法律Q&A

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退職願の撤回

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000年10月:掲載

従業員が一度提出した退職願を撤回したいと申し出て来た場合には?

A社の従業員Bが独立して会社を作りたいと人事部長Cに退職願を提出しました。Cは独立の場合の困難さを説明して慰留しましたが、Bがこれを聞き入れなかったので、Cはこの辞職願を正式に受理して、このことを社長にも報告して直ちにBの後任者のための人事異動の準備を進めました。ところが、Bは翌日になり、銀行の友人に聞いたら景気も悪く、独立の時期ではないと言われたので退職願を撤回したいと言ってきました。A社はどのような対応ができるのでしょうか。

退職の承認権限のある者が受理している場合には、撤回に応ずる義務はありません。

1.「退職願」には二つの場合がある
 従業員の「退職願」は、例外的に、それが会社の都合などまったく関係なく退職願に記載された退職日付に「なりふり構わず退職するという強引な態度」である場合、労働者による一方的な解約とされます。この場合は、就業規則に特別な定めのない限り、通常は民法627条1項に従い、2週間前などの必要な予告期間をおけば労働契約は終了することになります。

 しかし、一般の退職願は、このような一方的な解約ではなく、会社に対する労働契約の解約に関する申込みの意思表示であると考えられ、会社の承認(承諾)がなされるまでの間は撤回できると考えられています(昭和自動車事件・福岡高判昭和53・8・9労判318-61、白頭学院事件・大阪地判平成 9.8.29労判725-40)。そうするとどんな場合に退職願への承認があったとされることになるかが問題となります。この点について、大隈鉄工所事件・最三小判最判昭和62・9・18労判504-6は、次のような判断により、人事部長による退職願の受理を承認の意思表示として撤回を認めませんでした。つまり、「私企業における労働者からの雇用契約の合意解約申込に対する使用者の承諾の意思表示は、就業規則等に特段の定めがない限り、辞令書の交付等一定の方式によらなければならないというものではな」く、会社の職務権限規程によれば「人事部長の固有職務権限として、課次長待遇以上の者を除く従業員の退職願に対する承認は、社長、副社長、専務、関係取締役との事前協議を経ることなく、人事部長が単独でこれを決定し得ることを認めた規定」があり、人事部長には「退職願に対する退職承認の決定権があれば人事部長が退職願を受理したことをもって雇用契約の解約申込に対する会社の即時承諾の意思表示がされたものというべく、これによって雇用契約の合意解約が成立したものと解するのがむしろ当然である」としました。
2.退職願いの受理権限の有無が決め手
 結局、退職願を受け取った者が、退職の受理(退職の承認)の権限を持つかどうか、そしてそれを正式に(いわゆる「預り」でなく)受け取ったかどうかが決め手となる訳です。例えば、上記最高裁判決後でも常務取締役観光部長には単独で退職承認を行なう権限はなかったとして常務による退職願の受理の翌日になされた退職願の撤回が有効と認められた例も出ています(岡山電気事件・岡山地判平成3・11・19労判613-70)。
3.退職願提出後の時間の経過
 なお退職願の撤回が認められるかどうかの要素として、退職願提出後の時間の経過が大きな意味を持つでしょう。なぜなら、相当期間経過後に退職願が撤回されたりすれば、会社としても後任者の手配などを済ませた後ともなりかねず、玉突き的な影響を各所に及ぼし、経営上重大な支障が出るおそれがあるからです。
4.退職時の状況も重要
 又、実際の事件では、退職時の状況によって退職願を出したことが会社の強要によるものとか、詐欺による取消又は錯誤により無効となるものなどとされることもあるので要注意です(ニシムラ事件・大阪地判昭和61・10・17労判486-83等)。

対応策

設問の場合は上記最高裁判決の場合以上に社長の承認までそろったケースです。法的には、Bの退職願の撤回を認める必要はないことになります。但し、実務的な対応としては、上に触れたように未だ退職願を提出して時間的経過も少ないので人事異動上の支障も少ないことが予想され、Bが優秀な人材であり慰留していたこととのバランスからも撤回を認めることも許されて良いでしょう。しかし、この場合には、今後の退職勧奨による退職願の場合にも翌日の撤回を認めざるを得なくなるリスクを覚悟すべきです。又、設問とは異なり時間的な経過により撤回を認めることが人事異動上の支障をもたらす危険のある場合には、認めるべきではないでしょう。

予防策

 裁判例によると、退職願の取扱いに関するルール、各管理職の職務権限などを明確にしておくことがどうしても必要となります。又、単なる「預り」でなく正式な受理・承認であることを記録上も残すために、日付入りの受理・決裁印や、退職者への受取り通知と、その受領印を取っておくことなど、基本的には合意解約の意思表示が文書などの記録によって証拠固めできるような体制を作ることが必要です。
 なお、退職願が会社の強要によるものなどと言われないためには、相手のパーソナリティーに応じ、退職願の受取の際には立会人を付けたり、慰留の際にはBの固辞の様子をテープ等に残しておく必要も出てきます。例えば設問のようなケースでも退職金の額の説明が間違っていたりすると、独立の前提事項への錯誤があったなどという撤回の根拠を与えかねません。

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