法律Q&A

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ストライキと賃金カット

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000年10月:掲載

労働組合がスト中の賃金の支払いを求めて来たら?

B労働組合との間で48時間のストライキを経て賞与交渉がようやく妥結してホッとしていると組合がA社に対し賃金カットなしの労使慣行があると主張してスト中の賃金の支払を要求して来ました。しかし実際には最近2年間のストライキが30分前後の時限ストであったためスト中の賃金カットをしていなかっただけです。A社はどう対処したら良いでしょうか。

ノーワーク・ノーペイの原則に照らし、断固してそれを拒否すべきです。

1.ノーワーク・ノーペイの原則
 スト労働者はスト中労働していないのだから賃金請求権はないというこの原則は、当然のことと理解されています。但し、実際のこの原則による賃金カットの範囲については、各会社の就業規則などの定めや従来の慣行、及び通常の欠勤・遅刻・早退に関する賃金カットの取扱などを資料として行われるもので、例えば、家族手当・住宅手当が対象とならないなどと一律には決められないとされています(三菱重工業事件・最二小判最判昭和56・9・18民集35-6-1028)。但し、仮にその会社で、通常の欠勤・遅刻・早退に関して賃金カットが温情的に実施されていなかったり、されたとしても減額の範囲を限定していたとしても、それがスト中の賃金について当然に適用される訳ではありません(日揮化学事件・東京地判昭和52・12・21労判290-24)。ストと通常の欠勤とは性質が異り、欠勤への恩恵的な規定や慣行については、別にスト中の賃金についてもそれが適用されるという特別の規定や慣行がない限り、一般的にはその取扱が適用されないと理解して良いでしょう(菅野和夫「労働判例研究」ジュリスト689号135頁参照)。このことは、例えば、通常の欠勤などについてはそれが続けば勤務不良による懲戒処分・解雇があり得ることによる抑制があるのに対して、ストの場合は正当な組合活動とされる限りそのような対抗措置が不可能となっていることを指摘すれば理解できるでしょう。
2.経費援助
 又、スト中の賃金の支払は、労組法が例外的に認めている団交中の賃金支払とは性質が異り、少くともそれが慣行化するような場合には、労組法の禁止している経費援助(2条2号、7条3号)に該当する疑いが強いのです。少なくとも労組法の趣旨・建前からそれが妥当なものでないことは明白です。
3.労使間の勢力均衡・公平の原則
 又、ロックアウトについて説かれるこの原則に照すと(丸島水門事件・最三小判昭和50・4・25民集29-4-481)、スト中の賃金の支払の義務付けは、この原則を実質的に破綻させ、労使紛争において使用者側が著しく不利な圧力を組合から受けることになると評価でき、少なくともこの原則からもそれは妥当なものでありません。
4.労使慣行
 一般に、労使関係では、労働条件、職場規律、組合活動、労働協約、労働契約の規定に基かない取扱ないし処理の仕方が長い間反復・継続して行われ、それが使用者と労働者ないし組合との間の双方に対し事実上の規定のように機能することが多く、このような場合にこれを労使慣行と言っています(以下につき菅野和夫「労働法」第四版75頁参照)。組合活動について言えば、組合事務所や掲示坂などの施設利用上の便宜供与など、組合と使用者間の労使慣行はそれに反する使用者の行為を不当労働行為(労組法7条3号の支配介入)とすることがあります。
5.労使慣行の認定について
 この点裁判所も最近は、特に組合活動との関係については、労使慣行の認定にやや慎重となっているようです。例えば、数回程度では慣行と言えないし(高木電気事件・大阪地判昭和52・5・27労判279-45)、長年続いていたスト中の賃金カット範囲の制限の取扱につき、制限の範囲も流動的でそのような慣行はないものとされ(全日本検数協会事件・大阪高判昭和57・8・18労判395-27)、就業規則の制定改廃の権限ある者の承認のない規則違反の勤務時間内の入浴は法的効力ある慣行としては認められない(国鉄池袋電車区事件・東京地判昭和63・2・24労判512-22)などととされたりしてます。
6.慣行廃棄の方法
 このような労使慣行が、労働契約の内容となる場合、又は就業規則ないし労働協約を解釈する際の基準としてこれらと一体のものと認められる場合には各々の効力が与えられることになります。そして、就業規則としての効力を与えられていると認められる場合には、就業規則の改正手続に従ってなされ、その効力も就業規則の不利益変更の効力の問題と同様にその合理性があるかどうかで決められることになります(石川島播磨重工業事件・東京地判昭和52・8・10労判281-28等。設問[10-4-3]参照)。
労働協約としての効力を認められる労使慣行の場合には、労働協約の解約の方法によらなければなりません。多くの場合は期限の定めのない労働協約と同様に、少くとも90日前の予告によることが必要です(労組法15条)。解約自体には特別の理由は必要ないとされますが、就業規則の改正の場合と同様にその解約の必要性・合理性を組合に充分に説明し一定の協議を経た上で、争議中などを避けて、実施することが必要です。唐突にこれを行うと支配介入などとされることがあるので要注意です(順天堂病院事件・東京高判昭和43・10・30労民19-5-1360等)。又、慣行に至らない事実上の取扱の廃止についても事前の取扱の変更についての警告や周知が必要とされています(前掲国鉄池袋電車区事件)。
廃棄の必要性に関連して注目されるのは、違法状態を解消するための協約や慣行の破棄が比較的緩かに認められていることです(労基法24条1項の賃金控除協定の前提となる過半数の条件を喪失したチェックオフ協定の破棄が有効とされた済生会中央病院事件・最判平成元・12・11民集43-12-1786)。この論理を推し進めると、少くとも労組法の建前に反し違法なスト中の賃金支払に関する慣行の破棄の必要性や合理性は認められ易いものでしょう。
7.廃棄反対の争議は正当か
 6.に関連して、違法な慣行の廃棄に反対してその復活を求める組合の争議が予想されますが、それが正当な争議となるかが問題となります。前に述べたようにノーワーク・ノーペイの原則は労使間の基本的な原則であり、これに反する協約や慣行が存続している間ならまだしもそれが有効に破棄された場合には、これに反する協約の復活を求めることは、使用者に対する困惑のみを目的とした争議や(松浦炭鉱事件・長崎地佐世保支判昭和25・11・20労民1-6-945等)、労働条件の改善要求とは関連しない新な別個の契約を要求するものとして、正当性のない争議とされる可能性があります(山口製糖事件・東京地決平成4・7・7労判618-36等)。

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