法律Q&A

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事業譲渡と労働契約関係の承継

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2008年5月補正:掲載

事業譲渡の場合、譲渡先と譲渡元の間で、就業規則等の労働契約関係や、労使関係、特に、労働協約や団交当事者、争議行為の相手などで何か変化があるのでしょうか?

A社はその事業の一部A1部門を、B社に譲渡することになりました。AB両社にはa、b各労働組合があり、AB両社の就業規則にも差があります。そこで、事業譲渡の場合、AB両社の就業規則等の労働契約関係や、ab労組との労使関係、特に、労働協約や団交当事者、争議行為の相手などで何か変化があるのでしょうか?

回答ポイント

原則的には、事業譲渡の場合、就業規則等の労働契約関係や労働協約は、AB両社、ab組合、A1部門の労働者とAB社などとの個別の合意なしには譲渡会社 A社から譲受会社B社に承継されません。しかし、例外的に、A社のA1部門を事業譲渡によってそのまま、C社として別会社化したり、B社のB1部門として事業を継続するような場合には、AB又はAC間でA1部門の労働者の包括承継の合意をしたと見なされる場合があります。又、合併におけると同様、事業譲渡手続中にB又はC社のa労働組合に対して、差別的取扱、支配介入や団交拒否などの不当労働行為上の使用者として、引いては争議行為の対象としての責任などを負うこともあり得ます。
解説
1.事業譲渡における権利義務の承継の特徴
(1)会社法施行の影響

会社法は、「営業譲渡」の用語を廃し、「事業譲渡」の用語に変更しました。しかし、以下では、本文に置き換える際には事業の用語をできる限り用いるものの、旧商法時代の営業譲渡に関する裁判例・文献等の紹介・引用については、営業譲渡の用語を用いざるを得ず、営業と事業の用語が混在するが容赦願います。

なお、会社法の下では、譲渡資産の簿価が総資産額の20%以下の場合や(同法467条1項2号)、譲受会社が「特別支配会社」である場合(同468条1項)には総会の特別決議は不要とされています(神田秀樹「会社法」<10版、弘文堂、2008>297頁以下参照)。(2)事業譲渡の基本スキーム

事業譲渡においては(以下は主に、平成12年2月10日公表の「企業組織変更に係る労働関係法制等研究会報告書」<座長・菅野和夫東京大学法学部教授>1頁以下-以下、報告書と言います-によります)、原則として、権利義務の承継の法的性格は特定承継(営業の譲渡が個々の権利義務の個別的な合意による移転の総和として行われるもの)であり、権利義務は、譲渡会社と譲受会社の間の合意に加え、債務の移転について債権者の同意等を必要とする等、法律や契約に定められている譲渡の手続を経た上で個別に承継されます(なお、菅野和夫「労働法」第7版補正2版409頁、拙著『実務労働法講義』下巻811頁以下(民事法研究会、改訂増補版、2006)参照)参照)。

2.事業譲渡における労働契約の承継について
(1)労働契約の承継について

事業譲渡においては、労働契約の承継の法的性格も、基本的には、他の権利義務と同様に特定承継となります。したがって、労働契約の承継については、譲渡会社と譲受会社間の個別の合意が必要とされるとともに、労務者の権利義務の一身専属性を定めた民法625条1項が適用され、承継には労働者の個別の同意が必要です。この場合、特定の労働契約を譲渡する以上、契約内容(労働条件を含む。)もそのまま承継されると解されています。

最近の裁判例や労働法の学説も営業譲渡の性格を特定承継と解して、労働契約の承継については、譲渡会社と譲受会社間の合意と労働者の同意を必要とする考え方が主流です(菅野・前掲409頁等)。

なお、裁判例においては、労働契約の承継について、譲渡会社と譲受会社間の合意や労働者の同意を必要としつつも、事業譲渡に際して特定の労働者の労働契約が承継の対象に含まれていなかった事案においては、明示の合意はなくとも、事業の同一性がある等個々の事案の解決の妥当性を図る観点から労働契約の承継を認めるべきと考えられる場合については、黙示の合意の推認や(肯定例としてタジマヤ事件・大阪地判平11.12.8労判777号25頁、否定例として日本大学事件・東京地判平9.2.19労判712号6頁等)、法人格の否認の法理等を用いることにより(新関西通信シテムズ事件・大阪地決平6.8.5労判 668号48頁等)、おおむね具体的妥当な解決が図られています(拙著・前掲書下巻814頁以下参照)。

また、営業譲渡の実際の処理においても労働者の同意を要することを前提として、手続が進められる場合が多いようです(マルマンコーポレーション事件・大阪地決平14.6.11労判 833号93頁では、事業譲受人が労働者を雇用しないことを明らかにしているとして、承継が認められなかった)。

更に、事業譲渡契約が締結される際に、民法625条1項による労働契約の譲渡に際しての労働者の同意と併せて、別途営業譲渡及び労働契約の譲渡の効力発生時に合わせ効力が生ずるよう、労働者と譲渡会社又は譲受会社との間で労働契約内容の変更を行う契約が締結されることがあり得ます。この場合は、営業譲渡及び労働契約の譲渡と同時に労働契約内容が変更されます。しかし、この契約は、あくまで労働契約の譲渡についての労働者の同意とは別個の法律行為によるものです(近時のエーシーニールセン・コーポレーション事件・東京地判平成16.3.31労判873号33頁も、旧会社の営業譲渡により新会社に雇用された従業員の法的関係が労働契約の承継ではなく、個別契約に基づく雇用関係の成立であるとして、労働条件は新会社と雇用関係が発生した日に施行された就業規則の合意により決定されたと解され、その就業規則等の成果主義給与制度の下に置ける降給は、個々の従業員の評価に特に不合理ないし不公正な事情が認められない限り許され、原告らに対する人事評価に基づく降給には有効とされた)。

なお、実際は労働契約の譲渡及び労働契約内容の変更についての労働者の同意は同時に求められ、その際には、労働契約内容の変更についての労働者の同意が得られることを、譲渡会社と譲受会社間の合意において労働契約譲渡の効力発生の条件としたものが多いと見られます。この場合には、労働者が労約の譲渡についてのみ同意を与えても労働契約は譲渡されず、労働契約内容も変更されないと解されています。

その他、近時の事例で、高速事件(東京地判平14.12.27労判845号88頁)は、被告会社の完全子会社に営業を譲渡する旨の営業譲渡契約を締結した譲渡会社の元従業員らによる、被告会社に対する雇用契約の予約の債務不履行に基づく損害賠償請求と、子会社の株主総会で営業譲渡を否決したことを理由とする被告会社に対する損害賠償請求のいずれをも棄却しています(前者につき予約なしとし、後者につき、いまだ「雇用されるのが確実であると相互に信頼すべき段階」までにはいたっていないとされた)。

実際には、個々の事案に即して解決されるため、予測可能性や法的安定性には問題が残ります。例えば、1審・東京日新学園事件(さいたま地判平成 16.12.22労判888号13頁)で、黙示の労働契約の譲受人への承継が認められたのが控訴審・東京日新学園事件(東京高判平成17.7.13労判 899号19頁)で逆転して否定され(同控訴審判決は最高裁・最二小決平18.12.22労判928号98頁でも維持された)、フットワーク物流更正管財人ほか事件(大阪地判平18.9.20労判928号58頁)においても、更生会社と営業譲渡およびその地域子会社とは法的に別人格を有しており、本件営業譲渡に関しては、買主と売主の関係にあり、また、営業譲渡の法的性格(特定承継)から、個別の合意がない以上、従業員たる地位の承継を認めることはできないとされています(その他の承継否定例として、静岡フジカラーほか2社事件・東京高判平17.4.27労判896号19頁等)。

他方、勝英自動車学校(大船自動車興業)事件(東京高判平17.5.31労判898号16頁)では、事業譲渡と労使関係の特定承継を前提としつつも、譲受人と譲渡人とが、本件営業譲渡に際し、譲渡人と従業員との労働契約を移行させることを原則としながら、労働条件の低下に異議のある労働者を個別に排除すべく、譲渡人の従業員全員に退職届を提出させ、提出した者を再雇用するという形式を採り、退職届を提出しない者は会社解散を理由に解雇に付するとの合意をしたことにつき、この合意部分は民法90条に公序良俗に違反し無効となるとされています。

また、事業譲渡においては、事業譲受人の採用拒否が不当労働行為としての採用差別として救済される場合もあります(例えば、中労委・青山会事件・東京高判平14・2・27労判824号17頁では、営業譲渡の場合、譲渡人とその従業員との雇用関係を譲受人が承継するかどうかは、原則として営業譲渡の当事者の合意により自由に定めうるが、当該契約内容が我が国の法秩序に照らして許容されないことがあり得るのは当然であるとして、病院の旧経営主体から病院施設等を譲り受け、旧病院職員の多くを引き継いで病院業務を行っている医療法人が、旧職員のうち労働組合員であった者らを採用しなかったことは、同人らの組合活動を嫌悪してなされたものと認められ、かかる不採用は組合活動を嫌悪して解雇したに等しいものであるとして、労働組合法7条1号違反の不当労働行為に該当するとされ、労働委員会の採用命令を適法としている)。(2)営業譲渡における労働契約の承継の問題点等

労働契約の承継については、民法625条1項が適用され、労働者の個別の同意を必要とすることから、「承継される不利益」が生ずる場合は想定されません。

一方、譲渡される労働者の範囲は譲渡会社と譲受会社間の合意により画されることから、会社の意思のみにより、特定の労働者の労働契約を譲渡対象としないことが可能であるため、労働者によっては、「承継されない不利益」が生ずる場合が想定されます。

また、これらの労働者については、従事していた職務が存在しなくなる可能性があるため、個々の労働者が従事していた職務と切り離される場合が想定されます。

その際の救済処理については、多くは前述の合意の推認等が用いられます。

ただし、産業活力再生特別措置法の適用を受ける際には、事業譲渡につき、個別の同意は不要で、1月以上の期間で設定された異議申し立て期間中に申立ない限り承継され、異議申し立ての場合には、弁済等がなされるにとどまります(同法13条)。

その他、近時の事例で、高速事件・東京地判平14・12・27労判845-88は、被告会社の完全子会社に営業を譲渡する旨の営業譲渡契約を締結した譲渡会社の元従業員らによる、被告会社に対する雇用契約の予約の債務不履行に基づく損害賠償請求と、子会社の株主総会で営業譲渡を否決したことを理由とする被告会社に対する損害賠償請求のいずれをも棄却しています(前者につき予約なしとし、後者につき、いまだ「雇用されるのが確実であると相互に信頼すべき段階」までにはいたっていないとされた)。

実際には、個々の事案に即して解決されるため、予測可能性や法的安定性には問題が残ります。例えば、1審・東京日新学園事件・さいたま地判平成16・ 12・22労判888-13で、黙示の労働契約の譲受人への.承継が認められたのが控訴審・東京日新学園事件・東京高判平成17・7・13労判899- 19で逆転して否定されたりしています。

3.事業譲渡における労働協約の承継について
(1)労働協約の承継について

事業譲渡は、労働協約の承継についても、その法的性格は特定承継です。したがって、労働協約の譲渡には、譲渡会社と譲受会社間の合意とともに、譲渡会社と労働組合間の契約として当該労働組合の同意を要すると解されています。この場合、書面作成、署名又は記名押印という法定の効力発生要件を欠くこととなれば、労働協約としての効力は発生しないことになると解されています。なお、労働契約が承継されるときは契約内容も承継されると解されるため、労働協約の規範的部分に係る内容は、労働契約内容に入り込むかこれを外部から規律するかという法律構成を問わず、労働協約が承継されない場合であっても実質的な労働契約内容として当然に承継されると解されています。

裁判例は、労働協約の承継に関するものは少なく、一定の傾向を見いだすことはできません。学説についても、労働協約の承継に関するものは少なく、「営業譲渡の場合には、・・・・・・労働契約そのものが当然に譲受人に引き継がれるものではないから、とくに労働契約関係の引き継ぎが協定されない限り、労働協約は当然に失効するものである。」とするもの(石井照久「新版労働法」446頁)がある程度です。(2)事業譲渡における労働協約の承継の問題点等

事業譲渡においては、特定の労働者の労働契約が譲渡されることがありますが、労働組合の意思にかかわらず、譲渡会社と譲受会社の合意のみにより労働協約が譲渡されないことが起こり得ます。

しかし、前述のとおり、労働契約の譲渡については、基本的に労働者の同意が必要であることが明確であるため、多くの場合には、労働者には、労働協約が譲渡されるかどうかを含め、自らの労働条件についての利益を考慮することが可能です。さらに、労働契約が譲渡される場合は、労働協約の規範的部分に係る内容が実質的な労働契約の内容として承継されると解されることから、労働協約が承継されないことによる不利益は、少なくとも、法形式上は、小さいものと見られています。

4.立法措置の要否等
(1)事業譲渡における権利義務の移転については、2(1)に記載したとおり、特定承継であり、かつ、労働者の同意を必要とします。また、裁判例を見れば、事業譲渡が多様な内容と紛争形態で争われているため、その判旨は、一見、複雑多様でありますが、これを仔細に検討すれば、近年においては、特定承継の基本ルールに則りつつ、譲渡会社と譲受会社間の黙示の合意の推認や法人格の否認の法理等を用いることにより、個別的な事案に即して具体的に妥当な解決を図っていると見ることができます。したがって、労働関係における基本的ルールの明確化や個別事案の柔軟な解決という観点からは、現時点において立法の必要性は認めがたいとして、会社分割におけると同様な立法措置は見送られました。また、労働協約についても、労働協約が承継しないことについて、立法による手当をする必要性は認めがたい、とされています。

(2)さらに、「承継されない不利益」が生ずる場合が想定されること、個々の労働者が従事していた職務と切り離される場合が想定されること及び労働契約が承継されて労働協約が承継されない場合が想定されることなどに対応して、労働契約及び労働協約について、当然に承継することとする立法措置を講ずることについても、「営業譲渡がなされた場合は単に当然承継され、拒否権を認めないこととすれば、譲受企業の状況によって、『承継される不利益』が生ずる可能性があり、このような法制は労働者側にとって必ずしも有利とはいえないこと。」などの点から現時点においては疑問とされています。

そこで、別に触れられる会社分割の場合と異なり(9-6-10参照)、事業譲渡に伴う労働関係の承継については、以上を総合すると、事業譲渡に伴う労働関係の承継については、現時点においては立法措置を講ずることは不要である、とされています。

5.譲渡前の譲受会社相手の集団的関係
 なお、別に触れた通り(9-6-1)、労働組合法上の使用者は、直接の雇用関係に限定されず、近い将来における労働契約関係の可能性ある者も労組法7条の使用者に当たる可能性があります。例えば、事業譲渡の過程でB社がA社の従業員を組織するa組合に支配介入を行なった場合には、B社も使用者として不当労働行為責任を負担することはあり得ます(合併に関する棄却例ではありますが、この可能性を説示する東京地労委昭41.7.26 日産自動車事件命令集34=35集365頁参照)。同様な事態は、団体交渉についてもあり得るでしょうし(13実務編Q5参照)、引いてはその延長にあり得る争議行為についてもあてはまるものと解されます。

ただし、近時の日立精機(森精機ハイテック事件・千葉地労委平15.10.29労判865-93)は、民事再生手続きを進めている日立精機が森精機ハイテックに事業譲渡を行う際に組合員5名の雇用承継させる問題に関する団交を拒否したことを不当労働行為としたが、日立精機から事業譲渡を受けた森精機ハイテック及びその親会社森精機は、日立精機を解雇された5名の組合員の使用者ということはできないとして、両社への申し立てを却下しています。

対応策

以上によれば、「回答」の通りとなります。実務的には、事業譲渡前の労使の誠意をもった協議により予想されるA1部門とB両社の就業規則、労働協約などを調整しておくことが望まれます。なお、調整未了のままに事業譲渡となった場合には、合併におけると同様(18実務編Q1参照)、労働条件の統一的画一的処理の要請が重要な要素となり、一定の労働条件の不利益変更も、労働契約法9条乃至11条を踏まえて、不利益の程度、代償措置等との関係で認められる可能性はあります。

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