経緯で成立した個別紛争法(以下、法)の主な内容は、以下の通りであるが、手続きの詳細等は今後定められる省令によることとなる(法19条)。

[1] 目的(法1条)
 法は、労働条件その他労働関係に関する事項についての個々の労働者と事業主との間の紛争(以下「個別労働関係紛争」)について、その実情に即した迅速な解決を図ることを目的とする。 

[2]紛争の自主的解決(法2条)
 個別労働関係紛争が生じたときは、紛争当事者は、自主的な解決を図るように努めなければならない。

[3]都道府県労働局長による情報提供、相談等(法3条)
 都道府県労働局長は、個別労働関係紛争を未然に防止し、及び個別労働関係紛争の自主的な解決を促進するため、労働者又は事業主に対し、情報の提供、相談その他の援助を行う。

[4]都道府県労働局長による助言及び指導(法4条)
 a. 都道府県労働局長は、個別労働関係紛争に関し、紛争当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、必要な助言又は指導をすることができる。

 b. 但し、ここで助言・指導の対象になる紛争から、労調法6条に規定する労働争議に当たる紛争及び国営企業及び特定独立行政法人の労働関係に関する法律26条1項に規定する集団的紛争、均等法上の紛争も除かれる(附則5条、改正均等法12条)。

 c. 又、都道府県労働局長は、以上の助言又は指導をするため必要があると認めるきは、広く産業社会の実情に通じ、かつ、労働問題に関し専門的知識を有する者の意見を聴くものとする。具体的には、今後の省令により明らかにされる(法19条)。

[5]紛争調整委員会によるあっせん
 都道府県労働局長は、個別労働関係紛争について、紛争当事者の双方又は一方からあっせんの申請があった場合において、当該紛争の解決のために必要があると認めるときは、紛争調整委員会(以下、委員会)にあっせんを行わせる(法5条、詳細については2で後述)。

[6]地方公共団体の施策等
 a. 地方公共団体は、国の施策と相まって、当該地域の実情に応じ、個別労働関係紛争を未然に防止し、及び個別労働関係紛争の自主的な解決を促進するため、労働者、求職者又は事業主に対する情報の提供、相談その他の必要な施策を推進するように努める(法20条)。

 b. なお、国会での審議で、(ア)個別労働関係紛争を未然に防止し、個別労働関係紛争の自主的な解決を促進するため地方公共団体が推進するように努める施策として、あっせんを明記するものとすること、(イ)上記地方公共団体の施策として、地方自治法第180条の2の規定に基づく都道府県知事の委任を受けて地方労働委員会が行う場合には、中央労働委員会は、当該地方労働委員会に対し、必要な助言又は指導をすることができるものとすること、が追加修正された。

[7]船員に関する特例(法21条)
 船員職業安定法6条1項に規定する船員及び同項に規定する船員になろうとする者に関しては、「都道府県労働局長」に代わり「地方運輸局長(海運監理部長を含む)」が助言・指導等を行い、「委員会」によるあっせんは「船員地方労働委員会」とよりこととされ、特別な規定がおかれている(法21条)。

[8]地方公務員等への適用除外
 法は、国家公務員及び地方公務員については、適用しない。ただし、国営企業及び特定独立行政法人の労働関係に関する法律2条4号の職員、地方公営企業法 15条1項の企業職員及び地方公務員法57条に規定する単純な労務に雇用される一般職に属する地方公務員であって地方公営企業労働関係法3条2項の職員以外のものの勤務条件に関する事項についての紛争については適用される。

[9]不利益取扱いの禁止
 事業主は、労働者が法4条助言・指導等の援助を求めたこと(法4条3項)又は法5条のあっせん申請をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない(法5条2項)。

(2) 委員会によるあっせんの具体的内容</p>

[1]あっせんの委任
 前述の通り、都道府県労働局長は、個別労働関係紛争について、委員会にあっせんを行わせる(法5条)。但し、ここでのあっせん対象から、労働者の募集及び採用に関する事項についての紛争を除かれ、又、後述の通り、雇用機会均等法上の紛争に関しては、委員会によるが、ここでのあっせんではなく調停に委ねられていることに注意がいる(改正均等法12条)。

[2]委員会の設置
 委員会は、都道府県労働局に置かれ(法6条)、委員は学識経験者から厚生労働大臣が任命する(法7条)。

[3]あっせん手続
 a. あっせん委員は、紛争当事者の双方の主張の要点を確かめ、実情に即して事件が解決されるように努める(法12条)。
 b. あっせん委員は、紛争当事者から意見を聴取するほか、必要に応じ、参考人から意見を聴取し、又はこれらの者から意見書の提出を求め、事件の解決に必要なあっせん案を作成し、これを紛争当事者に提示することができる。但し、上記あっせん案の作成は、あっせん委員の全員一致による(法13条)。

[4]労使代表団体からの意見聴取
 あっせん委員は、紛争当事者からの申立てがある場合で、その必要があると認めるときは、当該委員会が置かれる都道府県労働局の管轄区域内の主要な労働者団体又は事業主団体が指名する関係労働者を代表する者又は関係事業主を代表する者から当該事件につき意見を聴く(法14条)。

[5]あっせんの打切り
 あっせん委員は、あっせんに係る紛争について、あっせんによっては紛争の解決の見込みがないと認めるときは、あっせんを打ち切る(法15条)。

[6]時効の中断
 上記(5)によりあっせんが打ち切られた場合、当該あっせんの申請をした者がその旨の通知を受けた日から 30日以内にあっせんの目的となった請求について訴えを提起したときは、時効の中断に関しては、あっせんの申請の時に、訴えの提起があったものとみなされる。これは、例えば、交渉中に、賃金請求権が2年間の短期消滅時効にかかる危険が大きいところから(労基法115条)、重要な規定である(法16条)。

[7]資料提供の要求等
 委員会は、当該委員会に係属している事件の解決のために必要があると認めるときは、関係行政庁に対し、資料の提供その他必要な協力を求めることができる(法17条)。

[8]あっせん状況の報告
 委員会は、都道府県労働局長に対し、厚生労働省令で定めるところにより、あっせんの状況について報告しなければならない。

(3) 労基法の紛争解決援助規定の削除
 労基法105条の3の定めていた紛争解決援助制度は、法の中の制度に統合され、同条は削除される(法附則2条)。

(4) 雇用機会均等法との調整に伴う同法の改正

[1] 機会均等調停委員会との統合
 雇用機会均等法上の、機会均等調停委員会の機能も、法に基づく委員会に統合される(法附則5条)。

[2]均等法上の紛争に関する指導・助言は均等法による
 均等法上の紛争に関する指導・助言は法によらず、従前と通り均等法の定めによることとなる(改正均等法12条)。

[3] 均等法上の紛争に関しては調停
 又、均等法上の紛争に関する紛争の解決に当たっては、委員会によることは同じだが、手続は法に基づくあっせんによらず、従前通り、均等法の定めによる調停によることとなる(改正均等法12条)。

III 法が利用される紛争はどんな場合か

(1) 原則はすべての個別労働紛争が対象
上記第2の法の概要で触れてきたように、法が直接適用対象とする紛争は、前述の公務員・船員等の適用除外又は均等法との調整を要する案件以外の、労働条件その他労働関係に関する事項についての個々の労働者と事業主との間の全ての紛争(個別労働関係紛争)ということとなる。

(2) あっせんでの対象の限定
但し、あっせん段階では、労働者の募集及び採用に関する事項についての紛争は除外されている。

(3) 実質的に利用される紛争は?
今までの労基法105条の3の紛争解決援助制度の運用実態や(平成12年7月3日発表の旧労働省の「紛争解決援助制度の運用状況について」等参照)、法による委員会の調査・勧告権限の不足(既に、立法準備段階で、あっせん案の勧告権すら持っていない等)、指導に強制力を持たせていないなど制度の性格からみて、実際に、法による指導・助言・あっせんに馴染み易い事案は、労働関係法令には違反していないが、労働協約・就業規則、個別労働契約の定めるところに反した行為が背景にある場合の紛争や、かなりはっきりした通説が確立しているのに、それに沿った取扱をしていないところから紛争になってしまっているようなケースが中心となろう。

IV 今後の労使紛争の展開

 前述の通り、激増する個別労働関係紛争に対して、今までは、わが国の現在の労使紛争処理システムは、集団的労使紛争の処理を中心に構築されており、個別的労働関係紛争の処理については、特定の機関や中立的な立場の組織体により、斡旋、調停、裁定等を下すシステムは用意されていなかった。法の用意した、あっせん制度は、未だそれらのシステム構築の端緒を得たに過ぎない。

 労使関係は、集団・個別の如何に拘らず、労使の企業内での自主的解決が基本であるが、労働組合が関係する集団的紛争については、従前通り、労働委員会による労調法に基づく斡旋、調停、裁定と労組法に基づく不当労働行為制度により、個別労働関係紛争に関しては、前述の「個別労働関係紛争処理システムのスキーム」の図解の通り、法に基づく助言・指導・あっせんを加えてその調整・解決が図られることとなった。

 注目すべきは、法の下でも国会での修正過程で確認された地方労働委員会の個別労働関係紛争への関与の動きである。既に、地方労働委員会の事務は、地方分権一括法の施行によって自治事務となったため、条例や規則による対応も可能となり、福島、愛知、高知の労働委員会は、全国に先駆けて4月1日から個別労働関係紛争に関する「あっせん」の取り扱いを始めている。

 もとよりいずれの紛争においても最終的には裁判所での決着が用意されているが、この点に関しても、現在の司法改革の中で、専門的な労働裁判所の構築が検討されており(菅野和夫「労働行政と労働裁判」労政時報635号1頁等)、この展開にも注目が必要である。

V むすび-法を踏まえた企業の対応
 

 最後に、むすびに代えて、法の成立・施行を契機として企業としては、紛争に至る前にどのような措置、配慮をすべきなのかを再確認してみよう。

 紛争の回避策として、先ず第1に強調すべきは、各企業における就業規則などの整備とその適切・厳正な運用、そしてその運用のツールとしての各種の書式や管理職研修などを踏まえた実施ノウハウの修得、そしてそのためのマニュアルなどの作成ということになる。

 というのは多くの労働判例の分析や案件の処理等を通じて実感していることだが、労働関係については、就業規則に書いてあれば、少なくとも法的トラブルについては有利な解決が得られる場合が実に多いのだ。

 ところが、現実には、多くの企業では、就業規則が無視されていたり、法律や判例の動きにまったく対応していないのは勿論、親会社などの規則の丸写しで各企業の実状に全然適合していないようなものがほとんどなのだ。従って、少くとも今後の紛争の回避や抑止、そして前述の新しい変化への対応という意味では、これらの制度的改革は不可欠なのだ。

 他方現実に生起しているトラブルについては、それが法律により解決されるのはむしろ異例で、法律を持ち出すことがトラブルを深刻化させることさえあるだろう。圧倒的多数のトラブルは人事・総務関係者の方々の大変な苦労に基く説得による話し合いによって解決されていることだろう。

 しかし、それらのトラブルが何時法的紛争に姿を変えるかは予測が付かない。又、その場合には、最終的には専門家の手に委ねられるべきものだろうが、日常的トラブルの場面での法律的見通しをある程度把握しておくためにも、又、初期の処置において致命的なミスを犯さないためにも、人事・総務関係者の方々がある程度まで、労働法関係についての基礎的知識を持っていることは必須のことと考える(拙著「社内トラブル救急事典」はしがき参照)。

 以上のポイントは、法によるあっせん等の新制度における紛争解決においても益々必要になっている。

 ちなみに、アメリカでは、とりわけ高級管理職の採用の際に、労働契約上の仲裁条項等にしたがって調整が図られ、個別的労使紛争が迅速、効果的に処理されている。

 我国でも、もとより企業内の自主的解決が基本であり、例えば、労使委員会(労基法38条の4)等による苦情処理機関の利用も検討されて然るべきであるが、弁護士会における仲裁センター等のいわゆるADR(裁判外紛争処理制度)の普及も進んでおり、労働契約の中に、個別労働関係紛争に関しては、それらの ADRへの仲裁条項や、従来からの民事調停を裁判前に前置する旨を義務付けたり、法や地方労働委員会へのあっせん前置規定を挿入することも具体的に検討されるべき段階に入ってきたようである。

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