法律Q&A

分類:

アルバイトの突然死と安全配慮義務違反

弁護士 村林 俊行(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2005.09

問題

甲は、A社に勤務し雑誌の広告制作業務に従事していましたが、就職した日から約3ヵ月後に虚血性心疾患により突然死しました。甲は、A社における業務中、締切日による時間的制約があり、各制作期間の後半においては深夜にわたって残業することがありました。そのため、甲は、死亡前1ヶ月の時間外労働時間が120時間、死亡前1週間の時間外労働時間は50時間にも及んでいました。また、甲は、休日も直近1週間内においてはありませんでした。このような場合、甲の遺族は遺族補償給付等の受給はできるのでしょうか。また、甲の遺族はA社に対して、損害賠償請求ができるのでしょうか。

回答

 甲の遺族は、遺族補償給付等の受給をできる可能性が強い。また、甲とA社との雇用契約に付随する安全配慮義務の不履行を根拠として、損害賠償請求できる可能性が強い。
解説
1 新過労死認定基準
 過労死の認定基準については、平成13年に新しい認定基準が示されるに至っています(「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」平13・12・12基発1063号)。主な改正点としては、[1]脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として、長期間にわたる疲労の蓄積についても考慮すべきものとし、[2]長期間の疲労蓄積の評価期間を概ね6ヶ月とし、[3]長期の業務の過重性評価における労働時間の目安を示し、[4]業務の過重性評価の具体的負荷要因として、労働時間、不規則な勤務、拘束時間の長い勤務、出張の多い業務、交替制勤務、深夜勤務、作業環境(温度環境、騒音、時差)、精神的緊張(心理的緊張)を伴う業務等やそれらの負荷の程度を評価する視点を示しました。特に、[3]の労働時間については、発症前1~6ヶ月にわたって、1ヶ月当り概ね45時間を超える時間外労働が認められない場合は業務と発症との関連性が弱いが、発症前1ヶ月間に概ね100時間又は発症前2~6ヶ月間にわたって1ヶ月当り概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務との関連性が強いとの具体的基準を示しました。
2 安全配慮義務
 甲とA社とは、雇用契約関係にあります。このような使用者は、その雇用する労働者に対して、雇用契約上の信義則に基づいて従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うものと解されます(電通事件・最判平12・03・24 労判779号13頁、自衛隊車両整備工場事件・最判昭50・02・25  民集29巻2号143頁参照)。
3 本設問について
 本設問においては、甲はA社における業務中、各制作期間の後半においては深夜にわたって残業することがあり、死亡前1ヶ月の時間外労働時間が120時間、死亡前1週間の時間外労働時間は50時間にも及んでおり、休日日数も直近1週間内においてはなかったとのことですので、前記新過労死認定基準からするならば業務との関連性が強いものといえます。また甲は、A社に入社後3ヶ月しか経っておらず、日々慣れない業務遂行により精神的なストレスを受けていたものといえます。それゆえ、甲の発症と業務との間に相当因果関係が認められる可能性が強いので、甲の遺族としては、遺族補償給付等の受給ができる可能性が強いものと解されます。

 また、A社はその雇用する甲に対して、雇用契約上の信義則に基づいて、従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っているものと解されます(近時の判例としてはジェイ・シー・エム(アルバイト過労死)事件・大阪地判平16・08・30労判881号 39頁参照)。そして、甲は、前述の通り、日々慣れない業務を行うことにより精神的ストレスを受けながら、長時間の時間外労働及び休日労働を行い、疲労解消に必要十分な休息時間を確保できないまま業務に従事することを余儀なくされたことから、A社は安全配慮義務に違反していると解される可能性が強いものといえます。また、A社とすれば、この義務を履行していれば甲の死亡を回避することができたものと解されるので、A社の安全配慮義務違反と甲の死亡との間に相当因果関係を認めることもできるものと解されます。それゆえ、A社は甲の遺族に対して、その安全配慮義務違反と相当因果関係にある甲(又はその遺族)の損害(例えば、逸失利益、慰謝料等)について賠償する義務があるものと解されます。但し、甲の生活態度、性格、その他の素因等を理由として損害賠償額につき過失相殺により減額される可能性はあります。

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