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慣行による退職金

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000年11月:掲載

従業員が退職金制度がないのに前に辞めた人と同じように世間相場並の退職金を支払って欲しいと言って来たら?

A社では退職金規程を定めていなかったのですが、今まで長期間勤めて退職した人の中で特に精勤者と認めた何人かには、社長がその人の会社への功績を考慮して、退職金という名目でお金を支払ったことがありました。その時の額は勤務年数に応ずることもありましたが、同年令の中小企業の退職金相場によることもあり、まったく基準なく支払うこともありました。そんなA社で5年間勤務していて先輩への退職金の支払を見ていた従業員Bが退職することになったところ、BはA社に対して「自分にも前に辞めた人と同じように退職金を支払って欲しい」と言って来ました。A社としては、Bの勤務振りから退職金の支払の必要はないと考えていましたが、こんな場合にも退職金をBに支払う必要があるのでしょうか。

退職金の支給と支給基準が慣行化していない限り支払う必要はありません。

 結論としては、退職金は退職金規程などにより労働契約の内容として特別に合意されていない限り支払うべき義務はないのですが、退職金の支払が労使慣行と言える程度まで定着化しているような場合には微妙となります。
1.退職金規程などに基づくのが原則
 退職金については、労基法15条1項、89条1項3号の2、労基則5条1項4号の2により、退職金の定めをする場合は、退職金の計算方法などに関する事項を労働契約の締結の際に明示し、就業規則に規定しておかなければならないとされていることもあり、今日多くの会社では退職金規程などにより、制度化されています。しかし、中小零細の企業では、規程などがなく設問のように、支給するかどうか、支給する場合の基準もすべて社長の裁量(腹の内)次第というような退職金もあります。このような退職金の場合には、その性質は労基法11条に言う賃金ではなく、任意的恩恵的給付などと言われています。裁判所も、退職金請求権は使用者がその支給の条件を明確にして支払を約束した場合に初めて法的な権利として発生するものであって、就業規則に退職金の定めがなく、退職金を支払った事例もない場合には、口頭で「労に報いる」と言っても退職金請求権は発生しないとしています(北一興業事件・東京地判昭和59・2・28労経速1184-21)。
2.例外的に慣行による退職金もあります
 しかし、そのような会社でも、実際には、設問のように、長期の精勤者に対しては、一定の退職金が名目は餞別などと称されていたとしても、支給されていることが多いのです。問題は、そのような取扱いをしている場合に、退職金が一種の労使慣行と言われるようなものとして、暗黙の内に労働契約の内容になってしまい、支払いを義務付けられることがあるのかどうかということです。一般的には、懲戒解雇された場合やそれに当る場合の退職など、退職金制度を置く会社でも不支給とされるような例外的な場合を除いて、一定の年数を勤務した従業員にはほぼ退職金が支給され、その額も退職時の賃金・勤続年数や世間相場(例えば、中小企業の退職金に多く見られる、「基本給×0.7×<勤続年数-3>」などの基準)にほぼ準拠して支給され、そのような取扱が少くとも数年以上にも亘り継続しているような場合には、そのような内規がある場合は勿論(内規による退職金の支給慣行が確立していたとして退職金の支払を認めた近時の例として、吉野事件・東京地判平成7・6・12労判676-15)、文書がなくても、労使間には黙示に慣行に従った退職金の支払に関する合意があったと認められる可能性があります(慣行による退職金の支払を認めた例として、宍戸商会事件・東京地判昭和48・2・27労経速807-12、日本段ボール研究会事件・東京地判昭和51・12・22判時846-109等)。

対応策

以上によれば、設問では退職金の支払が労使慣行と言える程度まで定着化していたかどうか微妙ですが、今まで支給されるのが原則で、支給されなかった場合は前に触れたような特別の場合だけとされていれば、慣行としての以前の先例に沿った退職金の支払いが必要となることがあります。しかし、そのような原則はなく、数としても退職金が支払われない方が圧倒的に多いような場合には、退職金に関する慣行があるとは言えず、支払義務はないこととなるでしょう。

予防策

今後も退職金を制度化したくない場合には、慣行化しないように、今までの支払状況をよく整理しておき、従前の支払の特殊性を弁明できるようにしておかなけばなりません。しかし、最近、労働力の流動化促進の観点から見直し(退職金制度が労働者を企業に過剰に縛り付けていると言う議論)があるとは言え、現在の人事・労務管理の主流からすれば、退職金制度を整備し、これを中小企業であれば、中小企業退職金共済制度などへの加入により、大企業であれば、適格者退職年金制度、401K等により整備して行くことこそ求められているでしょう。但し、これらの制度では、退職金の全額没収は原則としてできないこととなっており、これでは懲戒解雇の場合の制裁的効果が弱まるため、この効果を狙う場合には、退職金を、中小企業退職金共済制度等の支給額のみによることは避けたいものです(設問10-5-2参照)。

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