法律Q&A

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危険負担とは?

弁護士 中村 博(ロア・ユナイテッド法律事務所)
1997年4月:掲載

隣家からの火災で納品予定の商品が焼失してしまった場合、誰がどのような形で責任を負いますか。

甲社は玩具メーカーですが、2日前の夜中に自社の倉庫の隣家からのもらい火で倉庫が焼けてしまい、本日乙社に納品予定の五月人形合計1000個が全て焼失してしまいました。甲社とすれば、どのように対応すればいいですか。

五月人形1000個が、特定物の場合および不特定物でも取立債務の場合であれば、甲社は乙社に代金請求できる余地があります。

1.危険負担とは?
 本設問で甲社が乙社に納品予定だった五月人形を焼失したことの責任を甲社自身の責任つまり甲社に過失があるとするのはちょっと無理そうです。もし甲社の責任で火災を発生させてしまったのであれば、甲社の責めに基づくものとして債務不履行の中の履行不能の問題となります(設問[1-2-3参照)。それでは、甲社の債務不履行責任はないとしても、乙社の代金支払業務が存続しているのでしょうか。つまり、甲社は人形代金を乙社に請求できるか否かが問題となるのです。
このように、売買契約のような双務契約(それぞれの当事者が互いに対価関係にある債務を負担することとなる契約のこと)を締結した後に、一方の債務が債務者の責めに帰すことが出来ない理由で消滅した場合に、対価関係にあるもう一方の債務はどうなるのかという問題を「危険負担」といいます。本設問でいえば、甲社の商品引渡義務が消滅することによりそれと対価関係にある乙社の代金支払義務はどうなるのかという問題です。
2.債権者主義と債務者主義
 我が国の民法は、危険負担について534条で契約の目的物が特定物である場合は債権者の負担(債権者主義)とする一方で、536条で不特定物である場合は債務者の負担(債務者主義)としています。つまり、特定物であれば買主が代金を支払い(代金支払義務は存続する)、不特定物であれば売主が代金を請求できない(代金支払義務は消滅する)とされているのです。なお、具体的な取引にあたり当事者が物の個性に着目して取引したものを「特定物」、そうでないものを「不特定物」といいます。
思いますに、双務契約におきましては、各債務は互いに牽連していますので、一方の債務が消滅すれば他方の債務も当然消滅するとするのが公平ですから、我が民法は、債務者主義が原則とし債権者主義を例外としていると考えることが出来ます。なお、債権者主義について今日の学説は、債権者主義の適用による結果の不公平さに鑑み、危険の移転時期を単に契約締結時とするのではなく、より具体的に目的物に対する支配ないしは利益の移転する時と解釈して、その適用範囲を制限しようとしていることに注意すべきでしょう。
3.不特定物の「特定」について
 不特定物の売買においては、同法401条2項により目的物が「特定」した後に履行不能になった場合には、債権者主義が適用されることになります。「特定」とは、一定の種類の物の中から一定の量が選び出されて給付の目的物が確定することを言い、これにより債務者の目的物調達債務が消滅し債務者の責任が軽減され、危険が債権者に移転されるのです。特定は「債務者ガ物ノ給付ヲ為スニ必要ナル行為ヲ完了」することによって生じますが、履行場所と関連して次のように3つの場合が区別されています。

(1)目的物を債権者の住所で引渡すべき場合(持参債務)
目的物が債権者の住所に到達し債権者がいつでも受領することが可能な状態におかれた時

(2)目的物を債務者の住所で引渡すべき場合(取立債務)
債務者が目的物を分離し、債権者の取立があれば直に引渡し可能な状態において、その旨を債権者に通知した時

(3)上記以外の第3地において引渡すべき場合(送付債務)
第3地における履行が債務者の義務である場合は1と同じであり、債務者の好意による場合は2と同じ。

対応策

まず、契約の目的物が五月人形で新品だと思われますので、不特定物売買と考えられます。
従って、「特定」が生じていない限り、原則どおり債務者主義の適用により乙社の代金債務は消滅し甲社の乙社に対する代金請求は認められないことになります。 では「特定」は生じていないのでしょうか。本設問では履行場所が明らかではありませんが、持参債務であれば特定が生じていないことに疑いはありませんが、取立債務であれば「特定」が生じていることが考えられます。引渡の2日前であれば、通常は引渡の準備をして相手方にその旨を伝えることは十分に考えられることだからです。
従って、取立債務の場合は、甲社としては出来うることは全てやったのであるから、債権者主義の適用により危険が乙社に移転してしまい、甲社は乙社に対して代金請求できる可能性が高いということになります。なお、この五月人形1000個がこれら以外に存在しないような種類のものであり、これらが全部焼失したという場合であれば、特定物売買と同様に扱われ、債権者主義により、取立債務だろうが、持参債務だろうが、甲社は乙社に対して代金請求できることになりますのでご注意下さい。

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