問題
当社は夜勤が多く、しかも現場責任者であるチーフは夜勤明けにすぐに帰宅できるわけではなく、業務引継のために残業せざるを得ません。そのため、長時間労働になりがちで、過労死の報道を目にするたびに何らかの改善を図らねばと考えています。手始めに、過労死対策として、残業時間のチェックや健康診断の実施回数など、チェックシートを設けることを考えていますが、どのような項目を盛り込んだら良いでしょうか。
回答
- 基本的には、厚生労働省の示している、いわゆる過労死や過労自殺の労災認定基準や裁判例が労災認定や、企業の安全配慮義務違反を認める判断基準を参考として項目を作成するのが良いでしょう。具体的には、特に、過労自殺認定基準で示されているチェックシート(職場における心理的負荷評価表)が、実務的には参考となるでしょう。
解説
- 1 いわゆる過労死・過労自殺問題の企業のリスク管理上の重要性
- 脳血管・心臓疾患などによるいわゆる過労死や職場でのストレスによるいわゆる過労自殺(以下、両者を一括して、過労死等)問題がマスコミ等により頻繁に取り上げられています。法的問題としては、第一には、これらの過労死や過労自殺がどのような条件により労災認定されるか(過労死につき、拙稿「脳・心臓疾患等の労災認定基準の与える影響」ジュリスト 1069号47頁以下、過労自殺につき拙稿「過労自殺等に関する業務災害認定の新基準」本誌3458号37頁参照)、会社がこのことにどう対応すべきかという問題があります。第二には、最近、過労死に関して会社が従業員に対する健康管理上の安全配慮義務を怠ったために発生したとして損害賠償を求められるケースが増える傾向にあり、その損害賠償の認容額も高額化しており(電通事件・最二小判平成12.3.24労判 779-13に基づく和解で企業は、実に約金1億6800万円の賠償金支払っています)、会社としては第一の問題に深く関連してこの請求にもどう対応するかを検討しておかなければなりません(この点につき、拙稿「判例にみる過労自殺・過労死の現状と企業責任」本誌3400号3頁参照)。勿論、企業内で、過労死等を発生させた場合、以上の法的責任に留まらず、企業としては、優秀な従業員の喪失、企業内のモラールへの影響、対社会的信用の喪失等の有形・無形の様々なダメージを被ることになります。そこで、ご質問のように、企業におけるリスク管理上の大きな問題として過労死等の防止対策、具体的には、対策のためのマニュアルやチュックシートの作成とその実行が焦眉の急となっています。
- 2 過労死等の労災認定基準
- (1)行政庁の過労死等の認定基準
厚生労働省は、過労死の認定基準につき、平成7年2月1日基発38号を、過労自殺については、平成11年9月14日基発第554号・心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針を示し、各々、詳細な基準を示しています。
(2)裁判例による過労死等の労災認定基準の緩和
しかし、最近の裁判例は、従前、行政庁の上記基準と下級審裁判所の多数が採用していた、いわゆる相対的有力原因説(「業務と疾病との間に相当因果関係があるというためには、業務と疾病との間に条件関係があるだけでは足りず、当該疾病の原因のうち業務が相対的に有力な原因であることを要する」とする説。地公災基金宮崎県支部長事件・福岡高宮崎支判平成10.6.19労判746 -14等)などの基準によることなく、「労災保険法に基づく労災保険給付の支給要件としての業務起因性が認められるためには、業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化として死傷病等が発生したと評価されることにより両者の間に相当因果関係が認められること」で足りるとしたり(町田高校事件・最三小判平成 8.1.23労判687-16等)、過重業務が基礎疾病を自然的経過を超えて急激に増悪させる関係にある場合に業務起因性ありとしたりし(大館労基署長事件・最三小判平成9.4.25労判722-13等)、結論的には、過重業務(通常に比較して精神的・肉体的に過激な業務)の存否の判断から、直接、業務と発症との相当因果関係の有無を認定する傾向が読み取れます(横浜南労基署長事件・最一小判平成12.7.17労判785-6等)。
- 3 チェックシート作成上の参考基準-過労死等の認定基準の参照の必要性
- そこで、質問の過労死等の防止対策、具体的には、対策のためのマニュアルやチュックシートの作成に当たっては、以上の行政庁と裁判例における過労死等の労災認定基準を踏まえ、過労死等の原因となった要素の除去乃至軽減措置等が目的とされ、そこでの基準がチェック項目に対応することになると考えます。その点で、実際上、もっとも完成されたチェックシートは、前記過労自殺の労災認定基準添付の「職場における心理的負荷評価表」でしょう。これは、基本的には精神疾患の業務起因性の判断基準なのですが、過労死の労災認定においても、同様な肉体的・心理的負荷が重視されており、参考になり得るものと解されます。以下に、これと裁判例にける労災認定要素等を参考に、チェックシートに挿入すべき項目をリストアップしておきます。
(1)仕事の質・量の変化に関する各項目の存否・程度
- 仕事内容・仕事量の大きな変化
- 勤務・拘束時間の長時間化
- 過重業務の期間の長期化(蓄積疲労の有無)
- 深夜勤務等の変則勤務等による負荷
- 休日・年休の取得
- 時間外労働や休日労働の長さと法規制(時間外労働時間の指針・平4労告70号等)への違反
- 物理的環境の苛酷性
- 勤務形態の変化
- 仕事のペース、強度、集中度の変化
- 職場のOA化の進展
- コンプライアンス(法令遵守)問題への関与等
(2)身分の変化等に関する各項目の存否・程度
- 退職勧奨
- 出向
- 降格
- 処遇上の不公平・不利益取扱い/li>
(3)役割・地位等の変化等に関する各項目の存否・程度
- 転勤
- 配転
- 自己の昇格・昇進
- 部下の増減
(4)対人関係のトラブルに関する各項目の存否・程度
- セクハラ被害
- 上司とのトラブル
- 同僚とのトラブル
- 部下とのトラブル
- セクハラ事件加害者としての関与
- セクハラ事件への参考人としての関与
(5)対人関係の変化に関する各項目の存否・程度
- 理解者の異動
- 上司の変更
- 昇進・昇格の遅れ
(6)健康診断・健康配慮に関する各項目の存否・程度
- 法定健康診断
- 法定外健康診断
- 健康診断による異常発見後の二次健診
- 発症後の看護・療養・業務軽減措置等
- 健康弱者に対する業務軽減措置等
- 5 結論
- 以上の通り、過労自殺認定基準等におけるチェックシートなどを参考に項目立てを図ることが実際的だと考えます。
労政時報第3530号