法律Q&A

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労災保険給付を受ける前に被災者と加害者の間で示談をしていた場合、加害者側は、保険給付をした政府からの求償請求に対して示談成立を理由にして支払いを拒めないのでしょうか?

弁護士 中村 博(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2003.06.17

問題

A社の従業員Bが勤務中に自動車事故を起こし同じく勤務中のD社の社員Cに怪我をさせました。D社は労災保険適用事業であったことから、政府は、労災保険法による補償給付金として金100万円をCに支払いましたが、この補償給付前に、A社とCの間で示談をしており、Cは金50万円で示談に応じ、それ以上の損害賠償債務を免除する旨を約していました。このような事案において、政府からA社に対する金100万円の求償請求がなされた場合、A社はこれに応じなければならないのでしょうか?

回答

 最高裁の判例によれば、A社とCとの間の示談で政府が代位すべき100万円の損害賠償請求権が消滅しておりますので、政府には代位すべき損害賠償請求権が存在しないといわねばなりません。従って、政府からの求償請求に対しては、A社は示談の成立を根拠として支払いを拒めることとなります。
解説
1.労災保険法12条の4
 使用者以外の第三者の行為によって業務災害が生じた場合、被災者は労災保険を請求できるだけでなく、加害者たる第三者に対して損害賠償請求できることは当然ですが、その場合の調整規定が労災保険法12条の4です。つまり、保険給付が先行した場合は、その給付の限度で被害者が第三者に対する損害賠償請求権を代位取得するのであり(1項)、逆に損害賠償金給付が先行した場合は、政府はその限度において保険給付の義務を免れるということになっています。
2.示談も労災保険法12条の4台2項に該当するのか?
 本件のように、労災保険給付がなされる前に加害者と被災者との間に示談が成立した場合においても、「保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたとき」に該当することは特に問題ありません。従って、本件の場合には、政府としては、金50万円の限度で保険金請求の支払義務を免れ、本来法律上支払うべきとされる100万円から50万円を控除した金50万円の保険金を給付すれば足りるということになります。
3.示談の存在を知らないで政府が本来の保険金を給付した場合(本件の場合)の処理
 ところが、本件では、政府が示談の成立を知らないで本来の保険給付をしている点が問題となりますが、この点最高裁は、「労災保険制度は、もともと、被災労働者らの被った損害を補償することを目的とするものであることにかんがみれば、被災労働者ら自らが、第三者の自己に対する損害賠償債務を全部又は一部免除し、その限度において損害賠償請求権を喪失した場合においても、政府は、その限度において保険給付をする義務を免れるべきことは、規定を待つまでもなく当然のことである」(小野運送事件・最判昭38.6.4・民集17-5-716)と判断しております。但し、学説の多数説はこれに反対であり、不用意な示談放棄によって被害者に酷な結果の生じる危険があることを大きな理由としている。そこで、実務では、不用意な示談が行われて被災者に酷な結果とならないように、次のような基準を全部満たしている場合に限り保険給付を行わないこととしています。[1]示談が真正に成立していること(錯誤や心裡留保、詐欺、強迫等に基づくものでないこと)[2]示談内容が被災者の第三者に対する損害賠償請求権の全部の店舗を目的としていること(昭38.6.17基発687号)。
4.結論
 そこで、結論は回答の通りになりますが、被災者Cとしては、示談に応じた場合は、調整事務の円滑化を促進しトラブルを未然に防止する為に、その旨を迅速に使用者であるD社に報告し、政府が2重払をしないようにすることが重要でしょう。

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