法律Q&A

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退職後の不正行為の発覚と懲戒処分の社内外への公表

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000年10月:掲載

従業員の退職と退職金の支払後に横領が発覚したら?

A社の経理部の従業員Bが親の介護を理由に充分な引継ぎもなく突然退職しました。10年以上の勤務であったのでBは退職金も数百万円もらって辞めました。ところが、後任者のCが帳簿を整理し、取引先との引継ぎの打合せなどをしていると、帳簿に乗っていない細かな取引先からの入金があり、これをBが横領していたことが分りました。その金額は合計すると1000万円を超す金額になることが分りました。A社としてはBに対してどんな措置を取ることができるでしょうか。例えば懲戒解雇にしたことを社内外に公表できるでしょうか。又、退職金はどうなるでしょうか。

横領金の損害賠償に加えて、返還規定などがある場合には、退職金の返還を求めることもできる場合があります。

 設問のように不正行為が従業員の退職後に発覚することは良くあることです。しかし、退職後のことのため、懲戒解雇の処分もなく、退職金は支払われてしまっています(退職届受理後に懲戒解雇・退職金不支給事由が発見された場合に退職金の請求を認めなかった例として大器事件・大阪地判平成11.1.29労判 760-61)。
1.損害賠償
 先ず、損害賠償請求をすることができることは当然です。設問の場合でも横領金の賠償請求ができます(請求額の範囲などについては設問10-5-3参照)。
2.退職金の返還
 次に、退職金については返還を請求することができる場合があります。第一は、返還規定がある場合です。例えば、「退職後に懲戒解雇理由あることが判明した場合には支払済の退職金の全部または一部の返還を求めることがある」などの返還規定があってこの規定による場合です。第二は、懲戒解雇の場合について就業規則などに退職金の全部又は一部の没収の規定があり、退職後に懲戒解雇理由が発覚した場合で本来懲戒解雇規定の適用があって退職金の支払いを受ける地位になかったにも拘らず、退職者が真の退職理由を秘して退職金の支給を受けた場合で、会社に退職金相当額の損害を与えこれを不当に取得したものとして民法703条の不当利得返還請求権により返還を求める場合です(福井新聞社事件・福井地判昭和62・6・19労判503-83)。第三は、退職が次の設問9-5-4で触れる雇用契約の合意解約とされる場合に、退職金の取得が、退職者の不作為による詐欺として、民法709条の不法行為や誠実義務違反の債務不履行に基づく損害賠償請求により同額の賠償を求める場合などです。
3.懲戒解雇
 問題となるのは、退職者に対して後から懲戒解雇ができるかという問題です。原則としては既に退職して雇用関係にない者に対してそれを前提とした懲戒解雇処分はあり得ないことになります。仮に行っても、それは単に退職者に対し、懲戒解雇という不名誉なレッテルを後から貼るだけで法的な意味合いは余りないものとなります。しかし、法的にも意味のある退職後の処分が理論的にまったく不可能かと言えばそうではありません。理論的には、合意解約による退職が、上記の詐欺による取消(民法96条)や錯誤による無効(同法95条)などとされるような場合には雇用契約は有効に存在していることとなるので、懲戒解雇は可能ということになります。
4.懲戒処分の社内外への公表
 ところで退職後の懲戒解雇は多くの場合A社のBへの報復的意味合いが強く、A社がBに対する懲戒解雇したというレッテルを社内外に文書等で公表することが多いようです。そして紛争はむしろこのことから発生することがあります。この点について、会社が、従業員を懲戒解雇した旨、あるいは、背任行為により懲戒解雇し、目下業務上横領で告訴中である旨を記載した文書を取引先、銀行等に発送しただけであれば、それは従業員の会社を誹謗する言動等に対応するものであり、文書の記載内容も真実に反せず、その言辞も特に不穏当とまで認められず、郵送先も会社関係者だけであること等からすれば、会社の右行動は、違法とまでは認められないとされていますが(日本非破壊検査事件・東京地判昭和55・4・28労判341-61)、しかし他方で、新聞発表したり(日星興業事件・大阪高判昭和50・3・27判時782-48)、表現について、過激になると慰謝料の問題を起こすことがあります(泉屋事件・東京地判昭和52・12・19労判304-71)。

対応策

以上のように設問の場合も、A社はBに対して横領金の損害賠償請求、退職金の返還請求を求めることができる上、退職時のBの態度によっては、退職について詐欺による取消や錯誤による無効を理由として懲戒解雇を行うこともできます。懲戒処分のこのような公表については、A社関係者に対してに留め、社内外を問わず、公表の必要がある程度で、必要最小限の表現を用い、かつ、Bの名誉、信用を可能な限り尊重した公表方法を用いて事実を有りのままに公表するものに止めるべきでしょう(前掲泉屋事件)。

予防策

第一の方法は、就業規則で定めることとなっている労基法89条1項3号の2による退職金支払期限を、不正行為などの発見のための調査期間をおいて退職後数ヵ月位に設定しておくことです。第二は、退職金支払後に懲戒解雇理由などの発覚した場合に備えた支払済の退職金の返還規定をおくことです。第三に、第二と同様の場合に懲戒解職処分の公表が社内外に対してあり得ることを明記しておくことも考えられます。第四に退職時に退職理由を曖昧にさせないで、明確な文書で書いて貰い、後日の退職者の虚偽申告を立証し易いようにしておくことも必要です。

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