法律Q&A

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定期健康診断の精度

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000年10月:掲載

社内健康診断でガンが発見されなかったのは会社の責任だと損害賠償を請求されたら?

A社が大学付属のB病院に委託して行われていた社内健康診断では胸部レントゲン写真を撮影していました。その健診では従業員Cについて特別の異常は発見されなかったのですが、その後Cは肺癌により死亡しました。Cの遺族は、健診時のレントゲン写真の異常陰影の見過しなどの健診の不備のため、肺癌の発見と処置が遅れたものとして、健診に関与したB病院とその医師に対する医療過誤の賠償請求の外、雇主企業A社に対しても安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求してきました。A社としてはどのように対処したら良いでしょうか。

しかるべき病院に委託した健康診断であれば会社の責任は原則としてありません。

1.健康診断の重要性
 企業は、後述の通り(設問11-3-2)、安衛法上の定期その他の法定健康診断(以下、健診)を義務として行っている外、企業独自の制度として、様々な健診を行っています。これらの健診の結果、異常が発見された場合には、安衛法上(66条【7】)又は判例(空港グランド・サ―ビス事件・東京地判平成3・3・22判時1382-29等)の認める健康配慮義務に基き(電通事件・最判平12.3.24労判779号13頁によれば、「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法六五条の三は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」とされています)、健診結果を告知して、その健康確保のために作業の軽減などの必要な措置を取る義務があります。そして、この義務に違反した結果、死亡などの病状の悪化があれば損害賠償責任を発生させることになります(伊勢市事件・津地判平成4・9・24労判630-68等。設問11-3-2参照)。但し、エイズなどの特殊の病気については告知することが違法とされることもあるので注意が要ります(HIV感染者解雇事件・東京地判平成7・7・30労判667-14、設問11-3-2参照)。
いずれにしても、健診の実施が健康配慮義務の重要な内容の一つであり、かつ、その結果が、企業の把握した従業員の健康状況に応じてなすべき各種の措置義務の内容を具体的に確定するために重要な意味を持つことになります。
2.健診の精度をめぐる東京海上火災保険事件判決
 企業が行っている健診をめぐり、健康診断の精度のレベルや、健診で発見できなかった病気について雇主企業はどこまで責任を問われるのでしょうか。設問のようなケースでその問題をめぐって争われた東京海上火災保険事件(以下、事件)の判決(東京地判平成7・11・30労判687-27。以下、判決)は、結論としては、企業の責任を認めませんでした。
判決は、先ず、健診における注意義務のレベルを次のように軽減した外、直近の健診での異常発見の見落し(過失)を認めたものの、その時点では救命も延命もできなかったなどと過失と死亡との因果関係を否定して、医師、診療所らの責任を認めませんでした。つまり、「定期健康診断は、一定の病気の発見を目的とする検診や何らかの疾病があると推認される患者について具体的な疾病を発見するために行われる精密検査とは異なり、企業等に所属する多数の者を対象にして異常の有無を確認するために実施されるもので」「そこにおいて撮影された大量のレントゲン写真を短時間に読影するものであることを考慮すれば、その中から異常の有無を識別するために医師に課せられる注意義務の程度にはおのずと限界がある。」、としたのです。
3.然るべき医療機関に健診を委託していれば見落しによる責任からは免除される
 次に、判決は、雇主企業の健診実施上の義務の程度については、健診の実施が安全配慮義務の履行の一環であるとしても、「信義則上、一般医療水準に照し相当と認められる程度の健康診断を実施し、あるいはこれを行い得る医療機関に依嘱すれば足り」「右診断が明白に右水準を下回り、かつ、企業側がそれを知り又は知り得たというような事情がない限り、安全配慮義務の違反は認められない」、として、企業の責任を否定したのです。

対応策

判決によれば、実際上、企業は、然るべき医療機関に健診を委嘱していれば、少なくとも、健診における異常発見上の見落しによる安全配慮義務違反の責任からは免除されることになったものと考えられます。
従って、設問の場合でも、判決によれば、A社はC遺族の要求に応じる必要はないことになるでしょう。

予防策

健診の精度、健診による異常の見逃し自体による企業の責任については、以上の通り、求められている健診が通常のレベルで行われる医療機関に健診を委託すれば回避できるでしょう。しかし、安全配慮義務は、企業に対して、それ以上に積極的な従業員の異常に対する発見義務を負担させています。つまり、企業が従業員の健康管理について、労災認定や損害賠償証責任を回避するためには、健診結果や本人の申告のみならず、同僚を通じてなどから普段の業務遂行上知り得た従業員の健康に関する情報に基き相応な配慮をなさなければならず(石川島興業事件・神戸地姫路支判・平成7.7.31労判688-59、前掲・電通事件等)、その面からの配慮も忘れてはなりません。

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