法律Q&A

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給与の過誤払いがあった場合、返還を求めることは可能か

弁護士  木原 康雄(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2020年1月補正

先日、ある社員に対し給与を過誤払いしていたことが判明しました。2年間にわたり約30万円を上乗せ支給していたものです。本人に返還を求めたところ、「会社の責任において算定、支給されたもので、いったん支払いを受けた以上、返す義務はない」と応じません。そこでお尋ねですが、
[1]過払い部分について返還させることはできますか。
[2]給与支給時、本人に明細書等を確認させ、誤払いがないかの点検、および誤払いが判明した場合の申告を義務付けることはできますか。

過払い部分を返還させること、および過払いの点検・申告を義務付けることは可能

[1] 過払い部分の返還について
〔1〕返還請求の可否
 賃金が過払いされた場合には、使用者から過払いを受けた本人に対する不当利得返還請求権が生じます。使用者や給与担当者に過失がある場合でも構わないと解されています。

(1)本人が過払いを受けた事実を知らなかった(善意)場合
 この場合には、過払い部分の30万円だけを返還させることができます(民法703条)。知らなかったことについて本人に過失がある場合も含むと解されています。

(2)本人が過払いの事実を知っていた(悪意)場合
 この場合には、過払い部分の30万円に利息を付けて返還させることができます(民法704条前段)。利息は民法上は年5%とされています(民法404条。ただし、令和2年4月1日以降に利息が生じる場合は、改正民法404条2項により年3%)。ただ、不当利得は個々の過払い部分ごとに生じるものなので、例えば、毎月の過払い額ごとに、それぞれの支給時からの利息を計算することになるでしょう。
 また、実際にはあまり起こらないかと思いますが、過払いによって使用者に損害が生じた場合には、不法行為の要件を充足すれば、過払い部分及び利息の返還の他に損害賠償をさせることができる場合があります(民法704条後段、709条)。

(3)消滅時効
 労働者の使用者に対する賃金請求権(退職金請求権を除く)の消滅時効期間は2年です(労働基準法115条)が、使用者から労働者に対する過払い部分についての不当利得返還請求権の消滅時効期間は原則として10年となると考えられます(民法167条1項。ただし、令和2年4月1日以降に発生した不当利得返還請求権については、改正民法166条1項により、使用者が権利を行使することができることを知った時から5年、又は権利を行使することができる時から10年のいずれか早い方)。
 ただし、本人が過払いの事実を知っていた(悪意)場合の損害賠償請求権の消滅時効期間は、場合により3年または20年になります(民法724条)。

(4)給与担当者に損害賠償をさせることの可否
 給与担当者に故意または過失がある場合には、過払い部分等につき損害賠償をさせることができる場合があります(民法415条または709条)。
 ただし、これによって損害が補填されれば、その分、過払いを受けた本人に対して返還ないし損害賠償をさせることができる額も減る、ないしなくなることになるでしょう。

〔2〕賃金からの控除の可否
 では、返還させずに、今後支払う賃金から控除することは認められるでしょうか。

(1)賃金全額払いの原則
 労働者の経済生活の安定を確保する目的から、賃金は全額払いが原則とされています(労働基準法24条1項本文)ので、賃金から過払い部分を控除することはできないのが原則です。

(2)労使協定がある場合の例外
 ただし、過払い部分を賃金から控除するという内容の労使協定がある場合には、例外として控除が認められます(労働基準法24条1項ただし書き)。
なお、労使協定には、全額払いの原則違反による罰則を免れるという免罰的効果を超えて、控除を労働者に甘受させる私法上の効果はないので、労働協約や就業規則に控除の根拠規定を設けるか(労働組合法16条、労働契約法7条、10条)、当該労働者の同意を得る(労働契約法8条)ことも必要になります。
 また、労使協定を根拠に行う控除は、民事執行法152条1項及び民法510条に照らし、「賃金額」の4分の1が限度である、そして、この「賃金額」とは、通勤手当及び公租公課を除外した額であるとした裁判例(不二タクシー事件・東京地判平21・11・16労判1001号39頁)に留意する必要があります。

(3)本人の経済生活の安定を害さない場合の例外
 労使協定がない場合でも、賃金過払い分については、控除(相殺)の「時期、方法、金額等」からみて「労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合」には、後に支払われる賃金から控除(相殺)することができるものと解されています(福島県教組事件・最一小判昭44・12・18民集23巻12号2495頁)。
 具体的には、控除が「過払いのあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、また、あらかじめ労働者にそのことが告知されるとか、その額が多額にわたらない」ような場合です(前掲福島県教組事件)。結局、ケースバイケースで決することになるでしょう。
 ただし、このような控除(相殺)はあくまで例外ですから、許容されるかどうかの判断にあたっては、全額払いの原則の法意を害することのないよう、慎重な配慮と厳格な態度をもって臨むべきものであり、みだりに例外の範囲を拡張するようなことは厳につつしまなければならないものと考えられています(群馬県教組事件・最二小判昭45・10・30民集24巻11号1693頁)。
 時期について述べますと、先ほど不当利得返還請求権の消滅時効は10年(令和2年4月1日以降は5年)が原則であるとご説明しましたが、しかし、控除をする場合には迅速に行うことが大切でしょう。判例上、10月及び12月に支給された給与についての過払い部分を翌年の3月に支給する給与から減額した事例につき、減額措置が遅れた主たる原因が、事務担当者が減額自体をなすか否かあるいはその法律上の可否、根拠等の調査研究等に相当の日時を費し、あるいは他の所管事務の処理に忙殺されていた点にあったことからすれば、例外的に許容される場合に該当するものとは認め難く、減額措置は許されないとしたものがあります(前掲群馬県教組事件)
 また、4月から11月分の研究管理手当の過払い分30万3000円を12月分賞与63万1250円から控除(相殺)して32万8250円しか支給しなかったという事案で、日本システム開発研究所事件・東京高判平20・4・9労判959号6頁が、労働者が控除を了承していたとは認められず、上記のような控除をするとの慣行が成立していたとも認められず、控除額は賞与の約半額であって少額であるとはいえず、事前に控除の予告もなかったとして、控除は無効だとしていることも参考になります。

(4)本人の同意がある場合の例外
 もっとも、労働者がその自由な意思に基づいて控除(相殺)に同意した場合においては、その同意が労働者の自由な意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、相殺は全額払いの原則に反しないとする判例があります(日新製鋼事件・最二小判平2・11・16民集44巻8号1085頁)。
ただし、全額払いの原則の趣旨にかんがみると、同意が労働者の自由な意思に基づくものであるとの認定判断は、厳格かつ慎重に行わなければならないものとされています(前掲日新製鋼事件)。
近時でも、常務理事であったときに、回収困難となった取引先からの貸付金返済のために控除された金銭について、当該元常務理事の自由意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえず、労働基準法24条1項に違反するとして、不当利得返還請求が認容された裁判例があります(佐世保配車センター協同組合事件・福岡高判平30・8・9労判1192号17頁)。
 本人の同意がある場合には上記(2)(3)のような制限なしに控除が認められるとも思えますが、十分な説明と月々の控除(相殺)額の限定、相殺合意書の作成をするなど慎重を期すべきでしょう。

[2] 過払いの点検・申告の義務付けについて
 過払いの点検及び申告は、労働者の一般的義務としてもともと義務付けられているとも考えられますし、合理的な業務命令の一環とも考えられますので、その義務を改めて文書等で確認するという意味で義務付けることは差し支えないでしょう。
 ただし、これらの義務に違反した場合に懲罰等を設ける場合には、労働者に不利益を課すことになりますので、就業規則に定めることが必要となるでしょう(国鉄札幌運転区事件・最三小判昭54・10・30民集33巻6号647頁、フジ興産事件・最二小判平15・10・10労判861号5頁)。
労政時報第3488号(労務行政研究所)掲載の論考を加筆修正しています。

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