法律Q&A

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指示違反の仕事と賃金

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000年11月:掲載

従業員が上司の命じた業務をしないで他の仕事をしていたのに賃金を支払って欲しいと言ってきたら?

A社の従業員Bは、上司が近郊の取引先に出向いて売掛金を回収して来るように命じたのに、「今日は雨が降りそうだからイヤです。」とこれに応ぜず、丸一日の間特に急ぎでもない伝票の整理をしていました。上司としては、腹が立ち業務命令違反として何らかの処分をしようと思っていた矢先、Bは上司に対して「この日の賃金は当然支払って貰いますよ」などと言ってきました。A社はこのような勝手な要求に応ずる必要があるのでしょうか。

指示以外の仕事は「労務の提供」ではありませんから賃金の支払いに応ずる必要はありません。

1. 賃金は指揮命令に従った労務に対してだけ支払えばよい
 従業員が会社に賃金の支払を請求できるのは、労働契約に従って、労務というサービスを提供する対価としてです。労務というサービスは、従業員が勝手に考えて行うものではなく、会社、具体的には上司の、業務の内容・遂行方法、場所、時期などに関する指揮命令に従って、機械的にではなく、誠実に行うべきものです。その指揮命令が具体的になされることもあれば、一定のマニュアルや目標に従って従業員のペースで行うことができる場合もありますが、いずれの場合も、上司の指揮命令に従った労務を提供することが前提です。この場合初めて労務の提供が労働契約の債務の本旨に従った履行といえます。
従って、もし従業員が上司の指揮命令に違反してことさら指示された以外の業務に従事しても、それは債務の本旨に従った労務の提供とはならず、賃金請求権はないことになります。
裁判所の判断も同じです。例えば、営林署の作業員が署長から命ぜられた架線作業に従事せず、指示外の土場の清掃などの業務に付いたり(多良木営林署事件・福岡高判昭和56・12・6労経速1180-11)、指示された外勤作業に従事せず内勤業務に付いたりした場合について(水道機工事件・最一小判昭和60・3・7労判449-49)、新幹線の運転士が指示に違反し減速運転した場合(JR東海事件・東京地判平成10.2.26労判737-51)、いずれも会社に賃金支払義務はないとしました。
2.賃金カットには今までの時間管理の仕方が影響する
 但し、注意が要るのは、会社において遅刻や欠勤ついて従来も就労しなかった時間に応じた賃金カットをしていないような場合には、突然その日の労働について賃金カットをすると問題となることがあります。特に従業員の業務命令違反が労働組合絡みでなされているような場合は注意が必要です。又、そのような場合にも、懲戒処分としての減給はあり得るのですが、減給の場合は労基法91条により半日分の賃金減額しかできないので要注意です。従って、従前からの信賞必罰を徹底すべきです。
3.外見的にはいつもの仕事をしている時の対応上の注意
 又、従業員が実際にしていたことが会社の業務にまったく関係ないなら別ですが、外見的には普通その従業員の仕事の範囲とされている業務であった場合には、次の二点に注意が必要です。先ず、上司が別の業務を命じた際には、従業員がしていた業務については会社の業務としては認めないという意思を証拠上も明確にしておくことです。必要となれば、証人とする上司や部下を立会わせたり、文書による命令も必要です。そうでないと社員のしていた業務について黙示の承認、つまり「命令の黙示の撤回があった」などと主張される危険があるからです。もう一つの問題は、今まで明確になっていない問題なのですが、命令違反の従業員が従事していた業務が少なくとも会社にとって有益な業務であったとき(例えば、ソフトの制作でも、伝票の整理でも同様)、会社の得た利益について従業員は会社に対して何らの請求権を持たないか、という問題です。会社に利益が生まれている以上、民法702条の事務管理に基く費用償還請求権や同703条の不当利得返還請求などを主張される可能性はあります。しかし、通説によれば費用償還請求権の主張の成り立つ可能性は少ないし、その利益・損害の証明も難しいのです。仮に、できたとしても、当然には、問題の従業員の賃金を基準とすることにはならず、実際になされた命令以外の業務に対応した最低限の賃金相当分(例えば、最賃法の1日当たりの最低賃金)を費用として補償するということに留まるでしょう。しかもその支払について労基法上の規制や保護は適用されません。

対応策

以上の通り、A社はBに対して、今までも欠勤による賃金カットがなされているような会社であれば、当日の命令外の業務に対する賃金を支払う義務はないことになります。万が一、Bが事務管理の費用請求等を求めてきた場合にも、最低賃金の補償に留めたり、懲戒処分としての半日分の減給や賞与査定での欠勤分の考慮等により、対応することができます。

予防策

就業規則や給与規程に、欠勤、遅刻などに対する賃金減額を明記し、これを実行しておくこと、そして、命令に従わなかった場合には、後日の証明の困難を避けるため書面により業務命令を出すこと、できれば命令に違反した社員の業務を受領しないことを確認するため帰宅させるなどの措置も必要となり、それらの対応等についてのマニュアルなどを管理職レベルで作成しておく必要があるでしょう。なお、懲戒処分については設問10-5-2で触れます。

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