能力を見込んでスカウトした部長に期待していた能力が不足していることが分かったら?
下位の職位への配置換えなどの解雇回避措置などをとることなく解雇が認められやすいが、まずは退職勧告から実施すべきだろう。紛争回避のためには、特定の職種や専門能力、経歴や管理能力を期待してそれを前提にしたキャリア採用をする場合には、採用時の労働契約や、その時の募集条件などに、それらの能力のあることが前提であり(できる限り数値化なども工夫して具体的に記載)、その発揮が条件で、それらの適格性のない場合には退職して貰う旨の特約を明記すべきだ。
解説:第3 能力・成果主義人事制度下でのスカウト人材の処遇
- I 能力前提のキャリア採用については判例でも特別な配慮
- 能力・成果主義人事制度の下では、従前の解雇の法理の適用が緩和され、解雇の正当性が拡大する可能性がある(土田・前掲季労185-19)。判例は、特定の職種や専門・高度の管理能力などを期待されて、それを前提としていわゆるキャリア採用(中途採用)した従業員がその期待された能力を持っていなかった場合の解雇については、年功制の下で、昇進の結果これらの地位に付いた従業員に対するのとは違った対応をしているようだ。例えば、(1)持田製薬事件・東京地判昭和62.8.24判時1251-133は、その勤務状況から、部長は、「マーケティング部を設立した会社の期待に「著しく反し、雇用契約の趣旨に従った履行をしていない」とし、更に「マーケティング部の責任者」として雇用されたので、解雇の場合も、終身雇用の下で昇進してきた従業員の場合に通常求められる解雇回避措置(下位の職位への配置換え等。拙稿「判例に見る業績悪化による整理解雇」ビジネスガイド537-30参照)義務まではないとした。又、(2)フォード自動車事件・東京地判昭和57.2.25労判382-25も、人事本部長として採用された者に対して適格性を欠くことを理由として、次のように比較的緩やかに解雇を認めた。つまり、ここでの採用は「人事本部長という職務上の地位を特定し」「特段の能力の存在を期待して中途採用した」雇用契約であるから、会社としては下位の職位への配置転換等による解雇回避措置義務まではなく、また適格性の判断も「人事本部長という地位に要求された業務の履行又は能率がどうかという基準でその適格性を検討すれば足りる」とした(同旨、上級幹部の本採用拒否を有効と認めた(3)EC委員会事件・東京地判昭和 57.5.31労判388-42や④同控訴事件・東京高判昭和58.12.14労民34-5=6-922参照)。
- II 不明確な期待能力基準は紛争の基
- しかし、(4)津軽三年味噌販売事件・東京地判昭和61.1.27労判468-6では、常務取締役・東京営業所長に対して、営業成績拡大の条件付きの採用であり条件が満たされなかったとしてなされた降格・賃金減額について、所長は、会社に常務取締役としてだけ迎え入れられたものではなく、むしろ主としては会社の従業員・東京営業所長として雇用されたもので、その際に約束した販売成績の上昇も具体的・確定的数字等で示され、これに達しない場合は会社が一方的に所長の労働条件等を不利益に変更することができるというほど具体的なものではなく、仮にそれほど重大事であれば、その旨を会社社長の作成した所長の労働条件等を記載した書面に具体的に記載すべきであるがそれが記載されていないので、所長と会社社長との合意は単に抽象的に会社の東京首都圏での販売成績を向上させるべく所長が努力することを約束した程度のものであった、とされ、元の地位に戻ることの確認が認められたことに注意が必要だ。
(C)2000 Makoto Iwade,Japan
ビジネス実務法務((株)中央経済社)2000年4月号掲載
ビジネス実務法務((株)中央経済社)2000年4月号掲載