法律Q&A

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海外出張・派遣中の労災

弁護士 岩出 誠2000年10月:掲載
弁護士 岩出 誠2016年09月:補正

従業員を海外に派遣・出張させてテロに遇ったら?

建設会社のA社は、海外の工事も請負うようになったため、南米某国で受注した建築現場に従業員Bを視察に行かせた。ところがBが、過激派テロリストに発砲され、重傷を負った。こんな場合の労災はどうなるのか?

派遣または出張で労災保険の取扱いが違うことに注意して対処しなければなりません。いずれにしても安全配慮義務の点も問題となります。

1.労基法の適用関係
 海外出張・派遣させられる従業員への労基法の適用については、国外への派遣の態様によって、海外の派遣先が独立の事業としての実態を備えない場合に限り労基法の適用を認め、派遣先がそれ自体位独立の事業とみとめられる場合に、当該事業には国内法規としての労基法は適用がないとされています(昭54・4・4基発410、岩崎伸夫「労基法の適用範囲」別冊ジュリスト『改正労働基準実例百選』8頁参照)。
2.労災保険法の適用関係
(1)出張と派遣の区別
労災保険法の適用についても1の考え方が基本的には採用されていますが、やや厳格になっているようです。つまり、労災保険については、国内の事業場に属し国内の指揮を受けるかどうかで「海外出張」と「海外派遣」を区別し、海外出張の場合は特別の手続なしで労災保険の適用が認められますが海外派遣については、自動的には労災保険の適用がないとされています(昭52・3・30基発192)。
海外出張は、

  • 商談のため
  • 術仕様などの打合わせ
  • 市場調査、会議、視察、見学
  • アフターサービス
  • 技術習得

などの場合です。

海外派遣は、

  • 海外支店や営業所などへの駐在員
  • 合併会社や提携先企業への出向
  • 据付工事や建設工事への従事
  • 国際協力事業団に駐在員事務所員、技術者、青年海外協力隊員

などの場合です。

出張と派遣の区別は実際には微妙で、例えば、海外での工場建設や大型機械装置の据え付け工事などの場合、工事の進み具合を視察したり、臨時的に技術指導をするために行くのは「出張」ですが、現地に常駐して工事全体の技術指導や監督業務に当たるのは「派遣」になります。そして、海外出張の場合は、原則として赴任途上の災害も保険給付の対象になり、食事や宿泊などの際の災害も補償の対象にしています。出張期間中の災害については、特別の私的行為は除き、たいてい労災保険の給付が受けられるわけです。
出張中の事故とされた例として、鳴門労基署長事件・徳島地判平14・1・25労判821号81頁では、 原告は、亡夫が、出張中に宿泊先のホテルで強盗殺人の被害に遭い、死亡したのは、業務上の事由によるものである旨主張し、被告に対して、労働者災害補償保険法に基づき、遺族補償給付及び葬祭料を請求したのに対し、被告が、業務上の事由によるものではないとの処分をしたため、その取消しを求めた事案があります。判決は、本件当時、Aは所定の宿泊施設内で行動しており、積極的な私的行為等に及んでいないことから、業務遂行性があるとし、さらに、本件が発生する前後に、本件発生現場を含む中国内において、日本人ら外国人旅行者がホテル内で強盗殺人の被害に遭う事件が現実に生じており、本件被害現場となったホテルの安全対策が十分であったとはいいがたいことからすると、本件事件は、出張業務に内在する危険性が現実化したもので業務起因性を否定すべき特段の事情もないとして、本件事案は労災保険法7条の「業務上死亡した場合」にあたるとして、処分は、同法7条の解釈適用を誤ったものであるとして、請求を認容しました。

(2)海外派遣の場合
①通達による区分
この場合企業は事前に海外派遣者特別加入制度に加入の手続を取っておかなければ労災保険給付は受けられません。従って、従業員を海外に派遣する企業は、予めこの手続を取っておくことが必要です。なお、厚生労働省は、現地法人の社長や留学目的で派遣されるものについては、労働者ではないという理由で労災保険の適用がないとして、特別加入も認めていません。又、海外派遣については、赴任・帰国途上は保険給付の対象とされていないことに要注意です(上基発192)。

②海外出張と海外派遣をめぐる裁判例
しかし、この出張と派遣の区分は必ずしも明確ではありません。例えば、海外出張と海外派遣の相違をめぐり争われ、海外派遣と認められ、特別加入手続きをしていなかったため補償給付をなされなかった例があります。即ち、国・淀川労基署長(商工経営センター・中国共同事務所)事件(大阪地判平19・7・4 労判943号98頁)では、
① 「海外において海外の事業に従事する者は、原則として労災保険の適用対象にはならないと解される」が、「国内の事業を行う事業主から海外の事業に派遣され、海外派遣者の特別加入の手続きを経た場合は、労災保険法33条7号、36条1項1号に基づき、労災保険への加入が認められ、労災保険の適用対象になると解され」、また、「国内の事業に所属し、その事業場の使用者の指揮監督の下、海外で業務に従事する場合(いわゆる「海外出張」は、通常この場合に該当するが、「海外出張」という概念自体、必ずしも一義的ではないので、上記の場合と完全に一致するとは限らない。)は、国内の事業に使用される労働者として、労災保険の適用対象になると解される」。これらによれば、「海外で業務に従事する者が、海外派遣者の特別加入の手続きを経ずに、労災保険の適用対象になるか否かは、国内の事業に所属し、その使用者による指揮監督の下で海外での業務に従事していたか否かによって判断するのが相当であり、その判断は、業務従事者の勤務実態及び諸般の事情を総合考慮して行うのが相当である。」としたうえで、
②「Aは、中国共同事務所で業務に従事していたのは3週間程度ではあったが、中国共同事務所において、現地責任者として相当期間にわたり駐在し、事業の再構築を目的とした業務に従事し、事務所の運営に継続的に携わる予定であったことが認められ」、「Aが、中国共同事務所における実際の運営について、商工組合または商工経営センターから業務上の指示を具体的に受けていたとは認められない」から、「Aは、国内事業である商工組合又は商工経営センターの事業に所属し、その使用者による指揮監督の下で業務に従事していたとは認められず、むしろ、商工組合又は商工経営センターから派遣され、海外事業である中国共同事務所における事業に携わっていたと認めるのが相当である」。
そうすると、「Aは、労災保険の適用対象になるためには、海外派遣者の特別加入の手続きを経ることが必要であったというべきであるところ、この手続きはとられておらず、労災保険の適用対象になるとは認められない、とされました(同旨、中央労基署長事件・東京地判平27・8・28労経速2265号3頁でも海外現地法人の総経理であった者の死亡に対する労災不支給決定の取消が認められませんでした。ただし、後述のように高裁で逆転しています)。

③海外での出向中の過労死の労災認定
しかし、以上の労災をめぐる処理は必ずしも一貫してはいないようで、通常であれば海外派遣とされる筈の海外での出向中の過労死が労災と認められた例もあります。即ち、国・中央労基署長(興国鋼線索)事件(大阪地判平19・6・6 労判952号64頁)では、米国子会社に副社長として出向中にくも膜下出血を発症して死亡した労働者Kの死亡につき、Kは、発症前1か月間の90時間に及ぶ時間外労働に加え、8年間もの長期間にわたり恒常的な長時間労働に従事し、発症前2年間は1か月80時間前後の時間外労働が常態化していたとうかがわれること、唯一の日本人技術者であり、かつ生産・技術部門の副社長として、責任ある立場にあったこと、生産量を維持するために安定した労働力の確保が急務であり、労務管理に腐心していたものの、その成果が上がらず、雇用状況ひいては生産量の改善の見通しが立たないという業務遂行が困難な状態にあったことを総合してみれば、Kが発症前に従事していた業務は、本件疾病の基礎疾患である脳動脈瘤をその自然的経過を超えて著しく増悪させ、発症に至らせるほどの過重負荷になるものであったと認められるとされています。
同様に、中国の子会社の社長に当たる総経理であった者の死亡につき、中央労基署長事件・東京高判平28・4・27労経速 2284号2頁は、以下にように判示して、請求を棄却した第1審判決(中央労基署長事件・東京地判平27・8・28前掲)を取り消し、特別加入を要せず労災の適用を認めました。即ち、「労災保険法の施行地内(国内)で行われる事業に使用される海外出張者か、それとも、同法施行地外(海外)で行われる事業に使用される海外派遣者であって、国内事業場の労働者とみなされるためには同法36条に基づく特別加入手続が必要である者かについては、単に労働の提供の場が海外にあるだけで、国内の事業場に所属して当該事業場の使用者の指揮に従って勤務しているのか、それとも、海外の事業場に所属して当該事業場の使用者の指揮に従って勤務しているのかという観点から、当該労働者の従事する労働の内容やこれについての指揮命令関係等の当該労働者の国外での勤務実態を踏まえ、どのような労働関係にあるかによって、総合的に判断されるべきものである。
そして、前記認定事実によると、亡Hの所属は、上海駐在時を通じて、訴外会社海運部東京営業所国際輸送課で変わらず、亡Hの地位は、平成19年6月1日、同課課長待遇に、平成20年4月1日、同課課長代理にそれぞれ昇進しているものの、平成21年12月28日に云搬社が設立されてその総経理に就任したことによる訴外会社における所属及び地位についての変更はなかったこと、上海代表処及び云搬社のいずれについても、亡Hは、その業務の中心となる運送業務について、受注の可否の決定や値段や納期など契約内容の決定を行う権限も、顧客に発行する見積書の内容を決定する権限も、訴外会社から与えられておらず、それらの決定権限は日本国内の訴外会社の担当者にあったこと、訴外会社は、亡Hの上海代表処赴任に当たり、文書による辞令交付や諸手当の説明等は行っておらず、所属する東京営業所における長期的な出張として内部処理していたこと、上海駐在時を通じて、亡Hの人件費が訴外会社から上海代表処を介して亡Hに支払われていたこと、亡Hが訴外会社東京営業所海運部国際輸送課に籍を置き、出勤簿を業務管理課長に提出するなど、訴外会社の労務管理等に服していたこと、云搬社の業務は、上海代表処の業務を移行したものであり、云搬社の設立前後を通じて、亡Hの日常業務に大きな変化はなかったこと、上海代表処は、独立した法人格を持たない駐在員事務所にすぎず、また、云搬社は、独立した法人格を有するものの、訴外会社の100パーセント子会社であること、訴外会社は、亡Hの上海駐在時を通じて、国内事業場の事業に属する労働者である海外出張者として亡Hに係る労災保険料の納付を継続していたこと等の事実が認められる。
以上認定の事実によると、亡Hについては、単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず、国内の事業場に所属し、当該事業場の使用者の指揮命令に従い勤務する労働者である海外出張者に当たるというべきであり、海外の事業場に所属して当該事業場の使用者の指揮に従って勤務する海外派遣者ではないというべきである。したがって、海外派遣者を対象とする特別加入手続がされていないことを理由に、亡Hを労災保険法上の保険給付の対象から除外することは相当ではない。」とされています。

(3)質問事案での労災適用
Bに対して特別加入手続は取られていなかったようですが、Bは上記に説明した視察で、海外出張のケースと考えられ、国内のA社の事業の延長として労災保険給付が受けられる可能性があります。問題は、工事中の事故ではなく、テロという第三者の故意による負傷ということですが、「危険地域で被災が予測された場合は業務上災害にあたる」とされた国際協力事業団(JICA)職員へのテロに対する労災給付の例から見ても(平成4・7・22付日経新聞記事)、また、海外赴任地の危険性を指摘した鳴門労基署長事件・徳島地判平14・1・25労判821号81頁から見ても、テロの頻発する南米諸国での工事の危険に起因するものとして、労災認定の可能性は高いものと考えられます。

3.安全配慮義務違反の存否
 次の問題は、安全配慮義務違反の問題です。テロ頻発国への海外出張の場合などでは、会社として、ガードマンや安全防御装置の付いた自動車や住宅等の提供についての安全配慮義務違反が問題とされる可能性があります。この点、宿直中の労働者が盗賊に刺殺された事件で盗賊侵入防止の防犯設備や安全教育の点で違反があったとされた例や(川義事件・最三小判昭59・4・10民集35巻1号56頁)、動哨勤務中の自衛隊員に対する過激派のテロ(刺殺)が右違反に当たるとされた例(陸上自衛隊朝霞駐屯地事件・最三小判昭61・12・19労判487号7頁)が参考となります。

対応策

質問の場合、第一に、A社は、海外にBが出張中であることの証拠を整えてBの労災認定手続に協力すべきでしょう。第二に、安全配慮義務違反の点については、前述の判例などがテロに対して求めている安全配慮義務の内容をチェックし、その違反があれば今後の海外出張・派遣を円滑にするための人事管理上の配慮も含めて、それに応じた慰籍料の支払や上積み補償に対して、A社として減額を主張すべきものは主張した上で、できる限りの誠意を示すべきでしょう(この点は設問[11-2-1]参照)。

予防策

労災保険での海外出張と海外派遣の区別に応じて、海外出張を命じる際に両者の区別を意識した指示をなすべきです。微妙な場合は、事前の労基署への相談や特 別加入手続も必要です。又、特別加入の場合は赴任途中の補償がないことを含めた上積み労災保険への加入はどうしても必要でしょう(設問[11-2-1]参照)。

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