法律Q&A

分類:

出勤時刻と始業時間の間の法的取り扱い

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2011年09月:掲載

遅刻の常習者に対し,始業時刻の30分前までの出勤を指示した場合,出勤時刻から始業時刻までは労働時間となるか?

当社の始業時刻は午前9時ですが,「寝坊した」「電車が遅れた」等を理由に,5~10分程度の遅刻をする者が絶えません。そこで,一定回数以上遅刻をした者に限定して,始業の30分前(8時半)を出勤時刻と定め,同時刻までに出勤するよう指示したいと思います。そして,出勤後,始業時刻までは自由時間とする一方,出勤時刻までに出勤しなかった場合は,昇給または賞与の査定に反映させる考えです。この30分間は労働時間として取り扱うべきでしょうか。

一般に,始業時刻までが実質的に自由な時間で,出勤時刻への遅れに対する不利益が,昇給等の査定の一要素にとどまる場合は,労働時間に当らないと解されるが,出勤時刻と始業時刻の間隔はあまり長くならないようにすべき。

1.お尋ねにおける出勤時刻から始業時刻までの時間のとらえ方
①休憩時間と言えるか
まず,ご質問では,(指示による)出勤時刻から始業時刻までは自由時間とされていますが,これは「休憩時間」と言えるでしょうか。少なくとも,この時間帯は,労基法34条1項の休憩時間には当たりません。同項の休憩時間は,「労働時間の途中に与え」るものとされており,お尋ねにある,出勤時刻から業務開始前までの自由時間は,これに当たりません(東京大学労働法研究会編『注釈労働基準法』〔有斐閣〕下巻577頁)。

②「労働時間ではない」と言えるか
例えば,店員が顧客を待っている間の,いわゆる「手待時間」は,その間,特に実作業を行っていなくとも,一般に労働時間に当たると解されています(すし処「杉」事件・大阪地判昭和56・3・24労経速1091号3頁,山本デザイン事務所事件・東京地判平成19・6・15労判944号42頁等)。
ご質問のケースでは,出勤を命じた時刻から始業時刻までの30分間は「自由時間」とされていますので,出勤時刻を守って出勤した後は,本人の業務開始が始業時刻に間に合う限り,出勤~始業時刻までの時間の自由な使用が保障されていることから,少なくとも「手待時間」には当たらないと言えるでしょう。そうすると,本ケースにおける始業時刻までの時間は,労働時間ではないとみてよいようにも思われます。逆に,指示された時刻に出勤した社員が,一定の場所で待機させられ,始業時刻までの時間中,労働契約に基づく義務として,実作業の準備等を命じられた際,直ちに相当の対応をとるよう義務づけられているような場合は,労働時間と判断されることになります。
ただし,お尋ねの後段には,「出勤時刻までに出勤しなかった場合は,昇給または賞与の査定に反映させる」(=同時間に在社していなければ,不利益措置の対象となる)とありますので,この30分間の労働時間性を判断するには,さらにこの点につき検討することが必要です。

2.出勤時刻への遅れに対する不利益措置をどう考えるか
お尋ねの”(指示された)出勤時刻までに出勤しなかった場合,昇給または賞与の査定に反映させる”措置は,同時刻への遅刻に対する一種の制裁とも解されます。この点,『平成22年版 労働基準法・上【労働法コンメンタール3】』(厚生労働省労働基準局編,労務行政刊)によれば,労働時間該当性の判断要素として,次のような考え方が示されています(同書402頁)。
(工場の門から作業現場まで,相当の距離があるケースにおいて)労働時間の始期につき,入門時刻への遅れに対して減給その他の制裁措置がとられているような場合,入門時刻が「遅刻」認定の時点とされ,同時点をもって,労働者は使用者の指揮監督下(支配下)に入ったものとして,「労働時間」の起算点とみるべきである。
しかし,裁判例には,以下のように判断し,入門時刻から始業(作業開始)時刻までの時間の労働時間性を否定したものがあります(有力学説もこれを支持〔土田道夫『労働契約法』[有斐閣]281頁〕)。
■住友電気工業事件・大阪地判昭和56・8・25労判371号35頁)
【事案の概要】工場勤務につき,「8時20分:入門打刻,8時30分:始業」などの労働時間制がとられていたケースで,①原告らに対し,始業時刻前にラジオ体操への参加が義務づけられていたこと,②始業時刻前に,作業服・安全靴・ヘルメットの着用,作業の引き継ぎ等がなされていたこと,③入門時刻に遅れた場合には,遅刻として扱われ,昇給・昇格上の不利益,一時金支給に関する不利益措置(遅刻等3回で欠勤1日とみなす)が講じられていたこと──等を理由に,原告らの労働時間は,「入門打刻の時刻である8時20分から計算すべき」と主張して,会社に割増賃金と同額の付加金の支払いを求めたもの。
【判断概要】①②は「労働者に義務づけられたものではない」としつつ,③については,
・入門時刻から始業時刻までの時間につき,従業員を指揮監督下に置き,現実の労働の提供ないしはその時間において,いつでも労働の提供が可能となるよう準備させるなどの,その時間が実質的に労働時間であると言えるような要素がない限り,入門時刻は,いわば集合時刻にすぎない。本件では,こうした点を認めるに足る証拠はない
・打刻時刻を遵守しなかったことに対する不利益扱いは,いわば集合時刻を遵守しなかったことに対するものにすぎず,労働を提供しなかったことに対する制裁とは異なる
──とし,「入門時刻から作業開始時刻までの時間は労働時間に当たらない」と結論づけた。

対応策

ご質問における(指示による)出勤時刻と始業時刻の間隔は30分と,上記裁判例の事案(10分)と比較して長く,厳密な判断は難しいところですが,前述のような「減給その他の制裁措置」(前掲『平成22年版 労働基準法・上』同部分)までの不利益はなく,社員の時間の使い方が事実上自由で,昇給等の査定の一要素にとどまる限りは,労働時間には当らないものと考えます。
ただ,出勤を始業「30分」前とする必要性がどの程度あるか(=10分前,5分前とする余地の有無)については,今回の措置の趣旨等に照らして判断すべきであり,現実に労働者に与える不利益を考慮すると,出勤時刻と始業時刻の間隔を不用意に長く,あるいは恣意的に設定することは避けるべきでしょう。

予防策

ご質問に対する法的解釈は以上のとおりですが,個別具体的な事案については,事業所を所轄する労働基準監督署が判断することになっていますのでご留意ください。
また,実際に,お尋ねのような制度を新たに設ける場合,通常は,就業規則を変更する必要が生じ,これには労働者の個別同意が前提となります。これが得られない場合,就業規則の不利益変更(労働契約法9条・10条・11条)の問題をクリアする必要があることに留意が必要です(不利益変更については,第10編第4章「就業規則の改正による週休二日制の導入に伴なう時間延長と変形労働時間制」 、詳細は岩出誠「実務労働法講義〔第3版〕」上巻[民事法研究会・平22]110頁以下等をご覧ください)。
勿論、根本的予防策は、かかる変則的な規定に頼らないような人材の確保と指導・育成が基本です。

身近にあるさまざまな問題を法令と判例・裁判例に基づいてをQ&A形式でわかりやすく配信!

キーワードで探す
クイック検索
カテゴリーで探す
新規ご相談予約専用ダイヤル
0120-68-3118
ご相談予約 オンラインご相談予約 メルマガ登録はこちら