法律Q&A

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ネット上に会社の中傷を書き込んだ社員を懲戒解雇できるか?

弁護士 中村 博(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2003.09.05

このたび、当社のある社員が、ネット上の掲示板に当社や上司に対する中傷を数回にわたって書き込んでいた事実が判明しました。本人は、「上司に怒られ、ムシャクシャして腹いせにやった」と言っています。このような社員を当社は懲戒解雇できますか。なお、当社の就業規則では、「会社の信用・体面を傷つけるような行為があった場合」には懲戒処分をすることが出来る旨を定めております。

本事案の社員の行為は、名誉毀損罪となり会社に対する誠実義務違反行為となることは明らかであり、回数も復数回にわたりその動機に酌量の余地もないことから、懲戒解雇処分が相当であると思われます。

1 私生活の非行と懲戒権
 多くの企業では、会社の名誉、体面、信用の毀損や犯罪行為一般を懲戒事由として掲げており、これらが、従業員の私生活上の犯罪その他の非行に発動される場合があります。しかし、労働契約は、企業がその事業活動を円滑に遂行するに必要な限りでの規律と秩序を根拠づけるに過ぎず、従業員の私生活に対する使用者の一般的支配権まで生ぜしめるものではありません。故に、従業員の私生活上の言動は、事業活動に直接関連するもの及び企業の社会的評価の毀損をもたらすもののみが企業秩序維持の為に懲戒の対象となるに過ぎず、通説・判例は、このような見地から就業規則の包括的条項を限定解釈し私生活上の非行に対する懲戒権発動を厳しくチェックしています。
2 判例の状況
 国鉄中国支社事件(最1小昭49.2.28民集28-1-66)においては、従業員の職場外の職務遂行に関係のない行為であっても企業秩序に直接関連するもの及び企業の社会的評価を毀損するおそれのあるものは企業秩序による規制の対象になると判示し、組合活動に関連した公務執行妨害行為を理由とする懲戒免職処分を有効とし、横浜ゴム事件(最3小昭45.7.28民集24-7-1220)は、深夜酩酊し他人の家に侵入し住居侵入罪として罰金に処せられた従業員に対する懲戒解雇を、行為の態様、刑の程度、職務上の地位などの諸般の事情から無効とし、更に、日本鋼管事件(最2小昭49.3.15民集28-2- 265)は、従業員が米軍基地拡張反対の示威行動の中で逮捕・起訴された事案につき、「従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない」という判断基準を示した上で、従業員3万人を擁する大企業の1工員のそのような行為が会社の体面を著しく汚したとは認められないと判示し懲戒解雇を無効としました。その後、関西電力事件(最1小昭58.9.8判時1094-121)は、社宅における会社誹謗のビラ配布行為につき、前述の国鉄中国支社事件の判示を踏襲し、同行為は従業員の会社に対する不信感を醸成し企業秩序を乱すおそれがあったとして、譴責処分の有効性を認めた。
3 従業員の非行行為の悪質性
 本事例の従業員の行為は、会社に対する明らかに故意に基づく誹謗中傷行為であり、ネット上の掲示板になした書き込み行為である以上、公然と事実を摘示し会社の名誉を毀損したと評価され、名誉毀損罪(刑法230条1項)が成立する可能性が著しく高く、このような行為は、従業員が負っている労働契約上の誠実義務に明らかに反し、上司から怒られたことにムシャクシャしたとの動機も何ら酌量の余地はありませんし、1度だけではなく復数回にわたり行っており、その悪質性は極めて高いといわざるを得ません。
4 結論
 以上を踏まえますと、本事案におきましては、会社とすれば、当該社員の行為の悪質性と会社に対する背信性に鑑み、当該社員を懲戒解雇としてもその相当性において問題ない事案と考えます。なお、懲戒処分後に更なる報復としての名誉毀損行為の継続的な発生が予想される場合には、当該社員に対してそのような名誉毀損行為の禁止を求める仮処分等の法的手段をとる必要があります。

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