法律Q&A

分類:

通勤手当の不正受給を理由に従業員を懲戒解雇することができますか?

弁護士 岩野 高明(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2023年4月

従業員による通勤手当の不正受給が発覚しました。
会社に無断でオートバイ通勤をしていたにもかかわらず、電車の定期券相当額の通勤手当を長年にわたって会社に請求し続けていました。
この従業員を懲戒解雇することができるでしょうか。

不正受給した金額や回数・期間、動機を中心に、行為者の社内での地位、懲戒処分歴の有無、不正発覚後の反省の程度などをも考慮して懲戒解雇の当否を検討すべきです。
これに加え、同種の事案に対する使用者の従前の態度なども重視されます。

通勤手当の詐取は、比較的多い非違行為の類型です。一般論として、使用者からの金銭の窃取・詐取・横領などの非違行為に対しては、重い処罰が正当化されますので、被害金額が大きければ、懲戒解雇も視野に入ってくるでしょう。ただし、懲戒解雇が無効とされた裁判例もあるので、どのような事情が裁判所の判断に影響したのかを確認したうえで、処分の種類を慎重に検討すべきです。万が一、判決で懲戒解雇が無効とされてしまった場合には、使用者が受けるダメージは計り知れません。

判例(国鉄中国支社事件・最一小判昭和49.2.28労判196号24頁)によれば、懲戒権者は、どの処分を選択するかを決定するに際し、客観的な非違行為の態様のほか、その動機や結果、当該行為の前後の行為者の態度、懲戒処分歴、選択する処分が他の職員に与える影響等の事情を考慮することができるとされています。もっとも、他の裁判例の事案では、その他の事情も懲戒解雇の効力を左右しているようです。以下、通勤手当の詐取に関する裁判例を見ていきます。

【懲戒解雇が有効とされた事例】
①かどや製油事件(東京地判平成11.11.30労判777号36頁)
勤務先がある東京都品川区内に居住していながら、栃木県宇都宮市内に転居した旨の虚偽の転居届を会社に提出し、4年5か月の間に合計2,313,630円の通勤手当を詐取したという事案
《結論》懲戒解雇は有効
《考慮された事情》
・詐取した金額が多額
・意図的に虚偽の申告をした

②ジェイティービー事件(札幌地判平成17.2.9労経速1902号3頁)
釧路営業所の所長が、虚偽の申告をすることにより、約10か月間に少なくとも15回にわたって会社から出張旅費226,500円を不正に受領したという事案
《結論》懲戒解雇は有効
《考慮された事情》
・営業所の所長であり、経理を統括すべき立場にありながら不正をした
・不正の回数は決して少ないとはいえない
・架空の領収書を発行させるなど不正の態様が悪質である
・事情聴取に際して虚偽の説明をするなど、不正発覚後も反省の態度がみられない

③学校法人帝京大学事件(東京地判令和3.3.18労判1270号78頁)
自宅から大学までオートバイで通勤していたにもかかわらず、公共交通機関を利用する旨の申告をすることにより、6年3か月にわたって2,004,067円の通勤手当を不正受給したという事案
《結論》懲戒解雇は有効
《考慮された事情》
・就職後一度も定期券を購入したことがなく、当初から通勤手当を詐取する意図が認められ悪質である
・被害額が多額
・反省の態度がない
・大学から訴訟を提起されるまで詐取した金銭を返還しなかった

【懲戒解雇が無効とされた事例】
④三菱重工業(相模原製作所)事件(東京地判平成2.7.27労判568号61頁)
勤務先がある相模原市内にアパートを借りたにもかかわらず、東京都練馬区内の実家から通勤している旨を申告し、定期券(金額不明)やバス代(3か月ごとに15,390円)を詐取したという事案(詐取した期間は4年弱)
《結論》懲戒解雇は無効(ただし、通勤費に関する不正に加え、勤務意欲の欠乏、勤務成績の不良、問題行動などを併せ考慮し、予備的になされた普通解雇は有効とされた)
《考慮された事情》
・相模原市内にアパートを借りた後も、被処分者は、週末には東京都練馬区近辺の病院に入院している実父の見舞い等をしていた(定期券は換金せずに使用していた)
・懲戒処分歴がない

⑤光輪モータース事件(東京地判平成18.2.7労経速1929号35頁)
千葉県白井市内の自宅から東京都台東区上野までの複数の通勤経路のうち、交通費の高いほうを会社に申告しつつ、実際には交通費の安いほうで通勤していたという事案(差額は1か月7000円程度・詐取した期間は4年8か月程度)
《結論》 懲戒解雇は無効
《考慮された事情》
・従業員の中にはオートバイで通勤する者もいたうえ、そのような者に対しても、公共交通機関の運賃相当額の通勤手当が支給されていた
・詐取した金額が多くない(合計347,780円)
・懲戒処分歴がない

⑥全国建設厚生年金基金事件(東京地判平成25.1.25労判1070号72頁)
申告した通勤経路とは異なる経路の定期券を購入するなどして、約2年6か月にわたり通勤手当151,980円を不正受給したという事案(懲戒処分の種類は諭旨退職)
《結論》 諭旨退職は無効
《考慮された事情》
・詐取した金額が多くない(151,980円)
・使用者において、通勤手当の申請内容の審査が厳格にされていないうえ、従業員の求めがあれば、最も合理的な経路とは異なる経路での通勤が認められることもあった

⑦日本郵便(北海道支社・本訴)事件(札幌高判令和3.11.17労判1267号74頁)
約1年6か月の間に、100回にわたり、社用車で出張先に赴きながら、公共交通機関を利用した旨の申告をすること等により、正当な旅費との差額である542,400円を不正に受給したという事案
《結論》懲戒退職は無効(一審判決では有効とされたのを控訴審が覆した)
《考慮された事情》
・過去に同種の非違行為をした者(約3年6か月の間に247回にわたって276,820円を不正受給)に対する懲戒処分の種類が停職3か月に留まっていることと比較して、均衡がとれていない
・むしろ、過去に同種の非違行為をした者の行為態様のほうが格段に悪質である
・過去に懲戒処分歴がない
・反省の態度を示し利得した額を全額返還している

以上の裁判例を概観すると、◆不正受給した金額(数十万円以上だと多額といえそうです)、◆不正の回数・期間、◆動機(初めから詐取する目的で意図的に虚偽の申告をしたか)などが中心的な考慮要素になり、これらに加えて、◆行為者の社内での地位(監督的な地位にあれば、より強い非難に値する)、◆懲戒処分歴の有無、◆不正発覚後の反省の態度や弁償の有無などが補完的な要素になりそうです。

そして、見落としてはならないのが、通勤費の精算に関する使用者の従前の態度です。普段から従業員の通勤費の管理をおざなりにしている結果、社内で不正受給が頻発しているような場合には、そのうちの一人について不正受給が発覚したとしても、その者に対して懲戒解雇などの重い処分をすることは控えるべきでしょう(上記の裁判例の⑤⑥参照)。また、過去の同種の不正受給者を軽い処分で済ませてしまっているような場合も、懲戒解雇の効力が否定される可能性が出てきます(上記の裁判例の⑦参照)。このような場合には、使用者が従業員や労働組合に対し、「今後は金銭の不正受給については厳格に処罰する」旨を明確な方法で周知することにより、使用者として先例とは決別する姿勢を示すことが有用だと考えられます。

対応策

判断に迷われた際は、経験豊富な当事務所に是非ご相談ください。

身近にあるさまざまな問題を法令と判例・裁判例に基づいてをQ&A形式でわかりやすく配信!

キーワードで探す
クイック検索
カテゴリーで探す
新規ご相談予約専用ダイヤル
0120-68-3118
ご相談予約 オンラインご相談予約 メルマガ登録はこちら