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出張中の急性心筋梗塞による死亡

弁護士 石居 茜(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2003.05

問題

出張中に急性心筋梗塞で死亡したAの遺族は、遺族補償年金等の労災保険給付を受けられるでしょうか。出張によるAの業務はかなりハードでしたが、Aには高血圧症、高脂血症、喫煙等がありました。

回答

 労災保険給付の対象となる業務災害といえるためには、業務と疾病との間に経験則上業務に内在する危険が現実化したものとして、相当因果関係があることが必要となります。判例の中には、死亡前の業務加重性を総合考慮し、当該労働者自身に基礎疾患があったとしても、その自然的経過を超えて進行増悪して発症したものといえる場合には、相当因果関係を認めたものがあります。
解説
1.業務と疾病との間の相当因果関係
 疾病による死亡が業務災害と認められるためには、当該業務に疾病発症という結果発生の危険性が認められること、すなわち、業務と疾病の発症等の結果との間に相当因果関係が認められることが必要となります(矢作電設事件、名古屋高裁平成8年11月26日判決等)。

 厚生労働省の通達においても、脳・心臓疾患を発症した労働者が、発症1週間前において、業務に関連した異常な出来事または特に過重な業務への従事という過重負荷を受けたことによって、脳・心臓疾患が基礎疾患の自然的経過を超えて著しく増悪し発症したと認められれば、業務上の疾病と認められるとの認定基準を設定していました(昭和62年10月26日基発620号)。

 この認定基準は、その後、認定基準を緩和する裁判例の出現を受けて緩和され、平成7年の通達においては、発症前1週間より前の業務をより積極的に考慮に入れて業務の過重性を総合的に判断することとし(平成7年2月1日基発 37号)、平成13年の認定基準では、発症前の長期間(おおむね6ヶ月間)にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したことも業務上の過重負荷として考慮することとしました(平成13年12月12日基発1063 号)。

2.業務上の過重負荷と発症との関係
 上記にあげた認定基準においては、業務上の過重負荷による影響が基礎疾患の自然的増悪よりも相対的に有力な要因でなければならないとしていましたし、これと基本的に同じ立場に立つ判例も見られましたが(前掲名古屋高判等)、最高裁判例は、過重業務が基礎疾患の自然的経過を超えて急激に増悪させる関係にある場合に業務起因性ありとしたり(大館労基署長事件、最三小判平成9年4月25 日)、労働者の基礎疾患の内容、程度、発症前の業務の内容、態様、遂行状況等を総合的に考慮して、他に確固たる増悪要因が見出せない以上、発症前に従事した業務による過重な精神的、身体的負荷が基礎疾患を自然の経過を超えて増悪させ、発症に至ったとするなど(横浜南労基署長事件、最一小判平成12年7月 17日)、必ずしも相対的に有力要因となるかどうかで判断をしていません。
3.出張中の脳・心臓疾患の発症による死亡
 出張中の過重業務により、脳・心臓疾患を発症したとして、労災保険給付を不支給とした労働基準監督署長の処分が取り消された判例もあります(前掲名古屋高判、三井東圧化学事件・東京高裁平成14年3月26日判決等)。

 三井東圧化学事件では、死亡直前の12日間の労働時間の合計は約101時間だが、その約4割は移動時間であり、ホテルで休息を取れるようになっていたこと等も考慮すると、急性心筋梗塞を発症させるほどの強いストレスを与えたともいえないとして、業務起因性を否定した一審判決を退け、二審判決は、出張業務が長時間の移動や待ち時間を余儀なくされ、日常生活を不規則にし、疲労を蓄積させるものとして、移動中の労働密度が高くないことを理由に業務の過重性を否定することは相当ではないと判断し、一連の業務の過重性から、労働者の基礎疾患をその自然的経過を超えて著しく増悪させた結果、発症に至ったとして業務起因性を肯定しました。

4.結論
 以上の判例の動向からすれば、出張による精神的肉体的負担が大きく、具体的業務状況から、労働者に基礎疾患があっても、その自然的経過によって発症したと考えるのが困難で、むしろ業務の過重性が基礎疾患をその自然的経過を超えて増悪させた結果発症したと見ることが相当な場合には、労災保険給付がなされるでしょう。

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