法律Q&A

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過労自殺の労災認定基準

弁護士 松本貴志(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2020年2月

問題

従業員が過労やハラスメントなどの仕事上のストレスでうつ病になって自殺した場合、どのような基準で労災認定がなされますか。

回答

厚生労働省は、平成23年12月26日付け基発第1226第1号において、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(以下、「認定基準」と言います。)を公表し、令和2年5月29日付け基発0529第1号で認定基準を改正しています。したがって、現在は、改正後の認定基準に基づいて判断されます。
解説
1 業務起因性
 労災保険法に基づく保険給付を受けることができるのは、業務起因性のある災害に限られます。
 業務起因性、すなわち、「業務又は業務行為を含めて『労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあること』に伴う危険が現実化したものと経験則上認められること」が必要となります(菅野和夫「労働法〔第12版〕」649頁)。
2 自殺は「故意」による災害といえないか
 労災保険法第12条の2の2第1項は、労働者の故意による負傷、疾病、障害、死亡については保険給付を行わないと定めており、労働者が自殺した場合、同条項により、保険給付が行われないのではないかが問題となります。
 しかしながら、平成11年に発表された「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(以下、「判断指針」といいます。)や認定基準においては、業務によりうつ病や急性ストレス反応などの特定の精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、「故意」ではないと解するとしています。
3 自殺の業務起因性の判断基準
(1) 判例

 入社後1年に満たない段階で、初めての海外勤務で、勤務のストレスや仕事上のトラブルにより、赴任から約 1ヵ月後に宿泊していたホテル自室窓から投身自殺した事案について、労基署が、業務起因性はないとして労災保険給付を不支給としたのに対し、裁判所が、具体的事実から、入社1年未満の新入社員が置かれた状況としては過酷であり、強度の精神的負担を負っていたとして、労基署の不支給処分を取消した判例があります(加古川労基署長事件・神戸地判平 8.4.26・労判695-31)。
 また、ガソリンスタンドでの給油業務及び灯油の配達業務に従事していた労働者が、営業技術が必要でかつノルマの課される未経験の業務への配転後約4か月後に自殺した事案において、労基署が業務起因性を否定したのに対し、裁判所は、本件配置転換による業務内容の大きな変化から受けた心理的負荷は相当重く、ノルマによる心理的負荷は極めて大きなものであったこと等から、業務起因性を肯定し、労基署の遺族補償給付及び葬祭料不支給処分を取消した判例もあります(福岡東労基署長(粕谷農協)事件・福岡地判平20.3.26・労判964-35)。
 また、認定基準が公表された後の判例としては、コンビニエンスストアの店長として勤務していた者がレジの現金の持ち出すなどの異常行動を起こし、その後自殺した事案において、労基署は、遺族補償一時金等を不支給処分としたのに対し、裁判所は、まず一般論として、認定基準を参考としつつ、当該労働者に関する精神障害の発病に至るまでの具体的事情を総合的に斟酌するべきだとしています。その上で、当該事案においては、1か月の時間外労働時間が精神障害の発病前1か月前から3か月前までは平均して70時間程度、4か月前から6か月前までは80時間を超え、それ以前には約5か月にわたり毎月概ね月120時間を超え、期間によっては1か月160時間を超える場合もあったことや、売上げ等のノルマが設定され、店長がこれらの目標の不達成の責任を負わせられる可能性があることなどを指摘し、それぞれの心理的負荷の程度は、認定基準でいう「中」ないし「強」にあたるので、全体評価としては「強」に当たるとして、業務起因性を肯定しました(国・三田労基署長(シー・ヴイ・エス・ベイエリア)事件・東京高裁平28.9.1・労判1151-27)。
 そして、労災民事訴訟においても、長時間労働とうつ病との間の因果関係、及びうつ病と自殺との間の因果関係が認められた電通事件(東京地判平成8.3.28・労判692-12・最高裁は最判平成12.3.24・労判779-13)の出現により、過労自殺について、会社に安全配慮義務違反を理由に損害賠償責任を認める判決が多く出されています。例えば、自殺の1か月前に約96時間程度の時間外労働があり、採用後7か月で一般的に難易度の高い業務に従事していた労働者が自殺した事案において、裁判所は、電通事件を引用した上で、使用者(会社)には、労働者を管理するに際して業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷当が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがない注意する義務があると述べました。その上で、当該事案においては、会社は労働者の心理的負荷を軽減するための具体的、実効的な措置を講じておらず、上記義務に違反するとして、遺族による会社に対する損害賠償請求を認めました(医療法人雄心会事件・札幌高裁平25.11.21・労判1086-22)。

(2)認定基準

 認定基準は、「ストレス-脆弱性」理論と呼ばれる考え方に基づいて作成されています。この「ストレス-脆弱性」理論とは、環境由来の心理的負荷(ストレス)と、個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり、心理的負荷が強ければ個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こるし、逆に脆弱性が大きければ心理的負荷が小さくても精神的破綻が生じる、とする考え方です。そして、業務に起因する強い心理的負荷によって精神的破綻が生じた、つまり精神障害を発病したと認められる場合には、原則として精神障害の業務起因性を認められます。
 認定基準は、労災認定の要件として、[1]対象疾病に該当する精神障害を発病していること、[2]対象疾病の発病前おおむね6ヶ月の間に客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること(認定基準の別表1の「業務による心理的負荷評価表」により心理的負荷の総合評価が「強」と評価された場合には、[2]の要件を満たします)、[3]業務以外の心理的負荷(認定基準の別表2の「業務以外の心理的負荷評価表」の評価で、出来事の心理的負荷の程度を判断する)及び個体的要因(精神障害の既往歴やアルコール等依存状況等)により当該精神障害を発病したとは認められないことの3要件をあげました。そして、認定基準によると、心理的負荷の強度は、精神障害を発病した労働者がその出来事とその後の状況を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価します。「同種の労働者」とは、職種、職場における立場や職責、年齢、経験などが類似する人をいいます。
 上記の[2]の要件については、発病前おおむね6か月の間に、認定基準の別表1「業務上による心理的負荷評価表」の「特別な出来事」に該当する出来事がある場合には、それだけで心理的負荷の総合評価が「強」となり、要件を満たすことになります。「特別な出来事」とは、例えば発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような極度の時間外労働がある場合や、生死にかかわるような業務上の病気やケガをした場合などがこれに当たります。また、「特別な出来事」に該当する出来事がない場合には、発病前おおむね6か月の間に認められる業務による出来事がそれぞれ別表1のうちの「具体的出来事」のどれに該当するかを判断します。「具体的出来事」としては、例えば1か月に80時間以上の時間外労働を行ったこと、上司からパワーハラスメントやセクシャルハラスメントを受けたこと、会社から退職を強要されたことなどが挙げられています。そして、発病前おおむね6か月の間に認められる業務による出来事が、別表1の「具体的出来事」ごとに示された、心理的負荷の強度が「弱」、「中」、「強」に該当する具体例のうちのどれに該当するのかを判断します。
 関連しない複数の出来事がある場合には、出来事の数、それぞれの出来事の内容、時間的な近接の程度を考慮して全体の評価をします。例えば、心理的負荷の強度が「中」の出来事が複数ある場合には、近接の程度、出来事の数、その内容を考慮して、全体を「強」と評価できる場合もあります。他方、複数の出来事が関連する場合には、その全体を一つの出来事として評価します。
 [3]の要件について、別表2の「業務以外の心理的負荷評価表」は、心理的負荷の強度が強い順に、「Ⅲ」、「Ⅱ」、「Ⅰ」に該当する具体的出来事を挙げています。例えば、「Ⅲ」に該当する出来事としては、離婚又は夫婦が別居したこと、配偶者や子供、親、又は兄弟が死亡したこと、多額の財産を損失したこと、などが挙げられています。そして、「Ⅲ」に該当する出来事が複数ある場合などには、[3]の要件の充足性を慎重に判断することになります(以上の業務起因性の判断における「心理的負荷評価表」「業務以外の心理的負荷評価表」の詳細や「強」の具体的な認定の方法については、厚労省HP掲載の「精神障害の労災認定基準」を参照下さい)。

(3)結論

 労基署は、基本的には、認定基準に基づいて業務起因性を判断しています。
 一方裁判所も、労基署よりも広く当該事案における個別具体的な事情を考慮するものの、認定基準を参考にして判断がなされています。
 したがって、基本的には(2)に示した認定基準の考え方に沿って労災認定がなされると考えてよいでしょう。

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