問題
中国に出張中のX従業員が宿泊先のホテル室内で強盗に殺害されました。このような場合でも、労災の遺族補償給付等が支給されるのですか。
回答
- 一般的には困難ですが、当該国の治安が悪く、外国人旅客が被害となる強盗・殺人などが多発し、宿泊先ホテルの安全対策も十分とは言えないような場合には支給される可能性があります。
解説
- 1.「出張中の宿泊」の業務遂行性
- 業務上の認定がされるためには、業務遂行性と業務起因性が必要とされています(菅野和夫「労働法」第6版370頁以下参照)。その内の「業務遂行性」が典型的に認められる類型は、以下の3類型といわれます。
(1) 事業主の支配下にあり、かつその管理(施設管理)下にあって業務に従事している際に生じた災害。例えば、事業場内で作業中。
(2) 事業主の支配下にあり、その管理下にあるが、業務には従事していないときの災害。例えば、事業場内での休憩中や、始業前・ 終業後の事業場内での行動の際の災害。
(3) 事業主の支配下にあるが、その管理を離れて、業務に従事しているときの災害。
この中で、例えば、出張中の災害は(3)に当たるとされ、行政解釈は、出張中については、通勤中とは異なって、労働者が合理的な順路、方法による出張途上にある場合には、交通機関や「宿泊場所での時間」、通常であれば私的行為とされる飲食等に際して生じた災害も含めてその全般に業務遂行性が認められています。
- 2.業務起因性が否定される場合
- 前記業務遂行性が認められる災害について、一般には業務起因性も推定されますが、次のような場合には、業務起因性が否定されています。例えば、自然現象、外部の力・第三者の故意による加害行為(自動車の飛び込み、狂人の刃物を持った乱入等)、本人の私的逸脱行為、規律違反行為(泥酔下での運転等)等による場合は業務起因性が認められません。
- 3.海外出張で宿泊中の強盗被害が業務性を持つ場合とは
- そうすると、一見すると、海外出張で宿泊中の強盗被害は、1の (3)の業務遂行性はありますが、2の「第三者の故意による加害行為」による被害として業務起因性が否定されることになる場合が多いでしょう。実際にも、設問のような事案が問題となった事件で、労基署ではそのような判断で労災申請が認められませんでした。
しかし、裁判例は(鳴門労基署長事件・徳島地判平成14.1.25労判821-81)、上記回答のような判断で、業務起因性を認めました。
事案は、出張中の業務部長が、中国の大連市の地元では高級とされるホテルで平成9年4月に遭遇した強盗殺人事件でした。判決は、本件業務起因性につき、本件発生前後に、日本人を含む外国人が宿泊先のホテル内において被害者となる強盗・殺人事件が複数発生し、宿泊先ホテルの宿泊客に対する安全対策も十分とは言えなかったことからすると、「本件事件は、業務に内在する危険性が現実化したもの」として、業務起因性を認めています。
そこで判決のような条件があれば労災認定される可能性があることになります。